全部原価計算とは?メリット・デメリットと実務での適用ポイントを徹底解説

はじめに — 全部原価計算の位置づけ

全部原価計算(ぜんぶげんかけいさん、Absorption Costing)は、製造原価を製品単位に配賦する際に、直接材料費・直接労務費に加えて、変動費・固定費を含む製造間接費すべてを製品原価に含める手法です。財務会計上の棚卸資産評価や外部報告において広く採用されており、企業の損益計算や在庫評価に直接影響します。本稿では、基本概念から計算方法、利点・リスク、直接原価計算との違い、実務での適用ポイントまでを体系的に解説します。

全部原価計算の基本構造

全部原価計算では、製品1単位あたりの原価を次の要素で構成します。

  • 直接材料費(Direct Materials)
  • 直接労務費(Direct Labor)
  • 製造間接費(Manufacturing Overhead)=変動製造間接費+固定製造間接費

製造間接費は、あらかじめ設定した配賦基準(例:直接労働時間、機械稼働時間、投下工数など)に基づいて、各製品に按分されます。固定製造間接費も製品原価に含まれる点が、全部原価計算の本質です。

簡単な計算例

理解を助けるための簡易例:

  • 月間生産量:1,000単位
  • 直接材料費:1単位あたり200円
  • 直接労務費:1単位あたり100円
  • 変動製造間接費:1単位あたり50円(合計50,000円)
  • 固定製造間接費:月100,000円

固定製造間接費1単位あたり配賦額 = 100,000円 ÷ 1,000単位 = 100円
よって、全部原価計算による1単位原価 = 200 + 100 + 50 + 100 = 450円

生産量が増減すると、固定費の単位当たり配賦額が変化するため、期ごとの単位原価・利益が変わる点に注意が必要です。

全部原価計算の利点

  • 会計基準との整合性:多くの外部報告基準(IFRS、US GAAP 等)は棚卸資産評価に全部原価計算を認めており、外部報告向けの原価計算として標準的です。
  • 在庫評価が一貫:固定製造間接費を在庫に含めるため、在庫増加が将来の費用認識(販売)に対応して行われます。
  • 製品別原価計算の完全性:固定費も含めたフルコストを把握できるため、長期的な価格決定や製品ラインの収益性分析に有用です。

全部原価計算の欠点・リスク

  • 生産量変動による利益の歪み:期中で生産量を増やすと、固定費が在庫に振り替えられ一時的に当期利益が膨らむ(プロダクション・バッシングによる利益操作のインセンティブ)。
  • 配賦の恣意性:固定間接費の配賦基準次第で製品原価が大きく変わるため、不適切な配賦基準は原価情報を歪める可能性がある。
  • 意思決定用には不十分な場合がある:短期の変動費管理や限界利益分析には固定費を除く直接原価(変動原価)の方が有用。

直接原価計算(変動原価計算)との比較

直接原価計算(直接原価法、Variable Costing)は、製品原価に変動費のみを含め、固定製造間接費は発生期間に全額費用処理する方法です。重要な違いは以下の通りです。

  • 外部報告:全部原価計算は外部報告で許容されるが、直接原価計算は外部報告のための棚卸資産評価としては一般に認められていないことが多い。
  • 利益計算:在庫変動があると、全部原価計算は利益を左右するが、直接原価計算は売上高と変動費のみで限界利益を示すため、短期的な意思決定に適する。
  • 管理視点:価格設定や製品ミックスの判断では、限界利益や貢献利益の視点が重要で、直接原価計算を補助的に使う企業も多い。

配賦基準の選定とその影響

固定・変動の製造間接費を製品に配賦する際の基準選びは極めて重要です。一般的な基準には次のようなものがあります。

  • 直接労務時間:労働集約型プロセスに向く。
  • 機械稼働時間:設備集約型生産に適する。
  • 製造原価率や直接材料費比重:製品ごとの原価構造が大きく異なる場合に用いられることがある。

適切な配賦基準を選ばないと、低コストに見える製品に固定費が過少配賦され、経営判断を誤らせるリスクがあります。近年はアクティビティ・ベースド・コスティング(ABC)を導入して、より実態に即したコスト配賦を行う企業も増えています。

経営への影響:価格決定・在庫戦略・KPI

全部原価計算は長期的な価格設定や原価回収の観点で有用ですが、短期的には誤解を招くことがあります。主な影響点は次の通りです。

  • 価格決定:全部原価計算はフルコストを出すため、最低価格の参考値として用いる。ただし市場価格、競合、限界利益も考慮する必要がある。
  • 在庫戦略:固定費を在庫へ含めるため、在庫を意図的に増やすと利益が一時的に改善する可能性がある(在庫増で固定費が繰延べられる)。これを避けるため、在庫目標や生産計画を厳格化する管理が重要。
  • KPI設計:売上総利益だけでなく、在庫回転率、限界利益、設備稼働率など複数のKPIを組み合わせて評価するべき。

実務導入の手順とチェックポイント

全部原価計算を実務で利用する際の代表的な導入手順は以下の通りです。

  • コスト要素の棚卸:直接費・間接費を洗い出し、固定費・変動費の区分を行う。
  • 配賦基準の設定:事業構造に合った基準(機械時間・労働時間等)を選定する。
  • 予定配賦率の算出:期間当たりの総間接費÷予定配賦基準量で製造間接費の単位配賦率を算出。
  • 期中配賦と実績差異の処理:期末における予定配賦と実際発生の差(製造間接費差異)を適切に処理する。会計方針に従い棚卸資産へ含めるか、期間費用として処理するか判断する。
  • モニタリング:在庫水準、設備稼働率、生産計画と連動させた継続的な見直しを行う。

特に重要なのは、配賦基準や予定配賦率の合理性を定期的に再確認することです。不整合が生じれば製品別原価が実態と乖離します。

規制・会計基準との関係

財務報告の観点では、棚卸資産の評価原則として多くの会計基準は製造原価に合理的に配賦された固定製造間接費を含めることを認めています(例:IAS 2「棚卸資産」等)。ただし、税務上の取り扱いや国ごとの会計慣行には差があります。日本でも企業会計基準や税法・実務慣行に従い適切な処理が求められます。

実務上の留意点とベストプラクティス

  • 意思決定には直接原価計算を併用:短期的な意思決定や限界分析には直接原価計算が有効なので、両者を併用する運用が現実的。
  • ABCやコストドライバー分析の活用:配賦の精度向上のために活動基準での配賦を検討する。
  • 在庫管理のルール化:在庫水準が利益に与える影響を防ぐため、在庫目標や生産計画を明確化する。
  • 経営指標の多面的な採用:売上高や利益だけでなく、在庫回転率、稼働率、限界利益率を合わせて評価する。

まとめ

全部原価計算は、外部報告や在庫評価に必要なフルコストを製品に割り当てる標準的な手法です。固定製造間接費を製品に含めることで長期的な価格設定や原価回収を把握できますが、生産量変動による利益の変動や配賦の恣意性といったリスクも抱えます。実務では、配賦基準の妥当性を担保し、直接原価計算やABCを補助的に用いるなどして、意思決定に必要な正確なコスト情報を提供することが重要です。

参考文献