サードストリームとは何か — ジャズとクラシックの境界を越えた音楽の系譜と現在
はじめに:サードストリームという概念
「サードストリーム(Third Stream)」は、ジャズとクラシック(西洋音楽)の二つの伝統のあいだに位置する第三の流れを指す概念で、両者の技法や表現を融合しようとする試みを表します。1950年代後半にガンサー・シュラー(Gunther Schuller)が提唱した言葉として知られ、即興と作曲、リズム感と構造化された形式、ジャズ的なスウィング感とクラシック的な対位法や管弦楽法をいかに両立させるかが主要な関心でした。本稿では、歴史的背景、音楽的特徴、代表的な人物と作品、受容と批判、そして現代への影響と継承を詳細に掘り下げます。
歴史的背景と概念の成立
戦後のアメリカでは、ジャズの芸術性に対する評価が高まり、またクラシック音楽界でも新しい音楽語法や実験的なアプローチが模索されていました。そうした気運の中で、ガンサー・シュラーは1950年代にジャズとクラシックの融合可能性を理論化し、"Third Stream"という用語を提唱しました。彼は単なる混淆ではなく、両ジャンルの言語を尊重しつつ、互いの長所を生かした独立した音楽的潮流を志向しました。
シュラー自身は演奏家・指揮者・作曲家・教育者として多面的に活動し、ニューイングランド音楽院(New England Conservatory)での教育改革などを通じてジャズ教育の制度化にも貢献しました。第三の流れという考えはその後、演奏家や作曲家によって多様に解釈され、単一のスタイルに限定されない広がりを持ちました。
音楽的特徴:なにが“融合”されるのか
サードストリーム音楽の核となる特徴はいくつか挙げられます。
- 作曲と即興の共存:クラシック的に緻密に書かれたスコアと、ジャズ的な即興ソロが同一作品内で交差する。
- 編成の多様性:ジャズ・コンボに弦楽四重奏や管打楽器を加えるなど、室内楽的編成が多用される。
- ハーモニーと対位法の活用:ジャズ和声の拡張とクラシック的対位法やフーガ的な構造が併存する。
- リズムの折衷:スウィングやブルースの感覚を保ちながら、複合拍子や変拍子、より厳密なリズム記譜を導入する。
- 音色の重視:管弦楽法的な色彩感、弦や管の持つ表現をジャズ的な奏法と組み合わせる。
これらは必ずしも一貫して同時に現れるわけではなく、作曲家や演奏者の志向によって重点が変わります。サードストリームはむしろ「両義性」を前提とした音楽的態度と言えます。
主要人物と代表的な作品
サードストリームに関わった人物は幅広く、いくつかの例を挙げます。
- ガンサー・シュラー(Gunther Schuller)— 用語の提唱者であり、自身も作曲・編曲・指揮を通じて実作を残した。教育面でも影響力が大きい。
- モダン・ジャズ・カルテット(Modern Jazz Quartet、MJQ)— ジャズと室内楽の接点を探った代表的グループ。ピアニストのジョン・ルイス(John Lewis)がクラシック的な構造を持つ作品を多数手がけた。
- マイルス・デイヴィスとギル・エヴァンス(Miles Davis & Gil Evans)— 『Sketches of Spain』などの管弦楽的アプローチはサードストリーム的な側面を持つと評されることが多い。
- ジャック・ルシエ(Jacques Loussier)やクロード・ボリング(Claude Bolling)— バッハやクラシックの主題をジャズ・トリオや小編成で再解釈した例は、ポピュラーな橋渡しとなった。
- その後の作曲家たち— マーク=アンソニー・ターニッジ(Mark-Anthony Turnage)など、ジャズ的語法を取り込む作曲家はクラシックのコンサート作品でもその影響を見せている。
代表作としては、MJQの室内楽的アプローチを示す録音や、マイルス=エヴァンスの諸作品、シュラー自身の作品群が挙げられます。どれも一様ではなく、多様な実践が存在します。
批評と論争:どこまでが融合か
サードストリームは登場当初から賛否両論を呼びました。賛成派はジャンルの境界を超える創造性を評価し、クラシックの厳密さとジャズの即興性を結びつけることで新たな表現領域が開けると主張しました。一方で批判的な見方も根強く、以下のような論点が挙げられます。
- アイデンティティの喪失:ジャズの即興性やブルースの感情表現が書き譜化や形式への追求によって損なわれるのではないかという懸念。
- クラシックの文法の当てはめ:クラシックの手法をジャズにそのまま持ち込むと不自然になるとの指摘。
- エリート化の危険:クラシックの高雅さを取り入れることでジャズが学究的で内省的になり、通常のリスナーから遠ざかるという問題。
これらの批判は、サードストリームというラベリング自体が必ずしも包括的でないことを示しています。多くの実践者は「融合」という言葉よりも、個別の音楽的目的やコミュニケーションを重視して活動してきました。
教育と制度化:第三の流れの遺産
シュラーが関わった教育現場、特にニューイングランド音楽院での活動は、ジャズを学術的に扱う土台づくりに寄与しました。ジャズ理論や即興をクラシックのカリキュラムに組み込む試みは、今日の音楽院でのジャズ教育の普及に繋がっています。こうした制度化は、演奏者・作曲家双方に新しい技術的・理論的な語彙を提供しました。
現代への影響と多様な継承
1970年代以降、ロックや電子音楽との交差が顕著になる中で、サードストリームという用語自体の使用頻度は相対的に減少しました。しかし、その精神—すなわちジャンル横断的な実践—は今日の音楽シーンで広く受け継がれています。以下のような分野でその影響が見られます。
- チャンバー・ジャズ(室内ジャズ):弦楽や管を取り入れた小編成での作品。
- クラシックとジャズを横断する現代作曲:コンサートホールでジャズ的要素を取り入れる作曲家たち。
- クロスオーバー・プロジェクト:映画音楽、ミニマル音楽、ワールドミュージックなどとの融合。
- レーベルやプロデューサーによるジャンル横断の企画:現代ではジャンルを超えるリスナー層が増え、多様な実験が行われている。
また、レコード録音技術やストリーミングの普及は、リスナーが様々なジャンルを容易に横断できる環境を生み、サードストリーム的作品の受容を容易にしました。
実践者へのヒント:作曲・編曲・演奏の観点から
サードストリーム的な作品を目指す演奏家や作曲家への実践的な示唆をいくつか挙げます。
- 両言語の尊重:クラシック的記譜とジャズ的即興の双方を尊重し、一方を犠牲にしないバランスを探る。
- 編成の工夫:編成そのものが表現の一部になるため、楽器の組み合わせで新しい音色を模索する。
- コミュニケーションの重視:即興部分では演奏者間の耳と反応が重要。リハーサルで共通語彙を育てる。
- 聴衆への提示法:ジャンルの壁を越える際には、作品背景や聴きどころをプログラムやトークで示すと受容が広がる。
結論:サードストリームの現在地
サードストリームは単なる過去のムーブメントではなく、ジャンル横断的な実践のための一つの歴史的参照点です。ラベルが重要なのではなく、音楽家がどのように異なる語法を結びつけ、聴き手に新たな体験を提供するかが重要です。今日では、多くの作曲家や演奏者がサードストリーム的発想を自分流に取り込み、ポピュラー音楽、クラシック、即興音楽の間を自由に横断しています。音楽の多様性が拡大する現代において、サードストリームの考え方はむしろ再評価されるべき遺産と言えるでしょう。
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参考文献
- Gunther Schuller — Encyclopaedia Britannica
- Modern Jazz Quartet — Encyclopaedia Britannica
- Sketches of Spain — Encyclopaedia Britannica
- Third stream — Wikipedia (英語)
- Gunther Schuller — New England Conservatory


