現場で役立つHAZID分析とは?建築・土木分野の危険源特定と実践ガイド

HAZID分析とは

HAZID(Hazard Identification:ハザード・アイデンティフィケーション)は、プロジェクトや作業の早期段階で発生し得る危険源(ハザード)を体系的に洗い出すプロセスです。主にプロセス産業やオフショアで広く用いられてきましたが、建築・土木分野でも設計初期、施工計画、仮設計画、近隣影響評価など多くの局面で有効です。HAZIDは定性的にハザードを抽出し、初期的なリスク評価と対策案の提示を行うことを目的とします。

建築・土木分野での位置づけと目的

建築・土木におけるHAZIDの主な目的は以下の通りです。

  • 設計・施工前に重大事故や重大障害につながる可能性のある事象を早期に特定すること。
  • 対策の優先順位付けと追加検討(HAZOP、詳細リスク評価、定量的リスク評価など)を促す前提情報を作成すること。
  • 関係者(発注者、設計者、施工者、保全、近隣住民代表等)間でのリスク認識の共有と意思決定支援を行うこと。

HAZIDと他の手法との違い

HAZIDは高レベルの危険源特定に適した手法で、以下のように位置づけられます。

  • HAZOP(Hazard and Operability Study)よりも早期かつ大まかな分析。HAZOPはプロセス詳細(P&IDなど)がある段階でノードごとの細かな誘導語解析を行う。
  • リスクマトリクスやLOPA(Layer of Protection Analysis)へつなぐための前段階。HAZIDで抽出された重要なハザードは、必要に応じてLOPAや定量リスク評価へ移行する。
  • 定性的アプローチが主体であるため、事前の情報が限られる設計初期でも実施可能。

HAZIDの実施ステップ(一般的な流れ)

  • 準備

    スコープ設定(対象範囲、フェーズ)、資料収集(概略設計図、施工計画、現地条件、法規、過去事例)を行う。事前にチェックリストやテンプレートを用意する。

  • チーム編成と役割決定

    ファシリテーター(進行役)、技術リード、記録係、クライアント代表、施工・保守担当等を揃える。利害関係者の参加で現場特有のリスクを見落とさない。

  • ワークショップ形式での危険源抽出

    図面や工程表を見ながら、What-if、チェックリスト、過去事例照合等で危険事象、潜在原因、想定される結果を洗い出す。

  • 初期的リスク評価

    定性的なリスクマトリクスを用いて、発生頻度と影響度に基づき重要度をランク付けする。重大なものはさらに詳細評価へ回す。

  • 対策案の抽出と推奨

    設計変更、手順改善、保護措置、監視・点検体制の導入などの対策を示し、責任者と期限を記載したアクションリストを作成する。

  • 報告書作成とフォローアップ

    結果を報告書にまとめ、設計・施工計画へ反映、アクションの実行状況を定期的にレビューする。

チーム構成と進行上のポイント

  • ファシリテーターは中立かつ経験豊富な人物を選び、議論の脱線や論争の収束を図る。
  • 記録係はその場で明確に記録し、後日の合意形成と追跡を容易にする。
  • 専門分野(地盤、構造、設備、電気、環境、交通)の代表を含める。設計段階では将来の施工担当からの視点が役立つ。
  • 参加者には事前に資料を配布し、準備時間を確保することで効率的な議論が可能になる。

具体的な評価手法とツール

  • What-if(何が起きうるか):短時間で幅広く洗い出すのに有効。
  • チェックリスト:過去事例や規格に基づく問診票で抜けのない検討を支援。
  • ボウタイ(Bow-tie)図:原因と結果、そしてそれぞれを防ぐ対策を視覚的に整理するのに役立つ。
  • リスクマトリクス:発生頻度と影響度を組み合わせた簡易評価。ALARP(合理的に許容し得る低さ)概念と合わせて判断する。
  • ソフトウェア:議事録管理、アクション追跡、図面共有のためのプロジェクト管理ツールを活用する。

建築・土木現場でよくある危険源(具体例)

  • 仮設構造物の転倒・崩壊(足場、土留め、橋梁架設用支保工など)
  • 掘削・土砂崩壊、地下水湧出、埋設物による作業中断・事故
  • 重機・クレーン作業に伴う荷崩れ、接触、転倒
  • 近接構造物への影響(振動、地盤沈下、地下掘削による影響)
  • 有害物質の流出・飛散(油、溶剤、コンクリート混和材等)と周辺環境・作業員への影響
  • 一時的交通規制による交通事故リスク、通行止めや避難経路の遮断
  • 天候・地震等の外因リスクによる工程遅延と安全性低下

成果物とフォローアップ

HAZIDの主要成果物は次の通りです。

  • 危険源一覧表(ハザード、原因、想定結果)
  • 初期リスク評価表(リスクランク、根拠)
  • 推奨対策と優先順位、責任者、期限を明示したアクションリスト
  • 必要に応じた追加解析の提案(HAZOP、LOPA、定量リスク評価、地盤詳細調査等)

重要なのは報告書をただ保管するだけでなく、設計変更や施工手順書に反映させ、アクションの実行状況を定期的に監査することです。

実務上のポイントと落とし穴

  • スコープを曖昧にしない:範囲が広すぎると議論が浅くなる。段階的にスコープを設定する。
  • 専門家任せにしない:多様な視点を入れることで現場特有のリスクを拾える。
  • 定性的評価の限界:HAZIDは定性的であり、重大事故に対しては定量評価が必要になる場合がある。
  • アクション放置を避ける:推奨対策が実行されないと意味がない。責任と期限の明確化、進捗管理が重要。
  • 過度のチェックリスト依存:チェックリストは有効だが、現場固有のリスクは個別議論で掘り下げる。

まとめ

HAZIDは建築・土木プロジェクトにおいて、設計・施工の早期段階で潜在的な危険源を体系的に洗い出す有効な手法です。正しいチーム編成、十分な準備資料、実効性のあるフォローアップを組み合わせることで、重大事故の未然防止や合理的なリスク低減策の導入に貢献します。HAZIDで抽出された項目は、必要に応じてHAZOPやLOPA、詳細な定量評価に引き継ぎ、継続的にリスク管理を実施することが重要です。

参考文献

ISO 31000: Risk management — ISO(国際標準化機構)

HSE: Risk Assessment — Health and Safety Executive(英国労働安全衛生局)

CCPS(Center for Chemical Process Safety) — Guideline and resources

Construction (Design and Management) Regulations 2015 — UK Legislation

Hazard identification — Wikipedia(概要参照、一次資料の確認を推奨)