サイモン・ラトルの名盤LP完全ガイド|マーラーからブルックナーまで聴きどころと魅力を徹底解説
サイモン・ラトル(Sir Simon Rattle, 1955– )は、20世紀末から21世紀にかけてクラシック界を牽引してきた指揮者の筆頭格である。1980~90年代にシティ・オブ・バーミンガム交響楽団(CBSO)を世界水準へと押し上げ、2002~2018年にはベルリン・フィルの首席指揮者として在任。2017~2023年にロンドン交響楽団(LSO)の音楽監督を務め、2023/24シーズンからはバイエルン放送交響楽団(BRSO)の首席指揮者に就任している。英国生まれだが現在は独英二重国籍で、国際舞台の中心で活動を続ける“現役最高峰”のひとりだ。
ラトルの芸風はしばしば「構造の明晰さ」と「音色バランスの緻密さ」で語られる。大編成の後期ロマン派から、20世紀の前衛、そして古典派・ロマン派の定番まで、スコアの微細な書法を可視化する手腕に長け、リハーサルの徹底と柔軟なテンポ運用で、オーケストラから透明で反応の良い響きを引き出す。さらに、教育・アウトリーチ、録音レーベルや配信基盤の確立(ベルリン・フィルのデジタル・コンサートホールなど)にも深く関与し、21世紀のオーケストラ運営の“モデル”を体現してきた。
レパートリーの“核”と美学
後期ロマン派(マーラー/ブルックナー)
重層的なポリフォニーと長大なアーキテクチャをクリアに聴かせる設計力は、マーラーとブルックナーで真価を発揮する。弦のレイヤー、木管の対旋律、金管の重心の置き方を几帳面に整え、クライマックスの堆積を濁らせない。
近現代(ヤナーチェク、ストラヴィンスキー、メシアン、ブリテン、ターンジ等)
CBSO時代に培った20世紀作品の蓄積はラトル芸の“もう一つの柱”。音色やリズムの“設計図”を丁寧に提示し、複雑さを快活さへ転化する手腕は群を抜く。
古典派・ロマン派の再読(ベートーヴェン、シューベルト、ブラームスなど)
歴史的知見と現代オケの機能性を融合し、輪郭の鮮明な様式感と推進力で“今日の定番”を更新していく。
代表的録音で辿るラトルの到達点
マーラー《交響曲第2番「復活」》――CBSO→ベルリン・フィルへ、解釈の進化
ラトルを一躍有名にした録音のひとつが、CBSOとの《復活》(1987, EMI)。ジャネット・ベイカー、アーリーン・オジェを迎え、デジタル初期の肌理細かな収録と相まって、峻厳さと劇性が高次で均衡する名盤として知られる。この演奏は当時LP/2枚組でも発売され、今日でも“アナログで聴けるラトルのマーラー”としてコレクション価値が高い。
その24年後、ベルリン・フィルと再録(2010年ライヴ、2011年EMI)。声楽はケイト・ロイヤル、マグダレーナ・コジェナー。CBSO盤に比べ、テクスチュアの分離はさらに鮮明になり、終楽章での垂直的密度の積み上げも一層雄渾。ライヴならではの熱気と、丹念な内声処理の両立が光る。
(補足)ラトルは2022年のBBCプロムスでもLSOと《復活》を指揮しており、実演面での円熟も確認された。ただし、ラトル自身の“LSOによる商業録音盤《復活》”はGergiev指揮LSO Live盤ほど体系的には出ていない点に注意したい。
ブルックナー《交響曲第8番》――“巨大建築”を見通す眼差し
ブルックナー8番はラトルの得意作。2016年4月のLSO公演(バービカン)を映像付きでLSO Liveがリリースし、端正かつスケール豊かな造形で注目を集めた(使用版はハース版)。終楽章クライマックスに至る縦の積層が濁らず、全体の呼吸が澄んでいるのがラトルらしい。
さらに2015年にはオーストラリアン・ワールド・オーケストラを振った実演がCD化され、南半球の精鋭を束ねた推進力とラトルの設計力の融合が話題となった。ベルリン・フィルでも2017年に取り上げており、同曲に対する長期的な取り組みが伺える。
ショスタコーヴィチ――“構築”と“熱”のバランス
ラトルはCBSO時代からショスタコーヴィチを継続的に録ってきた(とりわけ第4番・第10番など)。緻密なリズム処理とダイナミック・レンジの広さで、作品の二重の表情(外面的な行進と内面的な諧謔/悲痛)を可視化するのが持ち味だ。BRSO就任前後にはマーラー連続録音が目立つが、ショスタコーヴィチでも的確な造形美は健在である。※第5番については他指揮者のLSO Liveを含め多種録音が流通しているが、ラトル名義の近年の“第5番決定盤”として広く認知された新録は限定的で、むしろ彼のショスタコーヴィチ像はCBSO期の諸録音で評価されてきたと言える。
シューベルト《交響曲第9番「ザ・グレート」》――清澄と推進
ベルリン・フィルとのシューベルト9番(EMI)は、縦の合奏精度とレガートの気品が共存する名演。重心の低い弦と木管の歌心を丁寧に響かせ、過度な誇張に陥らずに長大なスパンを走破する。2000年代のEMI盤として広く流通し、今日も評価が高い。
「LPで聴くラトル」「CD/ハイレゾで聴くラトル」の要点
アナログ世代の恩恵
ラトルの出世盤であるCBSOとの《復活》(1987, EMI)は、当時LPでも発売されている。分離感と温度感のバランスが良く、現行の良質ターンテーブルと相性がいい。
デジタル世代の利点
ベルリン・フィル期以降は高品位デジタル録音が中心。マーラー《復活》(2010/11)やシューベルト9番は、CD/配信/一部ハイレゾで楽器間の定位が明確で、フォルティッシモでも音像が崩れにくい。LSO Liveのブルックナー8番(2016公演)は映像付きで、スコアのレイヤーが視覚的にも把握できる。
時系列で押さえるキャリア・ハイライト
1980–1998:CBSO音楽監督。20世紀作品の積極的紹介と録音ラッシュで国際的評価を獲得。
2002–2018:ベルリン・フィル首席指揮者。レパートリー拡充、教育・配信の基盤整備、ツアーで黄金期を築く。
2017–2023:LSO音楽監督。ロンドンの名門に再び新風を吹き込み、ヤナーチェクのオペラや英現代作品などで大きな成果。
2023–:BRSO首席指揮者。就任前後からマーラー連続録音を進め、2025年時点でも精力的に発信。
まず聴くなら――入門と深掘りの“推奨順”
マーラー《交響曲第2番「復活」》(CBSO, 1987, EMI)
若きラトルの劇性と構築力の原点。アナログ/CDいずれでも入手価値が高い。同《復活》再録(ベルリン・フィル, 2010/11, EMI)
音響の明晰さとライヴの熱量の理想的折衷。旧盤との“聴き比べ”に最適。ブルックナー《交響曲第8番》(LSO, 2016公演/LSO Live)
巨大建築の見通しと色彩感の好例。映像メディアでの体験が特におすすめ。シューベルト《交響曲第9番「ザ・グレート」》(ベルリン・フィル, EMI)
清澄と推進力の均衡。ラトルの“古典再読”の美学を確認できる。
まとめ――“明晰さ”で音楽の奥行きを解き放つ
ラトルは膨大なディスコグラフィを通じて、作品の複雑さを“難解さ”ではなく“多層の豊かさ”として響かせてきた。後期ロマン派の巨大スケールも、20世紀作品のリズムと音色の細工も、彼の手にかかると視界がひらけ、聴き手はスコアの呼吸を“体で理解”できる。
CBSO期の挑戦、ベルリン・フィルでの統合、LSOでの多角展開、そしてBRSOでの新章――そのどれもが、録音と実演の双方でいまも更新され続けている“現在進行形の古典化”だ。マーラー《復活》の二つの決定的アプローチ、ブルックナー8番の構築美、シューベルト9番の清澄な推進――まずはこの四隅から聴き始めれば、ラトルの音楽宇宙の入口に立てるはずだ。
参考文献・ディスコグラフィ
Wikipedia(人物・在任年と基礎情報)
https://en.wikipedia.org/wiki/Simon_RattleBritannica(BRSO就任の公式解説)
https://www.britannica.com/biography/Simon-RattleMahler《交響曲第2番「復活」》CBSO盤(1987, EMI/LP証跡)
https://www.discogs.com/release/3953460-Mahler-Arleen-Aug%C3%A9r-Janet-Baker-CBSO-Chorus-City-Of-Birmingham-Symphony-Orchestra-Simon-Rattle-SinfMahler《交響曲第2番「復活」》ベルリン・フィル盤(2010/11, EMI)レビュー・情報
https://www.prestomusic.com/classical/products/7994782--mahler-symphony-no-2-resurrection
https://www.classicstoday.com/review/review-15806/
https://www.theguardian.com/music/2011/feb/24/mahler-symphony-no-2-rattle-berlin-reviewBruckner《交響曲第8番》LSO Live(2016公演/映像)
https://www.classicalsource.com/cd/lso-live-simon-rattle-conducts-bruckners-symphony-8-messiaens-couleurs-dvd-blu-ray/Bruckner《交響曲第8番》Australian World Orchestra盤(2015/16)
https://www.discogs.com/release/15573203-Bruckner-Australian-World-Orchestra-Rattle-Symphony-No-8
https://www.australianworldorchestra.com.au/product/bruckner-symphony-no-8/Schubert《交響曲第9番「ザ・グレート」》(BPO/EMI)
https://www.classicstoday.com/review/review-12301/
https://www.hmv.co.jp/en/artist_Schubert-1797-1828_000000000034589/item_Symphony-No-9-Rattle-Berlin-Philharmonic_2772438BBC Proms 2022での《復活》(LSO実演記録)
https://bachtrack.com/review-prom-49-rattle-connolly-alder-mahler-resurrection-london-symphony-august-2022LSO Liveの概要(レーベル活動の基盤情報)
https://music.apple.com/us/album/25-years-of-lso-live/1765687211
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