多分岐木の基礎と代表的な木構造の比較:M-ary木・B木・B+木・Trie・決定木まで詳しく解説

多分岐木とは — 定義と概念

多分岐木(たぶんきぎ、multiway tree / m-ary tree)は、各ノードが2つ以上の子ノードを持つことが許される木構造(ツリー構造)の総称です。一般的な二分木(各ノードが最大2つの子を持つ)を拡張したもので、「k分岐木」「m分岐木」などとも呼ばれます。多分岐木は「各ノードが持ちうる子の最大数」をパラメータに持つことが多く、このパラメータにより挙動や用途が異なります。

代表的な種類

  • M-ary(m分岐)木:各ノードが最大m個の子を持つ一般的な多分岐木。二分木はm=2の特殊例。

  • B木(B-tree):データベースやファイルシステムで広く使われる平衡多分岐探索木。1ノードで多数の子・鍵を保持し、ディスクI/Oを効率化する設計(各ノードはある範囲の鍵数を持ち、分割・併合により高さを抑える)。

  • B+木:B木の派生で、すべての値が葉に格納され、内部ノードは索引用に限定される。レンジ検索が高速でデータベースインデックスで多用される。

  • Trie(接頭辞木、プレフィックス木):文字列探索に特化した多分岐木。各エッジやノードが文字(または文字集合)を表し、共通接頭辞の共有で検索を高速化する。分岐数はアルファベットサイズなどに依存する。

  • 決定木(Decision Tree):機械学習で使われる多分岐木。ノードの分割基準によって複数分岐することがある(カテゴリ変数の分岐など)。目的は分類や回帰。

基本的な性質と概念用語

  • 次数(degree)・分岐数:ノードが持つ子の数。ツリー全体の最大子数をmと定めることがある。

  • 高さ(height)と深さ(depth):ルートから葉までの距離。多分岐木でもバランスが取れていれば高さは小さく、探索が高速になる。

  • 葉(leaf)と内部ノード:子を持たないノードが葉。葉の扱い(データ格納の可否)は木の種類で異なる(B木は内部にもデータを置く場合があるが、B+木は葉に集中)。

  • 完全多分岐木:すべての内部ノードがちょうどm個の子を持ち、すべての葉が同一深さにあるような理想形。

実装方法(メモリ表現の選択)

多分岐木の実装は用途や分岐数により最適な方法が異なります。代表的な表現を挙げます。

  • 配列(固定分岐):完全なm分岐木を表現する際、子ポインタを固定長配列(size m)で持たせる手法。高速だが、分岐が少ない場合に無駄なメモリを消費する。

  • 可変長リスト(動的):各ノードが可変長の子リスト(リンクリストやベクタ)を持つ方法。メモリ効率は良いがランダムアクセスで若干コストが増す。

  • 左子・右兄弟表現(left-child right-sibling):任意分岐の木を二分木に変換して扱う手法。各ノードは「最初の子」と「次兄弟」を持つだけで済み、二分木用アルゴリズムが利用できる利点がある。

  • ディスク・ページベース(B木など):ノード(ページ)に多数の鍵と子ポインタを格納し、ディスクI/Oを最小化するよう設計する。データベースインデックスに最適化される。

主要操作と計算量の概観

具体的な計算量は木の種類と実装に依存しますが、一般的な考え方を示します。

  • 探索(search):バランスが取れている多分岐木では高さがO(log n)(基数は分岐数に依存)に抑えられるため、1ノードあたりの比較コストをcとすると全体でO(c · log_m n)。B木では1ノード内で複数の鍵を線形/二分探索し、ディスクアクセス数は高さに比例します。

  • 挿入・削除:B木のような平衡多分岐木では分割(split)や併合(merge)、借用(borrow)操作が必要になり、最悪O(h)(hは高さ)。Trieではキー長kに依存してO(k)。

  • 走査(traversal):全ノード訪問は当然O(n)。前順・後順の拡張は「各子を順に訪れる」形で一般化できる。

応用分野

  • データベース・インデックス:B木/B+木はディスクページのI/O効率を最大化するために設計され、多くのRDBMSやファイルシステムで利用される。

  • ファイルシステム:ディレクトリ構造やメタデータ管理に多分岐木が使われることがある(例:B木ベースのディレクトリインデックス)。

  • 文字列検索と自動補完:Trieは接頭辞検索、オートコンプリート、辞書実装で強力。各分岐が文字集合の大きさ(アルファベットのサイズ)に対応する。

  • XML/HTML DOM:ツリー構造そのものが任意分岐であり、DOMツリーは多分岐木として扱われる。ノード挿入・削除、走査を頻繁に行う。

  • 機械学習(決定木):ノードで条件分岐を行うことで分類・回帰を行う。分岐数はカテゴリの分割方法やアルゴリズムで変わる。

設計上の注意点とトレードオフ

  • 分岐数の選定:分岐数が大きいほど高さは低くなりやすいが、各ノードの管理コスト(比較・メモリ)が増える。ディスクベースでは「ページサイズに応じた分岐数」が重要。

  • バランスの保持:検索性能を安定させるにはバランスが必要。B木系は自動でバランスを保つが、一般の多分岐木では明示的な平衡化が必要な場合がある。

  • メモリ対I/O:主記憶での高速アクセスを重視するか、外部記憶(ディスク/SSD)でI/Oを抑えることを重視するかでノードの設計が変わる。

  • 可変長データと断片化:ノードが可変長データを持つ場合、メモリ断片化や実装の複雑さが増す。特にディスク上ではページ分割・再配置のコストが問題になる。

  • 並列化とロック:高スループット環境では部分的ロックやロックフリー設計が求められる。B木系ではページレベルのロック戦略やコピーオンライト戦略(COW)が使われる。

実例・簡単な表現(視覚化)

以下は3分岐木(各ノードが最大3子)を簡易的に表した例です。

  • root
    • child A
      • grandchild A1
      • grandchild A2
    • child B
    • child C
      • grandchild C1

このように多段に分岐する構造が、木構造の直感的な表現です。

よくある誤解

  • 「多分岐木=無条件に高速」ではない:分岐数や内部ノードの探索コスト、キャッシュやI/O特性によっては逆に遅くなることがある。

  • 「Trieは常に省メモリ」でもない:アルファベットが大きい場合、各ノードの分岐表現でメモリを多く消費する。圧縮Trie(例:Radix Tree)などの工夫が使われる。

まとめ(実務での選び方ガイド)

多分岐木は用途に応じて多様な実装・最適化が可能です。キー選択の指針は次の通りです。

  • 大量データでディスクI/Oがボトルネック:B木/B+木を検討する。

  • 文字列検索・オートコンプリート:Trie(やRadix Tree)。

  • ツリー構造の汎用表現が欲しい:左子右兄弟変換や可変長子リストを検討。

  • 機械学習用途:決定木のアルゴリズム(CART、ID3など)を利用し、過学習対策や剪定を行う。

設計時は「分岐数」「ノード内処理コスト」「メモリ/ディスクのトレードオフ」「並列性」を総合的に見て選択することが重要です。

参考文献