建築・土木におけるボウタイ分析とは?危険予測からバリア管理までの実践ガイド
はじめに — ボウタイ分析の概要と建築・土木分野での重要性
ボウタイ分析(ボウタイ法)は、重大な事故や被害を起点に、その原因(Threats)と結果(Consequences)を視覚的に整理し、事前対策(予防バリア)と事後対策(緩和バリア)を明確にするリスク評価手法です。名称は図の形状がボウタイ(蝶ネクタイ)に似ていることに由来します。化学、石油・ガス、発電などのハイリスク産業で広く使われてきましたが、建築・土木分野でも「落下」「埋没」「転倒」「地盤崩壊」「クレーン転倒」などの重大リスク管理に有効です。
ボウタイ分析の構成要素
ハザード(Hazard):潜在的な危険源(例:掘削、重機、高所作業、揮発性化学物質)
トップイベント(Top Event):制御不能となった状態・事故の中心的事象(例:足場の崩壊、トンネル湧水、クレーンの吊り荷落下)
スレッド(Threats):トップイベントを引き起こす直接的な原因(不適切な支持、過負荷、点検不足など)
結果(Consequences):トップイベントが発生した場合に生じる影響(人的被害、工期遅延、環境汚染、社会的信用失墜)
予防バリア(Preventive Barriers):トップイベント発生を防ぐ対策(設計基準、手順、監視、技能訓練)
緩和バリア(Mitigative/Recovery Barriers):発生後の被害を軽減する対策(救急対応、避難経路、二次封じ込め、保険)
エスカレーション要因(Escalation Factors):バリアの有効性を低下させる要因(疲労、悪天候、コミュニケーション欠如)とそのコントロール
建築・土木での適用例(具体ケース)
以下は現場でよく想定されるトップイベントを例にしたボウタイ適用例です。
クレーン作業での吊り荷落下:ハザード=不均等荷重、トップイベント=吊り荷の制御喪失、予防バリア=荷重計算・合格証、点検・資格確認、監視カメラ、緩和バリア=立入禁止ゾーン、緊急停止手順、救命措置
掘削・土留め作業での崩落:ハザード=斜面不安定、トップイベント=土留めの失敗、予防バリア=地盤調査・設計、適正な支保工、雨天作業停止、緩和バリア=避難計画、近接設備の保護、救出体制
高所作業での転落:ハザード=足場や手摺の欠陥、トップイベント=作業者の転落、予防バリア=安全帯・二重確保、手順書・訓練、緩和バリア=救助具、救急対応
トンネル掘削での湧水・ガス発生:ハザード=地下水圧・有害ガス、トップイベント=湧水流入や有毒雰囲気の発生、予防バリア=地質水文調査、気密区画・ポンプ、緩和バリア=センサーによる早期検知、避難システム、通報体制
ボウタイ分析の実施手順(実務向けステップ)
ステップ1:プロジェクト・プロセスの範囲定義と関係者の特定。どの工程・場所で実施するかを明確にします。
ステップ2:ハザードの抽出とトップイベントの定義。現場ヒヤリ・ハット、過去事例、設計図、地盤調査報告書を参照して洗い出します。
ステップ3:スレッド(原因)と結果を整理。因果関係をできるだけ具体的に記すことで、防止策の導出が容易になります。
ステップ4:バリアの特定と評価。各バリアについて、有効性、実行可能性、維持管理要件を決めます。
ステップ5:エスカレーション要因とコントロールの明示。バリアの劣化や無効化要因を洗い出し、監視手段を定めます。
ステップ6:アクション計画と責任者の明示。誰がバリアを維持し、どの指標で管理するかを割り当てます。
ステップ7:文書化・教育・レビュー。定期的な見直しと現場訓練を通じて実効性を確保します。
バリア管理のポイント — 効果的な運用方法
バリアは“存在するだけ”では不十分です。運用可能性、検証プロセス、維持管理計画が必要です。
独立性と冗長性の確保。単一障害点(Single Point of Failure)を避けるため、異なる原理の対策を組み合わせます。
性能指標の設定:リード指標(例:点検実施率、訓練受講率)とラグ指標(事故件数、ヒヤリ・ハット件数)を組み合わせて監視します。
エスカレーション要因の常時モニタリング:天候データ、機器状態監視、作業者の疲労管理などを含めます。
現場運用と設計の連携:設計段階でボウタイを用いると、施工方法や施工計画に安全対策を組み込みやすくなります。
メリットと限界
メリット:視覚的に因果関係と対策が整理されるので、現場担当者・管理者・発注者間での合意形成がしやすい。重点的な投資箇所が明確になる。
限界:定性的になりがちで、バリアの数値的有効性(失敗確率など)を示すには別手法(FTA、FTAの定量解析、QRA等)との併用が必要。また、作図の品質は参加者の技量に依存する。
ソフトウェアとツール
ボウタイ図は手書きでも作成できますが、大規模プロジェクトでは専用ツールを使うと管理が容易です。代表的なツールに BowTieXP(CGE Risk)などがあります。これらはバリアのステータス管理、監査記録、KPIトラッキング、複数図の統合などをサポートします。
実務上の注意点 — 建設現場固有の課題
動的変化への対応:建設現場は工程が進むにつれリスクが変化します。定期的なボウタイ更新が必須です。
利害関係者の多さ:発注者、設計者、施工、下請け、保安担当など多くの関係者が関与するため、バリアの所有権と責任の明確化が重要です。
現場慣行との整合性:理想的なバリアが設計されても、現場の生産圧力や慣行により形骸化するリスクがあります。導入時には現場従業員を巻き込む運用設計が必要です。
重要バリアの確認(Verification):定期検査、第三者評価、機能テストを計画し、単なるチェックリスト化を避けること。
導入事例の示唆(小規模現場から大規模工事まで)
小規模現場では、代表的トップイベントに絞って簡潔なボウタイを作成し、朝礼や安全教育で周知するだけでも効果があります。大規模プロジェクトでは工程別・ゾーン別にボウタイを作成し、PMOによる統合管理と現場レビューを行うと良いでしょう。特に、トンネル・橋梁・地下構造物など長期間・多工程にわたる工事では、設計変更や地盤情報更新に応じたボウタイの差し替えが有効です。
まとめ — ボウタイ分析を建築・土木現場で機能させるために
ボウタイ分析は単なる図解手法ではなく、「バリアを設計し、管理し、検証する」ためのフレームワークです。建築・土木の現場に導入する際は、定期的な更新、責任の明確化、実効性を示す指標設定、現場参加型のワークショップを通じた合意形成が成功の鍵となります。QRAやFTAなど定量的手法と組み合わせることで、意思決定の質をさらに高めることができます。
参考文献
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