建設・土木向けHAZOP分析の完全ガイド:現場適用の手順・事例と留意点

はじめに — HAZOPとは何か

HAZOP(Hazard and Operability Study:ハザード・オペラビリティ分析)は、プロセスや作業の潜在的な危険(Hazard)と運用上の問題(Operability)を体系的に発見するための定性的リスク評価手法です。元々は化学プラントのプロセス安全の分野で開発されましたが、近年は複雑な作業手順や一時的構造物、プラント設備を含む建設・土木現場でも有効に適用されています。

本稿では建築・土木分野におけるHAZOPの基本概念、実施手順、現場適用のポイント、他手法との連携、事例と注意点までを詳しく解説します。実務で使えるチェックリストや推奨プロセスも示しますので、現場の安全管理・設計レビューにご活用ください。

HAZOPの起源と目的

HAZOPは1960年代に化学産業で体系化され、その後ISO/IECレベルでの適用ガイド(IEC 61882)も整備されました。目的は単に危険を列挙するだけでなく、システムの意図された機能からの乖離(deviation)を導出し、原因、結果、既存の対策(safeguards)を評価して追加対策を提言することにあります。

建設・土木でHAZOPを使う意義

  • 複雑な工程(トンネル掘削、シールド、立坑、仮設構造物、クレーン作業など)の安全性を、設計段階・施工計画段階で事前に精査できる。
  • 設計変更や仮設の組合せによる運用問題(作業順序、荷卸し動線、養生期間など)を洗い出せる。
  • 現場での担当者間の認識統一(意図された手順と実際の運用のズレ)を図れる。

HAZOPの基本概念とガイドワード

HAZOPは「ノード(node)」と呼ばれる対象単位(設備区分、工程、区間)ごとに、パラメータ(流量、圧力、時間、位置、温度、順序など)を設定し、ガイドワード(guide word)を組み合わせて『何が通常と異なるか』を系統的に検討します。代表的なガイドワードは以下の通りです。

  • No(なし)
  • More(多い)
  • Less(少ない)
  • As well as(~も)
  • Part of(部分的に)
  • Reverse(逆)
  • Other than(他の)
  • Early / Late(早い/遅い)

例えば「配管の流量」×「No」であれば『流量が無い』、『作業順序』×『Late』であれば『工程が遅延して次段階に影響する』といった具合に、逸脱を導きます。

実施前の準備とチーム編成

準備段階の品質がHAZOPの成果を左右します。主な準備項目は以下です。

  • 目的と範囲の定義(対象工程、設計段階か施工段階か)
  • ノード分割(ノードは過大でも過小でも非効率)
  • 必要図面・仕様・作業手順書・工事計画の収集
  • スケジュール・時間配分の設定(1ノードあたりの時間目安を決める)

チーム編成は多職種での参加が重要です。典型的な役割は次の通りです。

  • チェア(進行役)— 議論の主導、範囲管理
  • 記録係(書記)— HAZOPワークシートや議事録の記載
  • プロセス/施工の専門家 — 設計者、施工管理者、現場代理人
  • 安全技術者 — 危険評価と対策の提言
  • 保守・機器担当 — 維持管理・点検面の視点
  • 必要に応じてクライアント、サブコン、BIM担当

ステップ・バイ・ステップの実施手順

  1. スコーピング:目的、対象、期待成果、制約を明確にする。例:トンネル掘削機の換気・避難経路を対象。
  2. ノード選定:図面や工程を見ながら合理的にノードを分割(設備単位、工程単位、空間単位)。
  3. パラメータ設定:各ノードで検討するパラメータ(動作、流れ、位置、時間など)を決定。
  4. ガイドワード適用:ガイドワード×パラメータで逸脱を導出。
  5. 原因と影響の分析:逸脱が生じる原因(設計不備、誤操作、機器故障、外部要因など)とその結果(人的被害、構造的破壊、工期延長など)を洗い出す。
  6. 既存対策の確認:既設のバリア(手順、保護具、警報、冗長設計等)を確認。
  7. リスク評価と推奨対策:必要に応じてリスクの重大性を評価し(定性的・半定量的)、追加対策を提案する。対策には設計変更、手順改定、追加監視、教育訓練などが含まれる。
  8. 記録とアクション管理:ワークシートに、逸脱、原因、影響、既存対策、追加対策、担当者、期日を明記。フォローアップの仕組みを作る。

記録様式(HAZOPワークシート)のポイント

ワークシートは後追いの責任追跡と学習のために必須です。主要欄は以下。

  • ノード名・図面番号
  • パラメータ・ガイドワード
  • 逸脱の記述
  • 原因
  • 結果(影響)
  • 既存の保護対策
  • 追加対策(提案)と優先度
  • 担当者と期日
  • 完了報告欄

建設・土木における具体的事例

事例1:トンネル掘削現場の換気設備ノード

パラメータ:換気量。ガイドワード:Less → 逸脱『換気不足』。原因:ダクト閉塞、ファン故障、一時的な遮へい。結果:有害ガス濃度上昇、作業中止、作業員の健康被害。既存対策:ガスセンサー、予備ファン、点検手順。追加対策:ファン二重化の検討、ガス検知のアラーム強化、非常時避難手順の明確化。

事例2:仮設足場の組立・解体工程

パラメータ:作業順序。ガイドワード:Early/Late → 逸脱『作業順序の前倒し/後回し』。原因:人員不足、資材遅延。結果:構造不安定、部分荷重による倒壊。対策:段階的支保工の設計、作業許可(PTW)の徹底、立会い点検の導入。

事例3:クレーンによる重機据付

パラメータ:位置・荷重。ガイドワード:Other than/More → 逸脱『指定位置と異なるり/荷重超過』。原因:計算ミス、地盤支持力誤認。結果:転倒、落下事故。対策:計算の二重チェック、地盤確認の精査、風速監視、吊り具点検リスト。

他の手法との連携

HAZOPは単独で強力ですが、他手法と組み合わせることで効果が上がります。

  • HAZID(Hazard Identification)→ 高レベルの危険抽出に有効。HAZOPは詳細設計段階で有用。
  • LOPA(Layer of Protection Analysis)→ HAZOPで洗い出したシナリオに対して保護層の実効性を半定量的に評価。
  • FTA(Fault Tree Analysis)→ 重大事故シナリオの因果を定量・構造的に解析。
  • JSA(Job Safety Analysis)→ 個別作業レベルの危険低減策を詳細化。
  • BIMとの連携→ 空間干渉や動線チェックを可視化して、HAZOPのノード定義や影響評価に活用。

実務導入時の注意点・限界

  • 時間とコストがかかる:十分な準備と適切なノード分割がないと非効率になりやすい。
  • 知識依存性:経験の浅いメンバーだけでは重大な逸脱を見落とす。
  • 動的現場への追従:設計変更や工期短縮など現場の変化に合わせてHAZOPを更新する必要がある。
  • 定性的評価の限界:定量的なリスク評価が必要な場合はLOPAやFTAと組み合わせる。

導入のための実務的アドバイス

  • 設計段階での早期実施を推奨:変更コストが小さい段階で実施すると効果が高い。
  • ノードは機能ベースで分割する:設備個別ではなく機能(換気、避難経路、荷役動線等)で定義すると適用範囲が明確になる。
  • 短時間セッションを複数回に分ける:長時間会議は疲労で効率低下。1回2〜3時間×複数回が現実的。
  • 現場参加を重視する:図面だけでなく現場担当者の知見を取り入れる。
  • 結果のアクションを必ず追跡:推奨対策は実行され、効果を検証するまでがHAZOPの完了。

デジタルツールとテンプレート

近年はHAZOPの記録・管理を支援するソフトウェア(PHA-Pro、PHAWorks、HAZOP Manager等)や、Excelベースのワークシートテンプレートが利用されています。BIMモデルと連携してノードの可視化や干渉検証を行うと、より正確な影響評価が可能になります。

まとめ

HAZOPは建築・土木分野でも、高度で複雑な工程や設備の安全性確保に極めて有効な手法です。成功の鍵は適切なスコーピング、専門性を備えた多職種チーム、実行可能な対策のフォローアップです。HAZOPを設計・施工管理の標準プロセスに組み込むことで、重大事故の未然防止と運用性の向上が期待できます。

参考文献