建築・土木分野におけるWhat-if分析の実践と応用 — リスク可視化と意思決定支援の体系的手法
はじめに:What-if分析とは何か
What-if分析(ワットイフ分析)は、想定される変更や異常が与える影響を予測・評価するための手法群を指します。建築・土木分野では設計変更、材料特性のばらつき、荷重の増減、地盤条件や気象条件の変化、工期遅延、コスト変動など多様な不確実性が存在します。What-if分析はこれらの仮定を系統的に変化させ、性能・安全性・コスト・工期に与える影響を定量的・定性的に把握するために用いられます。
Why(なぜ)What-if分析が重要か
建築・土木プロジェクトは多くのステークホルダーと長期間の意思決定が伴い、初期段階での見落としが後工程で高コストの修正に繋がります。What-if分析により、以下が実現できます。
- 主要な不確実性の特定と優先順位付け(リスクベース設計)。
- 極端条件下での構造・設備の挙動評価による安全性向上。
- 代替案の比較を通じた合理的な設計・施工選択。
- ステークホルダー間の合意形成と説明責任の強化。
What-if分析の基本的な分類
What-if分析は大きく分けて、決定論的手法と確率論的手法に分類されます。
- 決定論的What-if(シナリオ分析):特定の条件(例:設計荷重を1.2倍、地盤支持力を-20%)を設定して解析する。直感的で実用的だが、確率情報が反映されにくい。
- 確率論的What-if(モンテカルロ、感度解析、パラメトリックスタディ):不確実性を確率分布で表現し、多数のランダムサンプルを解析して出力分布を得る。統計的評価が可能で、信頼区間や失敗確率を算出できる。
実務での適用ステップ
実際のプロジェクトでWhat-if分析を行う際の代表的な手順は以下のとおりです。
- 目的の定義:例えば耐震性能の低下が構造安全率に与える影響、あるいはコスト増が収益性に与える影響など。
- システムと境界条件の明確化:解析対象(構造躯体、基礎、排水設備など)と時間・空間のスケールを定める。
- 不確実性の特定とモデル化:入力パラメータ(材料強度、荷重、地盤条件、施工精度など)を列挙し、確率分布または範囲で表現する。
- 解析モデルの構築:有限要素モデル、構造計算、地盤解析、数量・コストモデル、スケジュールモデルなどを準備する。
- シナリオ生成と解析実行:決定論的シナリオ、あるいは確率的サンプリング(モンテカルロ、ラテンハイパーキューブなど)で多数のケースを実行する。
- 結果の集計・可視化・感度解析:出力の分布や信頼区間を求め、どの入力が結果に最も影響するかを評価する(例:Sobol指数やピアソン相関)。
- 意思決定支援:リスクを考慮した設計変更、余裕度設定、コスト配分、予防対策の選定を行う。
代表的な手法とテクニック
以下は土木・建築で多く用いられる主な手法です。
- モンテカルロシミュレーション:確率分布を用いた反復試行でアウトプットの統計分布を取得。
- ラテンハイパーキューブサンプリング(LHS):高効率なサンプリング手法で、サンプル数を抑えつつ広い入力空間を探索可能。
- 感度解析(局所/グローバル):局所変化を評価する微分的手法と、SobolやFASTのようなグローバル手法がある。
- メタモデル/サロゲートモデル:高精度モデル(非線形有限要素等)の計算負荷を下げるために、回帰、ポリノミアルカオス、ガウス過程(Kriging)などで代替モデルを作成。
- シナリオ分析とストレステスト:極端な条件や複合事象(例:地震+洪水)を評価する。
建築・土木分野での具体例
いくつかの具体的な適用例を示します。
- 橋梁設計:荷重や材料特性、疲労のばらつき、地震動の変動をWhat-ifで評価し、設計余裕(冗長性)や保守計画を最適化。
- 土留め・擁壁:地盤支持力、地下水位の上昇、降雨強度変化が安定性に与える影響を確率的に評価。
- 長周期地震に対する建物の挙動:非線形動的解析を用いて複数の地震記録を入力し、被害指標の分布を把握。
- 工事スケジュールとコスト管理:資材遅延や気象リスクの影響をシナリオ化し、クリティカルパスや予備費の妥当性を検討。
データとモデルの信頼性:検証・較正の重要性
What-if分析の結果はモデルと入力データの品質に依存します。以下の点を確認すべきです。
- 入力データの出典と合理性:実測データ、標準規格、地盤調査報告などを優先する。
- モデルの妥当性確認:過去事例や実験データでモデル出力を検証する(検証・較正)。
- 不確実性の分離:パラメトリックな不確実性とモデル構造的不確実性(モデル誤差)を区別して扱う。
ツールとソフトウェア
実務で用いられる代表的なツールには次のものがあります。
- 数値解析・FEA:ABAQUS、ANSYS、OpenSees(特に地震応答解析で広く使用)。
- 確率解析・最適化:@RISK、Crystal Ball、MATLAB(Statistics and Optimization Toolboxes)、Python(numpy, scipy, SALib, scikit-learnなど)。
- BIM・デジタルツイン連携:RevitやTeklaと解析ツールを連携させることで、設計変更の影響を迅速に評価可能。
可視化とコミュニケーション
結果の解釈と意思決定には、単なる数値以上の情報が必要です。推奨手法は以下のとおりです。
- 確率密度関数や累積分布関数、箱ひげ図で不確実性の全体像を示す。
- 感度マップや寄与率グラフで重要因子を明示する。
- 意思決定ツリーやコスト対効果図を用いて代替案の比較を行う。
- 非専門家向けにはヒートマップやインタラクティブなダッシュボードを用いると理解が早まる。
限界と注意点
What-if分析は強力ですが、次のような限界もあります。
- ゴミデータはゴミ結果を生む(GIGO原則)。データの品質が低いと誤った安心感や過度の警戒を生む可能性がある。
- モデル誤差や未知の相互作用は十分に反映されない場合があるため、結果を鵜呑みにしない慎重さが必要。
- 計算資源と時間の制約:高精度の確率解析は計算量が膨大になることがある。その際はメタモデルや効率的サンプリング手法の利用を検討する。
ベストプラクティス(実務上の推奨)
- 目的を明確にし、解析の粒度を適切に設定する(過剰解析を避ける)。
- 関係者を早期に巻き込み、前提条件や受容可能なリスクレベルを合意する。
- 複数の手法を併用して結果の頑健性を確認する(決定論的シナリオ+確率論的解析など)。
- モデル検証・検証(V&V)を定期的に実施し、実測データが得られればモデル更新を行う。
- 結果は意思決定に直結する形で提示し、代替案とトレードオフを明確にする。
まとめ
What-if分析は、建築・土木プロジェクトにおける不確実性を系統的に扱い、安全性・経済性・施工性を高めるための重要なツールです。適切なデータ収集、モデル構築、サンプリング手法、可視化を組み合わせることで、設計や施工の初期段階からリスク低減策を講じることが可能になります。一方で、データとモデルの信頼性確保、計算コストの管理、結果の過信防止といった注意点も忘れてはなりません。
参考文献
FEMA HAZUS — Risk assessment tools for hazards
Monte Carlo method — Wikipedia
Latin hypercube sampling — Wikipedia
A. Saltelli et al., "Global Sensitivity Analysis: The Primer" (Springer)
Sobol sensitivity analysis — Wikipedia
OpenSees — Open System for Earthquake Engineering Simulation
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