R-407Cとは何か:冷媒特性・設計上の留意点・施工・保守の実務ガイド

はじめに

R-407Cは、冷凍・空調分野で広く用いられたHFC系の代替冷媒であり、特にR-22(HCFC)代替として導入された代表的な3成分混合冷媒(ゼオトロープ熱帯ブレンド)です。本稿では、R-407Cの基本特性、設計・施工・保守における注意点、環境規制との関係、実務的なポイントを建築・土木の視点から詳しく解説します。

R-407Cの基本データと性質

  • 組成(質量百分率):R-32(約23%)/R-125(約25%)/R-134a(約52%)。
  • 安全分類:ASHRAEによるクラスA1(低毒性、非可燃)で、一般的な居住・商業空調用途で扱いやすい冷媒です。
  • 温暖化係数(GWP):100年視点でおおむね約1,700〜1,800(例:IPCCの評価値に基づく)であり、地球温暖化係数は高めです。
  • オゾン破壊係数(ODP):0(オゾン層破壊作用はありません)。
  • 温度グライド(蒸発/凝縮時の温度幅):ゼオトロープであるため蒸発・凝縮過程に温度グライドが生じます。一般におよそ5〜6°C程度のグライドがあり、熱交換器での効果や制御への影響を与えます。

なぜR-407Cが使われたか(歴史と背景)

1990年代以降、モントリオール議定書に基づくR-22などHCFC類の規制強化に伴い、オゾン破壊係数がゼロのHFC系冷媒が代替として採用されました。R-407Cは、R-22の冷凍性能・圧力特性に比較的近く、既存のR-22機器を新設で置き換える際の設計上の互換性が取りやすいという理由で普及しました。ただしGWPは高く、近年のFガス規制やキガリ改正により使用削減の対象となっている点に注意が必要です。

設計上の留意点(建築・設備設計者向け)

  • 温度グライドの影響
    R-407Cは蒸発・凝縮が温度範囲で進行するため、熱交換器の入口・出口温度をそのまま従来の単一成分冷媒と比較することはできません。特に空調コイルや床置熱交換器では、設計時にグライドを考慮した対数平均温度差(LMTD)での熱計算が必要です。グライドを無視すると期待した冷凍能力や凝縮温度が得られないことがあります。
  • 膨張弁・制御
    温度グライドの存在は過熱度(スーパーヒート)の測定や膨張弁の設定にも影響します。感知箇所の選定や過熱度の基準を再検討し、必要に応じてグライド補正のある制御ロジックを導入してください。
  • 圧力特性
    飽和圧力はR-22と類似する温度域がありますが、完全に一致しません。圧力損失計算や配管径選定、圧力安全装置(PRV)、ゲージ計などはR-407Cの特性表に基づき設計してください。
  • 潤滑油の選定
    R-407CはPOE(ポリエステル)系潤滑油との使用が必須です。R-22で通常使われる鉱油(MO)とは相溶性が低く、既存システムをR-407Cに転用する際は潤滑油の完全な入れ替えと洗浄が必要です。
  • 機器選定・熱能力
    同じ運転条件で見たとき、R-407CはR-22と比べて冷凍能力やCOPが若干低下する場合があります。そのため熱交換器面積やコンプレッサ容量の余裕、配管・制御の調整を行うことが望ましいです。

施工・据付・整備の実務ポイント

  • 充填方法
    R-407Cはゼオトロープに分類されるため、成分の分離(フラクショネーション)を防ぐために「質量充填(重量充填)」が原則です。充填は液相から行い、容器のディップチューブ(液取出し)を用いて供給することが推奨されます。蒸気(ガス)側から充填すると成分比が変わり、性能劣化や局所的な組成変化を招きます。
  • 漏えいと補充
    部分漏洩があった場合、体積的に低沸点成分や高沸点成分が選択的に失われて組成が変わるため、単純に不足量の冷媒を追加するだけでは元の性能に戻りません。大きな漏れがあった場合は回収して新しい正規ブレンドを充填することが望まれます。
  • 油回収・洗浄
    既存のR-22機器をR-407Cに転用する際は、鉱油残存があるとPOEとの混合で問題が生じます。配管洗浄、油の完全交換、フィルタ設置(脱油器・オイルセパレータ)など、入念な整備が必要です。
  • 計測器・工具
    ゲージ類、検知器、ガスチャージ装置はR-407C仕様での使用が可能か確認してください。また、温度測定はグライドを踏まえて測定点を決定する必要があります。

建築設計での配慮(安全・環境・法令)

  • 漏洩対策と二次防護
    高GWPであるため、設備室・機械室での冷媒漏洩検知器や排気量の確保、二次冷媒(ブロワーや熱媒水)を用いたフルード系の二重化などを検討することが重要です。特に大規模な集中冷熱源設備では、漏洩時の環境影響と法的対応(報告義務)を想定した設計を行ってください。
  • ラベリングと仕様書
    冷媒種別や充填量、潤滑油種別(POE)などを明確に機器や配管にラベリングし、将来の保守・改修時の誤使用を防止してください。
  • 法規制・環境規制の動向
    R-407Cは高GWPであるため、国や地域の温室効果ガス規制(Fガス規則、Kigali Amendmentへの対応など)により使用削減の対象とされています。新規設計では将来的な段階的削減を見据え、低GWP代替冷媒や二次熱媒方式の採用を検討することが推奨されます。

R-22システムからのレトロフィットについて

R-22既設機器に対してR-407Cを充填することは理論的に可能ですが、以下の点から簡易なレトロフィットは推奨されません。

  • 潤滑油の互換性がなく、鉱油→POEへの完全交換と配管洗浄が必要。
  • 温度グライドにより熱交換器の性能予測が変わる。
  • 膨張弁・制御設定の見直しや安全弁類の適合確認が必要。
  • 長期的な環境規制による使用制限のリスクがある。

結論として、既設のR-22機器をR-407Cへ転用する場合は、メーカーのレトロフィット指針に従い、設備全体を精査した上で判断することが必要です。場合によっては機器更新(低GWP冷媒対応機器への置換)の方が総合的コストで有利になることも多いです。

代替冷媒と将来展望

近年はGWP低減を目的としてR-32、R-454B、R-1234yf、自然冷媒(CO2、プロパン)などの採用が進んでいます。R-407Cは過渡期の技術として有用でしたが、長期的には高GWPゆえに段階的に置き換えられていく傾向にあります。設計段階で長寿命・将来改修の容易さを考慮することが重要です。

実務チェックリスト(設計・施工・保守)

  • 冷媒の種類と充填量を図面・仕様書に明記する。
  • 温度グライドを考慮した熱交換器の性能計算を行う。
  • 膨張弁・制御パラメータの最適化と検証試験を実施する。
  • 潤滑油はPOEを採用し、既設からの転用時は完全な油交換・洗浄を行う。
  • 充填は質量で行い、液相充填を基本とする。
  • 漏洩検知・排気設備・二次防護を設計に組み込む。
  • 法規制(Fガス等)に基づく管理・報告体制を整備する。

まとめ

R-407CはR-22代替として広く使われてきた実用的な冷媒ですが、温度グライドの存在、潤滑油の変更の必要性、そして高いGWPという課題があります。建築・設備設計の現場では、冷媒の特性を正しく理解し、設計時から充填・運転・保守まで一貫した方針で取り扱うことが不可欠です。将来的には低GWP冷媒への移行が進むため、新規計画では長期的な規制動向と運用コストも併せて検討してください。

参考文献