兼職(副業)をめぐる実務とリスク管理:企業・個人のための総合ガイド
はじめに:兼職(兼業/副業)とは何か
兼職(一般には「兼業」「副業」とも表記されます)は、本業のかたわら別の仕事を行う働き方を指します。近年、働き方改革やリモートワークの普及、個人の多様なキャリア志向を背景に兼職を許容・推奨する企業が増えています。一方で、労働時間管理、税務・社会保険、企業秘密・知的財産、利益相反といったさまざまなリスクが生じます。本稿では、法的枠組みや実務上の注意点、企業・従業員それぞれが取るべき対応を中心に詳しく解説します。
兼職に関する法的枠組みとガイドライン
日本では、労働基準法自体が兼職を全面的に禁止するものではありません。ただし、労働時間や安全衛生の観点から、本業との合算で労働時間規制に抵触する場合、企業は対応を求められます。また、2018年に厚生労働省が示した「副業・兼業の促進に関するガイドライン」では、雇用管理上のルール整備や労使間の合意形成が重要であることが明確に示されました。企業は就業規則や雇用契約書で兼職に関する方針を定め、従業員には事前届出や承認プロセスを設けることが推奨されています。
企業側のリスクと対応策
労働時間管理と過重労働:従業員の兼職により総労働時間が増え、本業における時間外労働や法定労働時間の違反につながるリスクがあります。企業は就業規則で兼職の届出義務を設け、月次の労働時間把握や健康管理(面談・産業医連携)を行うことが必要です。
競業・利益相反:兼職先が競合企業である場合、営業機密や顧客情報の流出、利益相反が発生します。就業規則や兼職許可基準で競業禁止や利益相反に関する具体的基準を定め、違反時の措置を明確化してください。
知的財産・職務発明:業務に関連して生まれた発明や著作物は、職務発明制度や雇用契約によって企業に帰属する可能性があります。兼職先での成果物の帰属や利用範囲は事前に契約で定め、必要に応じて合意書や発明報告のルールを整備します。
就業規則と個別対応:一律禁止ではなく、業務の性質や労働時間に応じて柔軟なルール(届出制、事前承認、禁止業務リスト等)を採ることが実務上は有効です。特に管理職や機密業務従事者には厳格な運用が必要です。
従業員(個人)が知るべきポイント
労働時間と健康管理:兼職を行う場合、本業と兼職を合算した労働時間が法定の上限を超えないか自己管理が必須です。疲労蓄積は業務上のミスや健康障害につながるため、休息時間・睡眠時間の確保を優先してください。
税務処理(確定申告):兼職で得た所得の種類により申告要否が異なります。一般に、給与所得以外(事業所得・雑所得等)が年間20万円を超える場合は確定申告が必要とされています。また、給与所得であっても年末調整の対象とならない場合は確定申告が必要になることがあるため、国税庁や税理士に確認してください。
社会保険の適用:兼職によって被保険者の範囲や保険料負担が変わる場合があります。複数の勤務先での労働時間や報酬額次第で健康保険や厚生年金の適用対象となる可能性があるため、管轄の年金事務所や社会保険事務所に相談することを推奨します。
雇用契約・就業規則の確認:入社時の就業規則や雇用契約書に兼職に関する条項があるかを確認してください。事前届出が必要な場合や、競業禁止・懲戒規定が設けられていることがあります。
知的財産と守秘義務:兼職で作成する成果物の権利関係や、元の勤務先の機密情報を利用することの可否は重要です。著作物・発明などの帰属ルールは契約で確認し、疑義がある場合は弁護士に相談してください。
効果的な兼職の進め方—実務チェックリスト
兼職を始める前に、以下の項目を確認または対応してください。
- 就業規則・雇用契約を読み、兼職に関する条項を確認する。
- 兼職先の業務内容が本業と競合しないか、顧客や商品・サービスの重複がないかを検討する。
- 労働時間の見積もりを行い、本業との合算で過重労働にならないか確認する。
- 税務(確定申告)や社会保険の影響を税理士・年金事務所に相談する。
- 兼職で作成する成果物の権利帰属と守秘義務を明確化する契約書を交わす。
- 万が一のための保険(労災・PLなど)や、報酬支払いの契約条件(雇用形態、請負か業務委託か)を確認する。
企業が兼職制度を設計する際のベストプラクティス
企業にとって兼職は人材のスキル向上やリテンション(定着)に資する一方、リスク管理が欠かせません。制度設計にあたっては以下が有効です。
- 明確なポリシー:兼職可否の基準、届出・承認フロー、競業・守秘義務の範囲を明文化する。
- リスクベースの運用:機密業務や管理職は厳格化、汎用的な業務は柔軟化するなど職務ごとの運用差を設ける。
- 従業員教育:兼職に関する税務、労働時間管理、守秘義務等の講習やFAQを用意する。
- 労働時間のモニタリング:本業での労働時間把握を徹底し、必要に応じて兼職届出内容と照合する。
- 定期的な見直し:法改正や制度利用状況を踏まえ、就業規則や運用ルールを更新する。
ケーススタディ(実務的な事例)
ケース1:IT企業のエンジニアAさんは、フリーランスでの受託開発を希望。会社の就業規則は事前届出制で、同社は非競合かつ夜間のみの業務であれば原則許可。届出後、機密情報へのアクセス制限と業務時間の自己管理を条件に承認され、健康面でのフォローアップを定期的に行っている。
ケース2:営業職Bさんが兼職で同業のアルバイトを行い、顧客情報が流出。就業規則違反として懲戒処分になっただけでなく、企業は信頼回復策を実施。企業側は競合禁止条項の周知徹底を強化し、従業員教育を追加した。
よくある質問(Q&A)
Q:兼職しても本業で年末調整を受けられますか?
A:本業で年末調整を受けることは可能ですが、副収入の内容や金額によっては本人が確定申告を行う必要があります。金額や所得の種類によって手続きが変わるため、税務署や税理士に確認してください。Q:副業で得た発明の特許は誰のものになりますか?
A:職務発明の枠組みや雇用契約の定めにより異なります。業務として行った発明や、業務上の知見・設備を使用して得た成果は企業に帰属する可能性が高いため、兼職先での創作・発明は事前に取り決めを行うことが必要です。Q:兼職で健康保険や年金がどうなるか教えてください。
A:複数勤務先の労働時間や報酬の状況によって社会保険の適用が変わる場合があります。具体的な適用基準や影響は複雑なため、年金事務所や社会保険労務士へ相談してください。
まとめと実務的提言
兼職は個人にとってスキル習得や収入多様化の手段であり、企業にとっては人的資源の成長や柔軟な働き方を促進する機会となります。ただし、労働時間や税務、守秘義務、知的財産といった観点でのリスク管理が不可欠です。企業は明確なルールと説明責任を持ち、従業員は就業規則と税・保険の手続きを事前に確認することが重要です。疑義が生じた際は、労働基準監督署、年金事務所、税務署、弁護士・社労士・税理士等の専門家に相談してください。
参考文献
投稿者プロフィール
最新の投稿
ビジネス2025.12.29版権料とは何か|種類・算定・契約の実務と税務リスクまで徹底解説
ビジネス2025.12.29使用料(ロイヤリティ)完全ガイド:種類・算定・契約・税務まで実務で使えるポイント
ビジネス2025.12.29事業者が知っておくべき「著作権利用料」の全体像と実務対応法
ビジネス2025.12.29ビジネスで押さえるべき「著作権使用料」の全知識――種類、算定、契約、税務、リスク対策まで

