シリアル手法とは何か?12音技法からトータル・シリアリズムまでの歴史と実践ガイド
序章:シリアル手法の概念と重要性
シリアル手法(シリアリズム)は、音楽の構成要素――主に音高(ピッチ)を秩序立てて配列(シリアル化)する作曲技法の総称です。最もよく知られる形が12音技法(十二音技法)で、20世紀初頭にアルノルト・シェーンベルクを中心に発展しました。以降、音高だけでなくリズム、強弱、音色なども系列化する「トータル・シリアリズム」へと拡張され、前衛音楽の主要な潮流の一つになりました。本稿では、技法の基本から歴史的展開、具体的な作曲・分析の観点、批判と現代への影響まで、深掘りして解説します。
シリアル手法の起源と歴史的背景
シリアル化の端緒は、機能和声の崩壊と調性の限界が意識され始めた19世紀末から20世紀初頭に遡ります。アルノルト・シェーンベルク(Arnold Schoenberg, 1874–1951)は、調性に頼らない統一的な音楽語法を求め、1920年代以降に12音技法を確立しました。彼のピアノ組曲『Suite, Op.25』(1921–23)は、12音列を構成の基礎とする初期の代表作としてしばしば挙げられます。
シェーンベルクの弟子であるアルバン・ベルク(Alban Berg)やアントン・ヴェーベルン(Anton Webern)もそれぞれ異なる様相で12音法を取り入れ、ヴェーベルンは短く点描的な語法で12音素材を洗練させました。第二次世界大戦後、ダルムシュタット音楽講習会を中心に若い作曲家たち(ピエール・ブーレーズ、カールハインツ・シュトックハウゼン、ミルトン・バビットなど)が12音技法を発展・展開し、音高以外のパラメータの系列化へと発展させていきます。
基本概念:12音技法の構造要素
トーン・ロウ(tone row)/基礎列:十二音技法では、12個の半音階音高を重複なく一列に並べたものを基本材料とします。これにより伝統的な調性に代わる統一原理が提供されます。
基本形(Prime, P): 元の列をP0などと表記します。転調(transpose)することでP1、P2...と変化させることができます。
反行(Inversion, I): 音の上下関係を反転させた列。元列の音程の上下を逆にしたものです。
逆行(Retrograde, R): 基本列を逆順に並べたもの。
逆行反行(Retrograde-Inversion, RI): 反行の逆順、あるいは逆行の反行で得られる形式。
転調(Transposition): 列全体を同じ音程で上下に移動させる操作。P0やI3などの表記で表されます。
発展的技法:組み合わせ性と派生列
シリアル楽曲では、単なる列の使用だけでなく列同士を組み合わせる技巧が重要です。代表的な概念に「ヘクサコード(六音組)による組み合わせ性(combinatoriality)」があります。ある列の前半6音と別の列の後半6音が、12音を重複なく再現するように設計することで、和声的・組織的な機能を与えます。こうした技法は、列を数学的に扱うことで作曲の自由度を高めます。
また、「導出列(derived row)」と呼ばれる、短いモチーフや和音から全列を展開する手法も重要です。導出列を用いることで、動機的統一感と系列の内的関連性が強まります。さらに「全間隔列(all-interval row)」のように、列自体がすべての音程関係を一度ずつ含むように設計されることもあります。
トータル・シリアリズム:音高を越える系列化
1950年代以降、システムは音高だけにとどまらず、リズム、強弱、音色、奏法の種類などにも系列を適用する方向へと進みました。これをトータル・シリアリズム(total serialism)と呼びます。ミルトン・バビットやピエール・ブーレーズらがこの方向を推し進め、作品では以下のような特徴が見られます。
リズムの値を数値的に列挙し、それに基づいて音価を決定する。
強弱記号やアーティキュレーションを系列化してダイナミクスの連続性を管理する。
楽器配置や音色選択を組織的に配列し、総合的な構造統一を図る。
このアプローチは高度に構築的で理論的だが、同時に聴覚的知覚との折り合いをめぐる議論も引き起こしました。
代表的作品と作曲家(例示)
アルノルト・シェーンベルク:『Suite, Op.25』(ピアノ)— 十二音法を明確に用いた初期の重要作。
アルバン・ベルク:『ヴァイオリン協奏曲』(1935)— 十二音技法を用いながらも、哀歌的な調性的要素や引用を含む。
アントン・ヴェーベルン:交響曲や小品(Op.21など)— 短く凝縮された音の点描と厳格な列操作。
ピエール・ブーレーズ:『Structures I』(1952)— 厳格な系列操作と構造主義的な追求の代表例。
カールハインツ・シュトックハウゼン:『Kreuzspiel』(1951)など— 時間・配置の系列化と実験的形式。
分析と実践:具体的な作曲手順のヒント
シリアル作曲を実際に試みる場合、基本的な手順は次の通りです。
1) 基礎列の設計:まず12音を並べる。動機的連続性や音程関係(跳躍や半音進行)を考慮して列を作る。
2) 変形群の定義:P(基本)、I(反行)、R(逆行)、RI(逆行反行)とその転調を整理する。楽曲で使う形と使用比率を決める。
3) 局所構造の設定:楽節ごとの列の割当て、楽器ごとの配分、和声的効果の狙い(重合や対位)を設計する。
4) 必要に応じてリズムやダイナミクスも系列化:細部まで統一する場合は、リズム列や強弱列を別に作る。
5) 耳でチェック:理論だけでなく、実際に演奏・再生して聴感上の効果を検証し、必要なら列や配分を調整する。
特に導出列を用いると、モチーフの反復と変容を通じて表現上のまとまりが得られます。理論的整合性と聴取可能性のバランスが重要です。
聴覚上の問題と批判
シリアル音楽は理論的に整備されている一方で、一般聴衆にとっては音高系列の操作が直接的に知覚されにくいという批判があります。反復やメロディックな指標が乏しい場合、聴感上の構造把握が難しくなるためです。ジョン・ケージの偶然性への志向、あるいはポストモダン以降の復古的な語法回帰は、この点への反応とも言えます。また学術的には、トータル・シリアリズムが音楽的有効性よりも形式の自己目的化に陥ったという指摘もあります。
現代音楽におけるシリアル手法の遺産
シリアル手法は20世紀の作曲技法に多大な影響を与え、現代音楽の作曲語法における「方法論的思考」のモデルを提示しました。直接的に12音列を用いる作曲は減ったものの、系列的・数理的な発想は電子音楽、アルゴリズミック作曲、コンピュータ支援作曲などに受け継がれています。また、列の概念はモチヴァティックな統一手段として現在でも有効です。
まとめ:シリアル手法の位置づけ
シリアル手法は、調性以後の音楽を組織化するための強力な手段として発展しました。単なる技術的トリックではなく、作曲における統一原理と意味づけを与える試みであり、その拡張は音楽表現の可能性を広げました。実践面では理論と聴覚の折り合いをつける工夫が鍵となります。歴史的・理論的理解を踏まえつつ、耳での検証を重ねることが良い作品を生む近道です。
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参考文献
- "Twelve-tone" - Encyclopaedia Britannica
- Arnold Schoenberg - Encyclopaedia Britannica
- Darmstadt School - Encyclopaedia Britannica
- Milton Babbitt - Encyclopaedia Britannica
- Pierre Boulez - Encyclopaedia Britannica
- Serialism - Wikipedia (解説用総覧、参考情報)
- Schoenberg: Piano Suite, Op.25 (IMSLP スコア例)
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