位相補正とは|ミックスとマスタリングで音像を整える実践ガイド
位相補正とは何か:基本概念と日常的な重要性
位相(フェーズ)とは、波形の周期的な進み具合を角度(度やラジアン)で表したものです。音響・電子的な信号処理においては、フィルターやマイク配置、マイクプリの挙動などにより周波数ごとに位相が変化します。位相補正とは、複数の音源やマイクトラックを一緒に再生した際に生じる位相ずれ(干渉・打ち消し)を補正し、音像の明確化や低域の密度確保、定位の改善を図る作業を指します。
位相ずれが音に与える影響
位相ずれがあると、同一の周波数成分が足し合わされたときに部分的なキャンセル(フェーズキャンセル)や強調(フェーズアライメント)が起こります。結果として以下のような問題が生じます。
- 低域の薄さや揺らぎ(複数マイクの低域でのキャンセル)
- ステレオ定位が不安定になる(左右で位相差があると広がりが不自然に感じられる)
- ドラムやパーカッションのアタックがぼやける(トランジェントの打ち消し)
- EQ処理で狙った帯域だけ強調されない、逆に不自然な共鳴が出る
位相補正の理論:位相、時間遅延、群遅延
位相シフトは周波数依存であり、単純な時間遅延は「線形位相」を引き起こします(位相は周波数に比例して回転)。一方、一般的なIIRフィルターやアナログモデリングのEQは「最小位相(minimum phase)」的な特性を持ち、振幅特性の変化に応じた位相回転を伴います。群遅延(group delay)は周波数ごとの遅れ量であり、これが音像の歪みやトランジェントの変化を生む重要な指標です。
位相補正の主な手法
タイムアライメント(サンプル単位のズラし): ドラムのスネアやキックの近接マイクとオーバーヘッドなど、同一音源を複数マイクで拾った場合に行う。波形のピークを合わせる、相関最大化(クロスコリレーション)を目指してミリ秒/サンプル単位で遅延を調整するのが基本。
位相反転(ポラリティの反転): 180度回すだけで相互干渉が改善するケースがある。まずは簡易的にチェックすべき最初の手法。
オールパスフィルター: 振幅特性に影響を与えずに位相だけを調整できる(補正/創作的な用途)。周波数依存の位相ずれを補正したいときに使われるが、設計が難しい。
線形位相EQ(FIR): 周波数応答を変えつつ位相関係を保てるため、複数トラックの整合やマスタリングでの精密な補正に有効。ただしフィルター長に応じたレイテンシーと「プリリンギング(前方の鳴り)」を伴いやすい。
最小位相EQ(IIR): レイテンシーが少なく自然な聴感だが、位相回転が発生する。音作りやクリエイティブなEQではこちらを好むエンジニアも多い。
実践ワークフロー:ミックスでの位相補正手順
以下は一般的な現場での流れです。
聴感チェック:左右チャンネルや複数トラックをモノで切り替える。モノ化で音が急に薄くなる場合、位相問題が疑われる。
波形確認:波形の立ち上がりを並べて目視でアライメント。特にスネア、キック、ギターのアンプ録音などで有効。
位相反転テスト:簡易で効果がある場合はまずこれを試す。
サンプル単位の微調整:遅延プラグインやタイムシフト機能で最適な相関を探す。位相メーターや相関メーター(correlation meter)を参照。
周波数依存の問題は線形位相EQやオールパスを検討:例えば、スネアのボディのみ位相がズレている場合はFIR EQで補正するとトランジェントを保ったまま解決できることがある。
最終確認:モノ、ステレオ、複数再生環境(ヘッドホン、スピーカー)でチェックする。
ドラム録音での具体例
ドラムは位相問題が最も顕著に出る楽器の一つです。キックの近接マイクとバスドラム内部、バスドラムのマイクとルームマイクなどが例です。近接・オーバーヘッド間の位相を調整すると、キックのローエンドが厚くなり、スネアのアタックが明瞭になります。一般的にはまずポラリティ反転→タイムアライメント→必要なら線形位相EQの順に試します。
線形位相EQと最小位相EQの選び方
線形位相EQ(FIR)は位相を保持するので、複数ソースをまとめる場面やマスタリング時に便利です。一方でプリリンギングによりパーカッシブな信号に不自然さをもたらすことがあるため、激しいトランジェントを含む素材では注意が必要です。最小位相EQは自然な残響感やトランジェント処理で有利ですが、位相回転によって他トラックと干渉するリスクがあります。状況に応じて切り替えるのが実務的です。
ツールとメーター類
代表的なツールやメーターとして、相関(correlation)メーター、位相スペクトラムを表示するプラグイン、波形ズームとサンプル単位の遅延操作を行えるプラグインがあります。また、自動位相補正プラグイン(例:Auto-Align 系)も存在し、マルチマイク録音の時間的な最適化を自動化します。手動と自動を併用することでより確実に問題を解決できます。
マスタリングでの注意点
マスタリング段階では、通常ミックスで位相問題はできる限り解決しておくことが望ましいです。マスタリングで線形位相EQを使うとミックス全体の位相整合性は保てますが、フィルター長に伴うレイテンシーとプリリンギングの影響を理解しておく必要があります。また、マスターでの位相操作が再生環境によっては思わぬ抜けや定位の変化を招くため、複数環境でのチェックが重要です。
よくある誤解とトラブルシューティング
「位相は目に見えないから不可視的な問題だ」: 実際はリスニングテストと計測で十分に検出可能。モノ化、相関メーター、波形比較は有効。
「線形位相なら常に良い」: トランジェントやプリリンギングを考慮すると常用は危険。状況に応じて切り替える。
「位相補正は完全に自動化できる」: 自動ツールはベースラインを作るのに有用だが、最終判断は耳と目的に基づく人的判断が不可欠。
まとめ:位相補正をミックス・マスタリングに生かすために
位相補正は音像の明瞭化や低域の充実、トランジェント保持に直結する重要な工程です。基本はモノ化チェック、ポラリティ反転、サンプル単位のタイムアライメント。周波数依存の問題は線形位相EQやオールパスで対処しますが、それぞれトレードオフ(レイテンシー、プリリンギング、聴感上の自然さ)があるため、ケースバイケースで選択することが大切です。測定器具と耳を併用し、複数再生環境での確認を怠らないことが最終的な品質向上につながります。
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参考文献
- Sound On Sound — Linear phase EQs: the pros and cons
- iZotope — Linear Phase vs Minimum Phase
- Wikipedia — Phase (waves)
- Wikipedia — Phase cancellation
- FabFilter — EQ overview(製品ヘルプ)
- Bob Katz — Mastering Audio(参考資料・著者サイト)
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