ガス管の基礎と実務 — 材料・施工・維持管理から将来課題まで徹底解説
はじめに:ガス管が担う役割と社会的意義
ガス管(配管・導管)は、都市のエネルギーインフラとして家庭や業務用機器に燃料を安定供給する重要な設備です。小さな継手一つの不備が大事故につながるため、設計・材料選定・施工・維持管理・緊急対応まで幅広い専門知識が求められます。本コラムでは、ガス管の種類と材料、施工・接合法、防食・維持管理、漏えい対策、更新技術、将来の技術課題(例:水素混入対応)まで、実務で押さえておくべきポイントを整理します。
ガス管の種類と用途(輸送/配分/需要家側)
ガス供給系は大別すると次のような区分になります。
- 輸送管(トランスミッションライン): 長距離・大容量で高圧の送ガス管。通常、鋼管で保護・検査設備(ピギング、圧力計測、SCADA)が充実。
- 配布管(ディストリビューションネットワーク): 都市内でガスを分岐・減圧し需要家近傍まで運ぶ中・低圧管。材質は鋼、ダクタイル鋳鉄、PE(ポリエチレン)等が用いられる。
- 需要家側配管(buildings/service lines): 需要家の敷地内からガスメータ・供給機器までの配管。鋼管、硬質銅管、可撓性ホース、PEなど。
代表的な材料と特性
主に使われる管材は以下の通りです。それぞれの長所と短所、施工時の留意点を押さえることが重要です。
- 鋼管(黒管、溶接鋼管): 強度が高く大口径・高圧系に適する。溶接接合が一般的だが、埋設時は腐食対策(防食塗装、被覆、カソード防食)が必須。腐食・電気化学的な劣化を受ける。
- ダクタイル(球状黒鉛)鋳鉄管: 地下配水で歴史的に広く使われる。耐荷重性は高いが接合部のシールや地盤変位に弱いことがある。
- ポリエチレン管(PE管): 継目が少なく、耐食性・耐薬品性に優れるため近年の更新で主流。接合は電熔着(エレクトロフュージョン)やバットフュージョンで行い、継手の強度・気密性が高い。直線性や熱収縮、長期的な環境応力亀裂(ESC)に配慮が必要。
- ステンレス・銅管: 腐食に強く、屋内設備や可とう性が求められる箇所で利用。コスト高と機械的強度の特性を考慮。
- 可とう性ガスホース(ガス用ゴム・編組ホース、フレキシブル-CSST類): 機器と接続する短管として使われる。耐用年数や経年劣化、接続部の管理が重要。
圧力クラスと減圧設備
ガス系統は圧力階層(高圧→中圧→低圧)に分かれ、各段階に減圧器(レデューサー)や安全弁が設置されます。設計では最大使用圧力に対応した材料強度、継手の耐圧、計器類の選定が必要です。需要家側では更にメーター・減圧器により供給圧が調整され、家庭用は“使用圧”が厳格に管理されます。
接合・継手の工法(現場施工の実務)
管種ごとに最適な接合工法が異なります。代表的な工法と注意点は以下の通りです。
- 溶接(アーク溶接等): 鋼管同士の永久継手。技能者の溶接管理、非破壊検査(超音波・浸透探傷)が重要。
- ねじ込み・フランジ接合: 小口径や設備間の着脱を想定する箇所で使用。シール材の選定、締め付けトルク管理が必要。
- バット(突合せ)溶着、電熔着: PE管の主要な接合法。適切な溶着温度・圧力、準備(切断・面取り・清掃)が高品質の接合の鍵。施工は資格・訓練を受けた技術者が行う。
- 機械継手・圧着継手: 現場で迅速に施工できるが、締付け管理や耐震性・耐久性の評価が必要。
防食・埋設配管の管理
地下の金属管は外部腐食が最大の敵です。代表的対策は以下。
- 被覆(ポリエチレン被覆、エポキシ塗装等): 直接土壌との接触を遮断。
- 陰極防食(カソード保護): 犠牲陽極方式または印加電流方式で外部腐食を抑制。定期的な電位監視が必要。
- 埋設環境の把握: 土壌の電気伝導率、酸性度、有機物含有などが腐食挙動に影響するため、事前調査が有効。
- 管間の絶縁: 他埋設金属構造物からの見かけ上の電位差や地絡電流を避ける。
漏えい検知と安全対策
ガス漏洩は重大事故に直結するため、予防と早期発見が重要です。主な手段は次の通りです。
- 臭気剤の添加: LPGや都市ガスには検知性を高めるために臭気(メルカプタン等)が添加されることが一般的で、目視以外の感知手段として有効。
- 定期巡回・点検: ガス会社や保安機関による目視・計器による巡回検査。
- 固定式・携帯式ガス検知器: 漏えい検知器を配備し、濃度上昇で警報を発するシステム。
- 圧力監視と閉塞弁: 圧力低下や異常による自動遮断、遠隔監視(SCADA)での早期検知。
- 掘削前の埋設管照会: 工事前にガス会社・道路管理者へ埋設管の位置確認を行うことは、施工事故防止の基本。
点検・維持管理(劣化要因と対策)
劣化要因は材料や埋設環境、外力、人的ミスなど多岐にわたります。具体的な管理項目は:
- 視認点検と機器(検知器)による定期測定
- 防食被覆や陽極の状態確認と交換
- 溶接部・継手部の非破壊検査
- 地震後や道路復旧後の再点検(地盤変動で配管が損傷することがある)
- 老朽管の優先順位付けによる段階的な更新計画(リスクベースドマネジメント)
更新・更生技術(ライフサイクル延伸の手法)
既設の鉄管・鋳鉄管の老朽化対策として、近年は以下の無開削/低開削技術が普及しています。
- 管更生(内面ライニング): 管内に樹脂ライニングや吹付けを行うことで耐食性を向上。
- パイプバースティング(破砕入替): 既設管を破砕しながら新管(多くはPE)を引き抜いて入れ替える工法。
- 水平掘削(HDD)やスリップライニング: 道路・敷地への影響を抑えて敷設・更新。
施工時の現場注意点(実務的チェックリスト)
掘削・配管施工における基本的留意点を挙げます。
- 着工前に必ず埋設物情報を照会し、ガス会社・道路管理者の指示に従う。
- ガス本管近傍での重機作業では、支持・養生、管理監督者の常駐で第三者損傷を防ぐ。
- 管路周辺に他の埋設物(電気・水道・通信)がある場合、絶縁や距離確保を行う。
- 溶接や電熔接の施工記録(温度・時間・オペレータ)を保管し、品質管理する。
- 施工後は耐圧試験・気密試験を必ず実施し、合格記録を残す。
将来の課題:水素混入・地球温暖化対策・デジタル化
世界的な脱炭素の流れの中で、ガス系インフラにも変化が求められています。
- 水素混入・水素輸送への対応: 水素は拡散性が高く、材料によっては脆化(水素脆化)を引き起こすため、既設の鋼管や継手の適合性評価が必要。PEの水素透過やガス漏洩特性の評価も進んでいます。
- スマートメータ・遠隔監視: SCADAやIoTセンサーによる圧力・流量・検知器の常時監視で異常検知を迅速化。
- 効率的な更新投資: リスクベースの優先順位付けや非破壊診断技術を活用した最小コストでの安全確保。
まとめ:設計から維持管理までの一貫した安全文化の重要性
ガス管は単なる鉄やプラスチックの管ではなく、社会インフラとして継続的な安全投資と現場品質管理が求められます。材料特性を理解し、適切な接合工法・防食対策を講じること、施工前の埋設照会と厳格な気密試験、定期点検とリスクに基づく更新計画、そして将来のエネルギー変化に備えた技術検討——これらが揃って初めて安心・安全なガス供給が守られます。
参考文献
- 一般社団法人 日本ガス協会(ホームページ)
- 東京ガス(安全・技術情報)
- 経済産業省(エネルギー・高圧ガス関係)
- 一般財団法人 高圧ガス保安協会(保安指針等)
- J-STAGE(配管・材料・防食・水素関連の学術論文検索)


