事業推進部の全体像と実務ガイド:役割・組織設計・KPI・導入ステップ(実践編)
はじめに:事業推進部とは何か
近年、企業の多様化・高速化する市場環境に対応するため、従来の経営企画や事業開発とは別に「事業推進部」を設置する企業が増えています。事業推進部は単なるプロジェクト管理部門ではなく、戦略の実行(strategy execution)を担い、既存事業の成長・収益改善や新規事業の立ち上げ、業務改革、デジタルトランスフォーメーション(DX)などを横断的に推進する部門です。本稿では事業推進部の役割、組織設計、業務プロセス、必要な人材・スキル、KPI設計、課題と解決策、立ち上げ手順までを体系的に解説します。
事業推進部の定義と主な役割
事業推進部の中心的な役割は「戦略を実行に移すこと」です。具体的には以下の業務が含まれます。
- 事業戦略の具体化とロードマップ作成
- プロジェクト/プログラム管理(PMO的機能)
- 新規事業・事業再編の企画・検証(PoC・パイロット〜スケール)
- 業務プロセス改善・DX推進(ツール選定・導入支援含む)
- 事業ポートフォリオ管理(投資配分の意思決定支援)
- 社内外のステークホルダー調整・アライアンス構築
- 進捗管理と成果の定量評価(KPI設計・報告)
これらは経営企画との近接領域が多いものの、事業推進部は「実行」に重心を置き、短中期の成果創出にコミットする点が特徴です。
事業推進部と類似部署の違い
- 経営企画:長期戦略・経営方針の立案が主。事業推進部はその戦略を実行する
- 事業開発(BizDev):新規事業やM&Aを中心に探索・交渉を行うが、事業推進部は探索後の実行・立ち上げ・業務定着を担当する
- PMO:プロジェクト管理に特化する場合が多い。事業推進部は戦略的優先順位の判断や事業価値最大化も担う
組織設計のパターン
事業推進部の組織形態は企業のフェーズや文化によって異なります。主なパターンは以下の3つです。
- 中央集権型:全社横断の案件を一括で統括。意思決定の一元化と標準化に有利。
- 分散/マトリクス型:事業部別に担当を置きつつ、横串機能で支援。現場への柔軟な対応が可能。
- ハイブリッド型:重要課題は中央で統括し、日常運用は事業部側で実行。バランス重視の設計。
組織設計のポイントは「権限と責任の明確化」と「評価インセンティブの整合」です。権限が弱いと単なる調整部門に留まり、成果を出しにくくなります。
業務プロセスと方法論
実務では複数のフレームワークや方法論を組み合わせることが有効です。代表的なものは次の通りです。
- ステージゲート(Stage‑Gate):アイデア→検証→実行→拡大の段階的評価
- リーンスタートアップ(検証重視):MVPで素早く仮説検証を回す
- デザイン思考:ユーザ中心の要件定義と迅速なプロトタイピング
- アジャイル開発:短サイクルでの改善とリリース
- PMO手法(WBS、ガント、リスク管理、RACI):実行管理の標準化
- OKR/KPI:目標管理と定量評価
これらを事業の性質に合わせてカスタマイズし、標準プロセスとして社内に根付かせることが重要です。
KPIと評価指標の設計
事業推進部のKPIは定量・定性的な指標を組み合わせるべきです。代表的な指標例:
- 事業価値指標:売上成長率、営業利益率、EBITDA、ARR(定期収益)
- 投資効率:ROI、NPV、回収期間
- 実行指標:プロジェクト完了率、オンタイム率、リスク対応率
- 検証スピード:PoCから本格展開までの平均日数
- 顧客指標:NPS、顧客継続率、LTV
- 能力開発:内部スキル育成(研修受講者数、資格保有率)
KPIはトップの経営目標と連動させ、事業推進部の具体的な貢献が明確に測れるように設計します。
必要な人材像とスキルセット
事業推進部では多様なスキルを持つ人材が求められます。典型的な役割と必要スキルは以下の通りです。
- 事業リード:戦略思考、業界知見、意思決定力
- プロジェクトマネージャー:PMスキル、リスク管理、ファシリテーション
- データアナリスト:データ分析、BIツール、仮説検証能力
- UX/プロダクトデザイナー:顧客理解、プロトタイプ作成、ユーザーテスト
- アライアンス/カントリーマネジメント:交渉力、法務・契約知識、パートナー開拓
- 変革推進(チェンジマネジメント):コミュニケーション、抵抗管理、教育設計
また、多様な職種を横断的にまとめるリーダーシップと、経営層との連携力が不可欠です。
社内連携とガバナンス
事業推進部は各事業部、経営企画、財務、法務、人事、ITと密接に連携します。効果的なガバナンス設計の要点:
- 意思決定フローの明確化(何がどのレベルで承認されるか)
- 定期的な経営報告と情報共有の仕組み
- RACI(責任・権限)の文書化
- リスク管理とコンプライアンスの統合
これらを整備することで、実行のスピードと品質を両立できます。
よくある課題と対策
事業推進部が直面する典型的な課題と推奨される対策は以下です。
- 課題:役割のあいまいさ → 対策:ミッションとKPIを明文化し経営と合意
- 課題:権限不足 → 対策:予算権限や人員アサインの明確化
- 課題:現場の抵抗 → 対策:チェンジマネジメントと早期の成功事例提示
- 課題:スキル不足 → 対策:外部採用と内部育成の併用、外部パートナーの活用
- 課題:測定困難な成果 → 対策:短期・中期・長期のKPIを設定し定期レビュー
導入・立ち上げのステップ(実践チェックリスト)
新規に事業推進部を立ち上げる場合の段階的なステップは次の通りです。
- 1)ミッション定義:企業戦略との整合性を取る(何を達成するか)
- 2)権限・ガバナンス設計:予算・意思決定・報告ラインの明確化
- 3)組織形態決定:中央集権/分散/ハイブリッドの選定
- 4)人材確保:コアメンバーの採用・配置と外部パートナーの選定
- 5)方法論選定:ステージゲート、リーン、アジャイル等の導入
- 6)ツール導入:プロジェクト管理、BI、CRM、プロトタイピングツール等
- 7)KPI設定と報告体制構築:経営への定期報告フォーマット作成
- 8)パイロット実行:早期成功(Quick Win)を創出して社内支持を獲得
- 9)標準化と展開:成功事例の横展開とナレッジ化
実際の成果測定とROIの考え方
事業推進の投資対効果を評価する際は、単年度の収益だけでなく中長期の価値創出を評価する視点が必要です。定量評価(NPV、ROI、IRR)に加え、オプションバリュー(将来の事業機会創出)や組織能力の向上(スキル資産)も勘案します。実務的には以下の手順で評価します。
- 投資コストの把握:人件費、外注費、システム投資など
- 便益の定義:直接売上・コスト削減・顧客離脱減少など
- 期間と割引率の設定:中長期のキャッシュフローを割引
- 感度分析:主要前提の変動で結果がどう変わるかを確認
事例(類型的な成功パターン)
実名事例を挙げる代わりに、成功しやすい取り組みの類型を示します。
- 既存プロセスの自動化によるコスト削減 → 早期に可視化できるROIを達成し、組織内の信頼を獲得
- 既存顧客データの活用によるアップセル施策 → NPS改善とLTV向上で中期的な収益増加
- 外部パートナーとの共創で新市場に参入 → 初期リスクを低減しつつ、スピード重視でスケール
まとめと今後の展望
事業推進部は単なる業務遂行部門ではなく、経営戦略と現場実行をつなぐ「実行エンジン」です。デジタル化や事業環境の変化が速い現在、短期の成果を出しつつ組織学習を積み重ねることが求められます。重要なのは明確なミッション設定、適切な権限付与、そして成果を測る仕組みの整備です。これらを踏まえて実行すれば、事業推進部は企業の競争力を大きく高めることができます。
参考文献
- 経済産業省(METI)
- McKinsey & Company 日本
- Deloitte Japan
- Harvard Business Review
- The Lean Startup(Eric Ries)
- re:Work with Google(OKRなどの実践知)
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