二重ガラス(複層ガラス)の仕組みと実務で使える性能・設計・メンテナンスガイド
はじめに:なぜ今「二重ガラス」が重要か
近年、住宅やオフィスの省エネルギー化、快適性向上、防音対策の観点から窓まわりの性能が改めて注目されています。窓は建物の断熱性能や室内環境に大きな影響を及ぼすため、既存建物の改修(リノベーション)でも優先度が高い改修項目です。本稿では「二重ガラス(複層ガラス、あるいは断熱窓)」の構造、熱および音に関する性能、設計上のポイント、施工・維持管理、コストと投資回収まで実務に直結する知見を詳しく解説します。
二重ガラスの基本構造と種類
一般に「二重ガラス」と呼ばれるものは、2枚のガラスを空気層やガス層で隔てた複層ガラス(IGU: Insulating Glass Unit)を指します。代表的な種類は以下の通りです。
- 複層ガラス(標準IGU): ガラス+空気層+ガラス。空気またはアルゴン等の不活性ガスが充填される。
- Low-E 複層ガラス: 低放射(Low-Emissivity)コーティングを内部面に施し、長波放射を低減して熱損失を抑える。
- 真空ガラス(真空複層): ガラス間をほぼ真空にして熱伝導を極端に抑える。薄型化が可能だがコスト高。
- 二重サッシ(内窓・二重窓): 既存窓の内側にもう一つの窓枠とガラスを設ける方式。工事が簡便で retrofit に有効。
性能指標:熱性能と遮音性能
二重ガラスを評価する際の主要指標は次の通りです。
- 熱貫流率(U値、W/m2K): 窓から逃げる熱量を示す。値が小さいほど断熱性能が高い。
- 日射取得率(g値、またはSHGC): 窓を通して室内に入る太陽熱の割合。暖房期に熱を取り込みたい場合は高め、夏季は低めに設計する。
- 可視光透過率(VLT): 明るさの指標。
- 遮音性能(μ、dBやRw): 音の減衰量。厚いガラスや異厚ガラス、空気層の幅が効く。
目安として、単板ガラス(3mm)と比較すると複層ガラスは熱貫流率が半分以下になることが多く、Low-Eやアルゴン封入でさらに改善します。単板でのU値は一般に5〜6 W/m2K程度、標準的な複層(空気層約12mm、ガラス4mm×2)で2.5〜3.5 W/m2K、Low-E+アルゴン充填で1.5〜2.5 W/m2K 程度に下がることが多い点を設計時には押さえておきましょう(数値はガラス厚・間隔・コーティングの有無で変動します)。
ガラス間の空気層と充填ガスの最適化
空気層の幅は熱伝導と対流のバランスで最適値が存在します。一般に約8〜16mm程度が効果的で、狭すぎると導熱が支配、広すぎると対流や重量が不利になります。封入ガスとしてはアルゴンがコストと性能の点で最も一般的で、熱伝導率が空気より低く断熱性能を向上させます。より高性能なクリプトンは薄い空気層でも効果が出ますがコスト高です。
Low-E(低放射)コーティングの種類と使い分け
Low-E コーティングには主に「ソフトコート(内面コーティング)」と「ハードコート(外面)型」があります。ソフトコートはより低い放射率を実現でき、複層ガラスの内部面に用いるのが一般的です。これにより冬期の長波放射放出を抑えて熱損失を低減できます。夏季の遮熱を重視する場合は、日射反射を高める遮熱タイプのLow-Eを選択します。方位や用途(暖房主体か冷房主体か)によりコーティング仕様を選ぶことが重要です。
遮音設計のポイント
遮音性能は、ガラス厚の違い、ガラスの組み合わせ(同厚だと共振で効きにくい)、空気層の幅、枠の気密性で決まります。一般的な目安として、複層化で室内への透過音は大きく低下し、条件によっては10〜30 dB 程度の改善が期待できます。交通騒音のような低周波成分を減らすには、厚さ差をつけた異厚ガラスや、ラミネート(中間膜)ガラスを併用するのが効果的です。また、サッシ枠や建物側の施工不良があるとせっかくのガラス性能が生かせないため、枠とガラスを一体で設計・施工することが必要です。
結露と室内環境の管理
二重ガラスはガラス表面温度を上げるため室内側結露を大幅に抑制します。ただし、高気密・高断熱化が進むと室内湿度管理が重要になり、換気が不足すると別の場所で結露やカビが発生します。窓まわりでは、サッシの立ち上がり部やカーテン裏の換気を確保する、必要に応じて機械換気(第1種換気)を導入するといった総合的な対策が求められます。
施工上の留意点:枠・スペーサー・エッジシール
複層ガラスユニットの性能を確保するには窓枠(サッシ)側の設計と施工が重要です。アルミ枠は熱橋になりやすいため、断熱ブレーク(サーマルブレーク)や熱伝導の少ない材料を併用することが推奨されます。また、スペーサー(ガラスを離す部材)にアルミを使うとエッジ部からの熱損失が増えるため、近年はスチールや発泡樹脂等の「ウォームエッジ」スペーサーが普及しています。エッジシールの劣化はIGUの寿命に直結するため、信頼できるメーカー製品と適切な施工が欠かせません。
改修(リフォーム)での選択肢:内窓 vs IGU 交換
既存建物を改修する際、窓性能を上げる手段は主に①既存枠を残してガラスユニットだけ交換(IGU交換)、②内窓(インナーサッシ)設置、③既存枠ごと交換(フルリプレイス)があります。工事費、施工の手間、断熱・遮音の効果を比較すると:
- 内窓:短工期で費用対効果が高く、既存サッシの断熱欠損(熱橋)がある場合でも効果を発揮する。結露対策として有効。
- IGU 交換:外観を大きく変えたくない場合に有効。枠の熱橋は残るため、フル性能を求めるならフレームも改善する必要あり。
- フルリプレイス:最大の断熱・気密効果を得られるがコスト・工期がかかる。
寿命と劣化:何年で性能低下するか
複層ガラスユニットの寿命はエッジシールの耐久性、充填ガスの保持性、施工状況に依存します。一般に適切な製品・施工で10〜25年程度の寿命が見込まれますが、エッジ内に結露や曇りが生じた場合はシールが破損しているサインで、交換を検討すべきです。アルゴン充填は徐々に抜けて性能が緩やかに低下するため、長期的には性能の維持が重要です。
コストとエネルギー削減・投資回収
窓改修の投資回収は気候、暖冷房仕様、エネルギー価格、既存の窓性能により大きく異なります。一般的に、寒冷地では二重ガラス(Low-E+アルゴン)の導入効果が大きく、暖房費削減で投資回収が早まります。目安として、都市部の住宅でIGU交換や内窓設置により暖房費が数%〜数十%低減するケースがあり、単純な期待回収年数はおおむね5〜15年程度になることが多いです。具体的な回収シミュレーションは現地の熱負荷計算を行って評価してください。
設計実務への適用ポイント(チェックリスト)
- 方位ごとに最適なガラス仕様を選ぶ(南面は日射取得と遮熱のバランス、北面は高断熱優先)。
- サッシ材質と断熱処理を併設で検討する(アルミは断熱ブレーク必須)。
- 空気層幅、ガラス厚、Low-E の種類、充填ガスを総合的に選定する。
- 遮音対策が必要な場合は異厚組合せやラミネートガラスを検討する。
- 既存建物の改修では気密・換気計画を同時に見直す。
- メンテナンス(点検・エッジの曇り確認)は定期的に行う。
実務でよくある誤解と注意点
「単にガラスを厚くすれば断熱・遮音が高まる」は一面の真実ですが、厚みだけでなく空気層やコーティング、枠の熱橋や施工品質が最終的な性能を左右します。また、性能表示は標準状態での数値であるため、現場の施工不良や窓周りの断熱欠損により実際の効果が落ちることも理解しておきましょう。
まとめ:設計者・施工者が押さえるべきポイント
二重ガラスは建物の快適性・省エネ・遮音性を高める有効な手段です。ただし、最良の効果を得るためにはガラス単体の性能だけでなく、枠材、スペーサー、エッジシール、施工の気密性、換気計画などを一体で検討することが不可欠です。用途・方位・気候を考慮した仕様選定、定期的な点検、そして改修時の最適な選択肢(内窓/IGU交換/フル交換)を比較検討することが、実務における成功の鍵です。
参考文献
- U.S. Department of Energy - Windows, Doors, and Skylights
- Efficient Windows Collaborative
- Glass for Europe
- LIXIL(窓・サッシ関連情報)
- YKK AP(窓の断熱・性能情報)
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