アスファルト乳剤の基礎と実務 — 性状・製造・施工・品質管理を徹底解説
はじめに
アスファルト乳剤(アスファルトエマルジョン)は、道路・舗装・土木分野で広く用いられる水系のアスファルト製品です。常温で取り扱え、揮発性溶剤を使う「カットバックアスファルト」と比較して安全性や環境負荷の面で優れるため、近年ますます利用が拡大しています。本稿では、アスファルト乳剤の基礎知識、種類、製造方法、施工用途、品質管理、環境・安全性、現場での注意点、今後の動向などを詳しく解説します。専門的な用語や試験基準も取り上げ、実務に直結する情報を中心にまとめます。
アスファルト乳剤とは:定義と特徴
アスファルト乳剤は、アスファルト(ビチューメン)を水中に微小な液滴として分散させ、界面活性剤(乳化剤)によって安定化させた「乳濁液」です。水を連続相、アスファルトを分散相とするエマルジョンの一種で、常温で流動性がありポンプや噴霧器で取り扱えるのが特長です。
- 主成分:アスファルト、エマルジョン水相(多くは脱イオン水)、乳化剤(イオン性)、添加剤(粘度調整、速度制御、防凍、粘着性向上など)
- 安全性:揮発性有機溶剤を含まないため作業環境や大気環境にやさしい
- 作業性:常温施工が可能であり、冷却工程が不要。道路補修、表面処理、再生材料の結合材など幅広い用途
分類:電荷・硬化速度など
アスファルト乳剤は、主に乳化剤の電荷(イオン性)と「硬化(破乳・分離)速度」によって分類されます。
- 電荷による分類
- 陰イオン型(Anionic): アスファルト粒子表面が負電荷。石灰質骨材との相性で使い分けられる。
- 陽イオン型(Cationic): 粒子が正電荷で、通常は骨材表面が負電荷であるため付着性が良く、日本を含む多くの国で主流。
- 非イオン型(Nonionic): 特殊用途、もしくは乳化剤混合で用いられることがある。
- 硬化速度による分類
- 急速(RS: Rapid-set): 破乳が早く、短時間で表面が固まる。高速道路の一時補修などで使用。
- 中間(MS: Medium-set): バランスの取れた型で、一般舗装の表面処理に多用。
- 遅延(SS: Slow-set): 破乳が遅く、浸透性を重視する用途で使用。寒冷地や低透水性の骨材で有利。
製造プロセス(概略)
乳剤の製造は、高せん断の撹拌でアスファルトを微粒化し、乳化剤で安定化する工程が中心です。代表的な方法は次の通りです。
- 溶解・加熱:アスファルトを加熱して流動化(ただし高温は避け、品質劣化を防ぐ)
- 乳化剤の溶解:水相に乳化剤と必要添加剤を溶解・調整
- 乳化:コロイドミルや高せん断ミキサーでアスファルトを水中に微細分散させる。粒径は一般に数ミクロンのオーダー。
- 冷却・貯蔵:所定の粘度・粒径が得られたら冷却し、貯蔵タンクへ。出荷前に品質検査を実施。
製造条件(撹拌速度、温度、乳化剤組成)が性能に大きく影響するため、工場でのプロセス管理が重要です。
主要物性と試験方法
実務で確認すべき代表的な物性と、それを評価する試験を示します。多くはASTMや各国規格にも準拠します。
- 非揮発分(固形分): 乳剤中のアスファルト含有率。加熱・乾燥して残渣を測定。
- 粘度: 往々にBrookfield粘度計などで測定。ポンプや噴霧性に影響。
- 粒径分布(平均粒径): 乳剤の安定性、浸透性に関係。
- 電気伝導度・pH: 乳化剤の性質や安定性指標。
- 破乳性(分離挙動): 実際の施工での膜形成や接着性に直結。中和剤や塩分の影響も評価。
- 残渣の軟化点・針入度・延伸性(ダクティリティ): 乳剤から得られた試料のビチューメン特性。
代表的な規格としてはASTM D977(Emulsified Asphalt)などがあり、これらの試験は製造ロット毎に行われます。
主な用途と施工方法
アスファルト乳剤は用途によって最適な型が異なります。代表的な用途と施工上の留意点を解説します。
スプレーシール(チップシール・スプレードシール)
道路の表面処理において、乳剤をスプレーし骨材(チップ)を散布して圧着する工法です。乳剤の粘着性と破乳速度を適切に選定することが重要で、骨材の吸水性や温度も施工性に影響します。
タックコート(接着層)
新旧のアスファルト層を接着させるために薄く塗布する工法です。均一な噴霧と十分な粘着性が要求されます。加える乳剤は通常、付着性の高い陽イオン型が選ばれることが多いです。
スラリーシール、マイクロサーフェーシング
乳剤と骨材、充填材料などを混合し、舗装表層を一層形成する工法です。粒度管理や混合比(乳剤率)が性能を左右します。マイクロサーフェーシングでは速硬化型乳剤が好まれます。
コールドミックス(冷合材)
道路の補修用として、乳剤と再生骨材を混合した冷合材が使用されます。現場での作業温度が低くても施工可能で、応急補修に適しています。
土木用途(防水・安定化)
埋め戻し材の安定化、斜面被覆、透水対策など多様な土木用途でも乳剤が用いられます。用途に応じた耐水性・柔軟性を持たせる添加剤の選定が必要です。
施工上のポイントと品質管理
現場での成功には、材料管理・施工管理・検査が不可欠です。主な注意点を列挙します。
- 乳剤の貯蔵温度・保管期間の管理:凍結や長期保管による分離を避ける。低温では粘度が高く、噴霧困難。
- 散布量と均一性:指定の乳剤量(L/m2)を守ること。過不足は付着不良や浮きの原因。
- 骨材の品質:吸水性、寸法安定性、清浄さ(粉塵・油分の付着)を確認。
- 気象条件:降雨、強風、低温は施工に不利。破乳速度との兼ね合いで施工タイミングを調整。
- 現場試験:スプレー量測定、接着試験、初期強度確認などを実施し適合を確認。
品質トラブルと対策
現場で比較的頻出するトラブルとその対策例を紹介します。
- 付着不良:乳剤の種類と骨材の相性、あるいは表面汚染が原因。骨材の洗浄や陽イオン型乳剤の選択、表面処理の改善で対処。
- 早期剥離(はくり):過剰な散布量や重ね塗り不可、交通負荷によるもの。適正散布量の順守と養生時間の確保。
- 乳剤分離(置換):冷却や長期保管で液相分離。混合・撹拌で回復するが、劣化が疑われる場合は廃棄が必要。
- 凍結障害:冬季では凍結防止対策と凍結前の施工回避が必要。
環境・安全性
乳剤は水を主成分とし揮発性溶剤を含まないため、カットバックアスファルトよりVOC排出が少なく、作業者や周辺環境にやさしいとされています。ただし以下の点に注意が必要です。
- 皮膚・目への刺激:直接接触は避け保護具を着用する。
- 排水管理:現場での洗浄や残液の排水は適切に処理すること。
- 貯蔵・輸送:乳剤は凍結に弱く、また強い衝撃で分離することがあるため、適切な管理が必要。
再生・持続可能性
乳剤はコールドリサイクル(現場再生)で広く利用され、既存アスファルト舗装の再利用を促進します。加えて、バイオ系添加剤やポリマー改質乳剤の開発により、耐久性向上と長寿命化が進んでいます。これにより資源の有効活用とライフサイクルコスト削減が期待されます。
試験規格・基準(代表例)
国際的および国内で参照される代表的な規格を示します。施工や受入れ検査ではこれらの基準に基づいた試験が行われます。
- ASTM D977(Emulsified Asphalt): 乳剤の一般的仕様と試験法
- 各国の道路規格(例:AEMAの指針、FHWA資料、各国の舗装技術基準)
- 日本国内では、公共工事仕様書や都道府県の技術仕様により詳細が定められている場合が多い
現場事例とワンポイント設計
実務では、以下のような設計上の配慮が役立ちます。
- 使用条件に応じた乳剤の選択:交通量や温度条件、骨材特性を勘案して破乳速度やイオン性を選ぶ。
- 予備試験の実施:小スケールでの接着性試験、承圧試験、耐水性試験を行い本設計を確定する。
- 施工スケジュールの最適化:養生時間、交通封鎖時間、天候予測を組み合わせて施工計画を立てる。
今後の技術動向
近年の研究・開発の方向性としては以下が挙げられます。
- ポリマー改質乳剤:弾性や耐久性の向上を目指した改質剤の適用拡大。
- 環境配慮型添加剤:バイオ由来界面活性剤や低環境負荷の防凍剤など。
- ナノテクノロジーの応用:粒径制御や機能性付与による性能最適化。
- 大規模再生工法への適用拡大:現場冷合材やフルリサイクル化技術との連携。
まとめ
アスファルト乳剤は、取り扱いの容易さと環境面での優位性から、現代の舗装・土木工事に欠かせない材料です。適切な種類の選定、製造・貯蔵の管理、現場での施工管理および品質試験を適正に行うことで、長寿命で経済的な舗装を実現できます。今後は材料改質や持続可能性の観点からさらに進化が見込まれ、再生技術や低環境負荷工法との連携が鍵となるでしょう。
参考文献
- Asphalt Emulsion Manufacturers Association (AEMA) - What is Asphalt Emulsion?
- Wikipedia - Asphalt emulsion
- ASTM D977 - Standard Specification for Emulsified Asphalt
- U.S. Federal Highway Administration (FHWA) - Pavement and Materials resources
- National Asphalt Pavement Association (NAPA)


