トーンロウ(十二音技法)を徹底解説:歴史・理論・実践と聴き方ガイド
はじめに:トーンロウとは何か
「トーンロウ」(トーン・ロウ、tone row)は、十二音技法(twelve‑tone technique)における基本単位で、均等に調整された十二音(半音階の十二の音高クラス)をある順序で配列したものを指します。トーンロウは単なる音の羅列ではなく、その順序と変換(転置・反行・逆行・逆行反行)を通じて作品全体の音高組織を統制するための作曲上のルールとなります。特に20世紀前半、アーノルド・シェーンベルク(Arnold Schoenberg)によって体系化された十二音技法と密接に関連しています。
歴史的背景と発展
19世紀末から20世紀初頭、調性の枠組みが徐々に拡張される中で、作曲家たちは和声的・様式的制約を超える新たな秩序を模索しました。シェーンベルクは1920年代初頭に十二音技法を体系化し、その方法を用いた代表的な初期作品にピアノのための《組曲 作品25》(Suite, Op.25, 1921–23)などがあります。彼の教えを受けたアルバン・ベルクやアントン・ヴェーベルンはそれぞれ異なる方法でトーンロウを発展させ、これが20世紀中葉のシリアリズム(音高の序列化)やその拡張(リズム・音量・音色までのシリアル化)へとつながっていきます。
トーンロウの基本構成と表現法
トーンロウに関する理解の基礎は次の要素によって成り立ちます。
- プライム(P): 原形の配列。通常「P0」や「P(t)」などで表記され、基準となる音高を0としたときの相対的な配列を指します。
- 転置(T / Pの転置): 全体を一定の半音数だけ移動する操作。PをTnで表し、nは転位半音数。
- 反行(I:Inversion): 各音高間の昇降関係を反転する操作。上行が下行に、下行が上行になるように間隔の符号が反転されます。
- 逆行(R:Retrograde): 順序を逆にしたもの(最後の音から順に並べる)。
- 逆行反行(RI:Retrograde‑Inversion): 反行したものの順序を逆にする操作。
これら4種類(P, I, R, RI)に加え、それらの転置形を合わせると最大で48種類の形態が作り出され、作曲者はこれらを楽曲の中で体系的に使用して音の統一性を保ちます。
行列(マトリクス)と分析ツール
トーンロウを分析・作曲に応用する代表的な道具が行列(トーンロウ・マトリクス)です。行列は原形(P)を第一行に置き、第一列にI形を置くなどの方法で12×12の行列を作り、任意の交点でPの転位やIの転位を読み取ることができます。行列を用いることで、楽曲中に現れる音列の由来を視覚的に把握でき、作曲者は行列を素材としてモチーフや和声的な配列を設計します。
六音組(ヘキサコード)とコンビナトリカリティ
十二音列はしばしば六音ずつに分割され(ヘキサコード)、その二つのヘキサコード間の関係──補集合、転位、反行との一致など──が重視されます。特にヘキサコード間で和声的な補完関係を持つ行列は「コンビナトリアリティ」(combinatoriality、六音組の組合わせ可能性)の性質を持つとされ、作曲技法として豊かな組織性を提供します。ミルトン・バビットやヴェーベルンの議論により、この種の数学的・回転的な性質は深く検討されました。
作曲上の用法と実践的なテクニック
トーンロウを実際に楽曲に適用する際の一般的なテクニックをいくつか挙げます。
- トーンロウを動機的に分解して、短い音型を繰り返し用い、全体の統一を図る。
- 特定の音程関係(たとえば完全五度や短三度)を行列や行の選択で保持し、和声的な拠り所を作る。
- リズムや音域を自由に扱い、音高上の厳格さと対照的に自由なフレージングを与えることで表現の幅を広げる。
- 導出(derived row): 一部の音型や短い系列から全行列を生成する手法。動機的統一を強める。
代表的な作品と作曲家
十二音技法とトーンロウは、シェーンベルクを中心にその弟子たちや後継の作曲家によって発展しました。代表的な使用例としては、シェーンベルク自身の《ピアノ組曲 作品25》、アルバン・ベルクの《抒情的室内交響曲》(Lyric Suite)や《ヴォツェック》以降の作品、アントン・ヴェーベルンの短いが緻密な楽曲群などが挙げられます。20世紀中葉にはミルトン・バビット、ピエール・ブーレーズ、カールハインツ・シュトックハウゼンらが十二音法や拡張シリアリズムを先鋭化しました。
聴き方のポイント(入門者向け)
トーンロウ音楽はしばしば初見でとっつきにくく感じられますが、以下の点に注意して聴くと理解が深まります。
- 短い反復要素や特徴的な間隔(例: 短三度、半音進行など)を探す。これらがモチーフとして曲中に現れます。
- 楽器ごとの音域や音色の使い分けに注目する。作曲者は音色差で段落や対比を作ることが多いです。
- 行列や楽譜上での音列の形を追い、同じ音列が転置や反行で再現される箇所を確認する(スコアがあれば、解析が非常に有効)。
- 感情や語りの線を求める際は、音高だけでなくリズム・ダイナミクス・音色の変化を併せて聴くとよい。
批判と再評価
十二音技法は「形式の厳格さが表現を阻害する」という批判を受けることがあり、戦後にはより自由な語法や民族的・実験的な手法への移行が見られました。しかし、近年では十二音技法は独自の表現力と色彩を持つ体系として再評価され、多くの研究が行われています。演奏面でも現代音楽のレパートリーとして定着し、解釈や表現の幅が広がっています。
現代における応用と拡張
トーンロウの原理は純粋な音高序列を越え、音色・リズム・強弱などのパラメータを系統的に扱う「総合的シリアリズム(総体的なシリアリズム)」へと拡張されました。また、ポストモダン的な作曲家の中にはトーンロウを前提にしつつも調性的要素や民俗素材と併用するなど、混成的な語法も多く見られます。映画音楽やジャズの世界では十二音技法が直接的に主流になることは少ないものの、作曲技法や動機の扱いの手法として影響を与えています。
実作曲のための実践的アドバイス
これからトーンロウを使って作曲してみたい方向けの手順例を示します。
- まず短い音列(3〜6音)を作り、それを基に全十二音列を導出する方法を試す(導出主義)。
- 行列を作って各種形態(P, I, R, RI)を視覚化し、どの形態を主に使うかを決める。
- ヘキサコードごとの性格付けを行い、対照や補完の関係を設計する。
- リズムや音域、音色を並列に計画し、音高の厳格さが表現に偏らないように配慮する。
- スコアをこまめに聴きながら、モチーフがどのように聞こえるかを確認して調整する。
まとめ
トーンロウは20世紀音楽における重要な発明であり、作曲のための厳格な秩序と自由な表現の双方を同時に提供する手法です。理論的には行列やコンビナトリカリティといった分析道具が整備されており、実作曲では動機の導出や音色の扱いで多様な応用が可能です。シェーンベルク以降の作曲家たちが磨き上げたこの技法は、現代の作曲・分析・演奏の重要な遺産となっています。
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参考文献
- Encyclopaedia Britannica: Twelve‑tone music
- Encyclopaedia Britannica: Serialism
- Arnold Schoenberg Center(公式サイト)
- Wikipedia: Twelve‑tone technique (英語)
- IMSLP: Schoenberg — Suite, Op.25(スコア)
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