Supergrassのレコード完全ガイド:初回プレス・限定盤の見分け方と購入・保存のコツ

イントロダクション——ブリットポップの高揚を、盤で味わう

1990年代のUKロックを語るとき、Supergrass(スーパーグラス)の名前は必ず浮かび上がる。Gaz Coombes(Vo/Gt)、Mick Quinn(Ba/Vo)、Danny Goffey(Dr/Vo)のトリオ編成を起点に、のちにRob Coombes(Key)が正式加入し、疾走感とユーモア、そして抜群のメロディでブリットポップの只中を駆け抜けた。彼らは1994年にParlophoneと契約し、翌1995年のデビュー作『I Should Coco』で一気にスターダムへ。Parlophoneにとっては『Please Please Me』以来の“最も売れたデビュー作”とも称され、その存在感は一躍決定的なものとなった。

本稿は、CDや配信ではなく“アナログ・レコード”にフォーカスする。オリジナルUKプレスの見分け方、シングルのフォーマット差、リイシューの音像傾向、そしてコレクターとして長く楽しむための保存・運用のコツまで、Supergrassを「物として味わう」ためのポイントを体系的にまとめた。


概観——主要アルバムとレーベルの流れ

Supergrassのスタジオ・アルバムは、デビュー作『I Should Coco』(1995)を皮切りに、『In It for the Money』(1997)、セルフタイトル『Supergrass』(1999)、『Life on Other Planets』(2002)、『Road to Rouen』(2005)、『Diamond Hoo Ha』(2008)という6作で構成される。いずれも当時からアナログが制作・流通しており、とくに英国(Parlophone/Echo Label系)の初回プレスはコレクションの基点になりやすい。2010年の活動停止を経て2019年に再結成。2020年にはキャリア横断のボックス『The Strange Ones 1994–2008』もアナログで発売され、シングルや代表曲を網羅的に復習できる設計となっている。


アルバム別:初回盤の見分け方と人気ポイント

I Should Coco(1995)

  • レーベル/品番:Parlophone – 7243 8 33350 1 5 / PCS 7373(UK)。この“PCS 7***”番台はオリジナルUK盤の識別に役立つ重要手掛かり。

  • ランアウト刻印(マトリクス):初期UKプレスは手書き/機械刻印のパターン差が複数報告される。出品情報にマトリクスが明記されている場合は、Discogsの該当リリース/マスターで照合するのが定石。

  • 20周年盤(2015):リマスター&7インチ付属の仕様があり、ボーナス7"には「Stone Free」カバーと「Odd?」を収録するエディションが確認できる。オリジナルの音像とは手触りが異なるため、初期盤と聴き比べが楽しい。

In It for the Money(1997)

  • セカンドにして評価の定着を決定づけた1枚。拡張版リマスターではB面曲やスタジオ・アウトテイク、当時のライヴ音源まで掘り下げられており、曲の構築過程が見える。ハードな曲と室内楽的なアレンジの共存が、アナログ再生で立体的に映える作品。

Supergrass(1999)/Life on Other Planets(2002)/Road to Rouen(2005)

  • 90年代末~2000年代のUKロック黄金期を貫く3作。『Road to Rouen』はアレンジの引き算と音場の余白が魅力で、静けさとスケール感が両立。2020年前後の再発や復刻も複数流通し、オリジナルとリイシューで音のキャラクターが変わりやすい代表例。

Diamond Hoo Ha(2008)

  • よりグリッティな質感を押し出したアルバム。アナログでは低域の押し出しが強い個体があり、針圧とカートリッジ相性で表情が変わる。オリジナル盤/EUプレスの比較はDiscogsでのバリエーション参照が早い。


シングルと“盤の愉しみ”——B面文化、ピクチャー、テストプレス

Supergrassはシングルの充実度でもコレクター心をつかむ。初期代表曲「Caught by the Fuzz」「Alright」「Richard III」「Going Out」「Sun Hits the Sky」などは、7インチ/12インチ/ピクチャー・ディスク/プロモ盤とフォーマットが多彩で、B面やライブ・テイク、別ミックスが盤ごとに異なる。とくに90年代当時のピクチャー盤や限定カラーは流通数が限られ、状態良好な個体は価格が伸びやすい。キャリアを俯瞰するには、1994–97年のシングル群をまとめた7インチ・ボックスや、2020年のコンプリート系ボックスを軸に、その後単品で欠けを埋めるのが効率的だ。

プロモ/ホワイトラベルはラジオ配布や店頭プロモーション用で、ラベル面がシンプルな印字、ジャケがアド・スリーヴ仕様など“業務用”のディテールが魅力。テストプレスはさらに流通が少なく、マトリクス刻印や工場スタンプなど“製造の痕跡”そのものが価値になりうる。これらはコンディションの振れ幅が大きいので、盤面の反り・センター穴の精度・周回ノイズの有無まで実物確認(または高解像度画像での確認)を推奨する。


初回UKプレスの見分け方——実践チェックリスト

  1. レーベル表記と品番
    ジャケット背/ラベルにあるParlophone表記とPCS 7373などのUK品番を最初に確認。国別で品番体系が異なるため、UK/EU/USのどれかを即時判定できる。Discogsの「Master」「Release」両階層で突合すると精度が上がる。

  2. マトリクス/ランアウト刻印
    A/B両面の刻印を控え、既知の刻印パターンと照合。手書きか機械か、追加の記号(カッティングエンジニアのサイン等)の有無を見る。

  3. スリーヴ仕様
    初回のみインナースリーヴがコーティング、ステッカー同梱、あるいは厚紙インナー等の差異が出ることがある。

  4. 重量と盤色
    180g再発=高音質という先入観は禁物。オリジナルが軽量でも抜群に鳴る個体は珍しくない。

  5. 付属物のフルセット確認
    ポスター、ステッカー、応募ハガキ、店舗特典など可動部品は欠けやすい。価格差も大きいので、チェックリスト化しておくと失念を防げる。


“音”の話——オリジナルとリイシューの聴こえ方

Supergrassは勢いのあるドラムと歪みを纏ったギター、前のめりのベースが作る“塊”が醍醐味。オリジナルUKはピークの立ち上がりが鋭く、ミックスの密度が生む“初速”を快活に再現する個体が多い印象。一方、近年のリマスター再発はレンジの両端が整理され、低域の量感や音像の分離感が増すケースがある。『I Should Coco』20周年盤のようにボーナス7インチを伴う仕様もあり、資料性実用性を兼ねて手元に置く価値は高い。セカンド『In It for the Money』の拡張版はアーカイブ性が強く、曲の発展過程をレコードで辿る面白さがある。


日本盤の帯・解説書という“文化資本”

日本盤は帯・解説書・歌詞対訳といった“読み物”の充実が特徴で、海外コレクターの間でも評価は高い。とくに帯付き完品は海外市場での需要が強く、レア度が相対的に上がる傾向がある。盤そのもののキャラクターは国別で微妙に変わるので、UK初回と日本盤とで同曲比較を楽しむのもアナログならではの贅沢だ。


保存と取り扱い——長寿命のための実務

  • 垂直保管:レコードは必ず“立てて”。水平積みは反りとジャケ潰れの原因。

  • インナー/アウター:帯やインサートを守るため、無酸性のポリインナー厚手OPPアウターを標準装備に。紙インナーはスリ傷の原因になりやすい。

  • 再生系の管理:カートリッジの針圧・アジマス・オーバーハングをメーカー推奨値へ。ダストは音溝の摩耗とノイズ増の大敵。カーボンブラシと湿式クリーナーを併用。

  • 環境直射日光・高温多湿を避け、20℃前後・湿度40–60%を目安に。夏場の車内放置は厳禁。

  • クリーニング:中古で入手した盤はまず洗浄——手持ちのクリーナー、もしくはレコード洗浄機(バキューム式/超音波式)を活用。クリーニングで“別物”の音に化けることも多い。


買い方のコツ——相場感と信頼の積み上げ

  1. 専門店/中古店
    実盤チェックができ、盤面の微細な線傷や反り、レーベルの色抜けまで目視確認可能。店主の知識は“裏取り”として非常に強い味方。

  2. オンライン・マーケット
    Discogs過去の売買履歴バリエーションの一覧性が強み。相場観の取得、版の特定、写真確認まで一気通貫でできる。eBay、国内フリマ/オークションも併用し、出品者の評価返金ポリシーまで読むのがリスク管理。

  3. 公式/レーベル情報
    リイシューやボックスの発表は突然来る。アーカイブ系ボックスはまとめて揃える好機になるので、公式発表やリリース代理店のアナウンスも定期チェック。

  4. コミュニティ
    ファンサイトやフォーラム、SNSの刻印共有スリーヴ差分報告は情報の宝庫。複数ソースで突き合わせ、写真つきの一次情報を優先する。


曲から盤へ——“このシングルならこのフォーマット”

  • Caught by the Fuzz(1994–95)
    初期衝動のエッセンス。7インチUKの勢いは格別。プロモやホワイトラベルの存在も要注目。

  • Alright(1995)
    世界的ヒット。ピクチャー盤12インチでの存在感が強く、状態良好な個体は今後も安定需要が見込まれる。

  • Richard III / Sun Hits the Sky / Going Out(1996–97)
    バンドの図太いグルーヴを確認するなら12インチ。B面やライヴ音源の差分も盤でこそ楽しめる。


ケーススタディ:『I Should Coco』を一枚買うなら

  • 第一候補:UK初回(Parlophone / PCS 7373)
    英国オリジナルらしい勢いと押し出し。品番・ラベル・刻印の三点照合を徹底。

  • 実用性重視:2015年20周年盤(LP+7")
    ライブラリ用途やDJ導入には扱いやすい。ボーナス7"の付加価値も大。オリジナルと聴き比べを推奨。

  • アーカイブ志向:ボックス『The Strange Ones 1994–2008』
    代表曲を通史的に把握でき、コレクションの“骨格”づくりに向く。


まとめ——“物としてのSupergrass”を長く楽しむために

Supergrassのレコードは、音楽的な爽快さに加え、初回UKプレスのたしかな存在感シングルのB面文化ピクチャー/テストプレスの希少性など、コレクション性の高い魅力に満ちている。まずはDiscogsで版を特定し、品番・刻印・スリーヴの差分を把握。保存環境と再生系のメンテを整えれば、盤は驚くほど長寿命だ。ブリットポップの熱を、針先で触れる——その体験はCD/サブスクでは代替できない。あなたの棚に一枚、まずは『I Should Coco』を。次の一枚は、B面が素晴らしいあのシングルかもしれない。


参考文献・参照リソース