ELT徹底解説:概要・背景・アーキテクチャ・運用ポイントとETL比較
ELTとは何か — 概要と背景
ELT(Extract, Load, Transform)は、データ統合の手法の一つで、「データを抽出(Extract)してまず先に格納(Load)し、その後で格納先のシステム上で変換(Transform)を行う」プロセスを指します。従来主流だったETL(Extract, Transform, Load)は抽出後にオンプレミスや専用のETLツール上で変換を完了してからターゲットに格納する方式でしたが、クラウドデータウェアハウス(DWH)や分離されたストレージ・コンピュートアーキテクチャの普及により、ELTが急速に広まりました。
なぜELTが注目されるのか
スケーラブルな計算資源 — Snowflake、BigQuery、RedshiftなどのクラウドDWHは大規模な並列処理とスケールアウトを提供し、格納後に大量データを効率的に変換できる。
原データ(raw)の保存と再現性 — 生データをそのまま保存することで、変換ロジックを後から変更したり、異なる分析ニーズに応じた再処理が可能。
開発速度と柔軟性 — まずデータをロードしてから、SQLベースの変換ツール(例:dbt)で迅速に分析用テーブルを作るワークフローは、アナリストやデータエンジニアの反復作業を加速する。
運用コストの最適化 — ETL専用サーバでの前処理が不要になり、データ処理をクラウドDWHに押し付けることで全体コストが下がる場合がある(ただしクエリ課金モデルでは注意が必要)。
ELTの典型的なアーキテクチャ
ELTのワークフローは大きく分けて次のフェーズに分かれます。
抽出(Extract) — 各種ソース(DB、API、ログ、イベントストリーム)からデータを取得する。バッチ/ストリーミングの両方があり得る。
格納(Load) — 取得したデータをまず「Rawゾーン」やステージング領域に取り込む。ファイル(例えばParquet)やテーブルとしてDWH/データレイクに保存する。
変換(Transform) — DWH上でSQLやSparkなどを用いてクレンジング、集計、結合、スキーマの定義などを行い、「Trusted/Curated」な分析用テーブルを生成する。
配信(Serving / Reverse ETL) — 分析結果やマテリアライズされた集計をBIツールへ提供したり、逆にデータウェアハウスから営業・マーケティングなどの業務システムへ渡すこともある(Reverse ETL)。
代表的なツールと役割
データ取り込み(Load) — Fivetran、Stitch、Airbyte、AWS Glueなど。ソースからDWHへ自動で差分同期やフルロードを行う。
変換(Transform) — dbt(SQLベースでのモジュール化・テスト・ドキュメント生成が強力)、SparkやDatabricksなどの大規模処理フレームワーク。
オーケストレーション — Apache Airflow、Prefect、Dagsterなどでジョブの依存関係やスケジュール管理を行う。
データカタログ/ガバナンス — Amundsen、DataHub、OpenLineageなどでメタデータ管理やラインエージ(系譜)を可視化する。
ELTとETLの比較 — 長所と短所
ELTは全てのケースに最適というわけではなく、ユースケースに応じた選択が重要です。以下に主要な違いをまとめます。
長所(ELT)
- 原データを保存することで再処理が容易。
- クラウドDWHの計算力を活用できるため大規模データ処理に有利。
- 開発サイクルが速く、SQLベースで分析者が手を動かしやすい。
短所(ELT)
- 大量データをロードしてから変換するため、DWHのクエリコストやストレージコストが増える可能性がある。
- ロードした未加工データがそのまま残るため、データ品質やガバナンスの管理が重要。
- 機密データのマスクや洗浄を事前に行いたい場合はETLのほうが適することがある。
実運用で注意すべきポイント
コスト管理 — クエリ課金型のDWH(例:BigQuery)では変換クエリの実行量がコストへ直結する。クエリの最適化、パーティションやクラスタリングの利用、マテリアライズテーブルを計画する。
データ品質とガバナンス — Raw→Staging→Trustedというゾーニングを設計し、データ検証・バリデーション・スキーマ契約(schema contracts)を導入。dbtのテストやデータカタログでの監視を活用する。
ラインエージ(系譜)と可観測性 — どの変換がどの列に影響するかを追えるようにする。OpenLineageやプロバイダ固有のラインエージ機能を導入するとトラブルシュートが容易になる。
スキーマ進化の扱い — ソースのスキーマ変更に対する耐性を持たせる。スキーマオンリードの設計や、インクリメンタル処理でのidempotencyを実装すること。
セキュリティとコンプライアンス — データ暗号化、アクセス制御、ネットワーク分離(VPC/VNet)、監査ログの保持を実装。個人情報はロード後すぐにマスキングするポリシーを検討する。
運用パターンとベストプラクティス
ゾーン分け(Raw / Staging / Trusted / Curated) — 各ゾーンで役割を明確化し、アクセス権と変換テストをゾーン単位で実装する。
インクリメンタル処理 — フルロードを避け、変更データキャプチャ(CDC)や更新タイムスタンプを使ったインクリメンタルロードで効率化する。
テストとCI/CD — dbtのテストや、SQLの静的解析、変換スクリプトの自動テスト、CIパイプラインでの差分確認を組み込む。
再現性とバージョン管理 — 変換ロジックはコードとして管理(Git)、デプロイはオーケストレーションツールで自動化する。
監視とSLA — データ遅延、失敗率、行数の変動などのメトリクスを定義し、アラートを設置する。
ELTの応用例・ユースケース
データ分析・BI基盤 — 生データを格納し、分析チームが必要な視点で複数の集計を作成する。迅速な探索的分析に最適。
機械学習の特徴量作成 — 原データを保存し、特徴量エンジニアリングをDWHまたはデータレイクに対して実行することで、再現性あるパイプラインを構築。
イベント・ログの集約 — WebログやアプリイベントをRawに蓄積し、集計・セッション化・ユーザー軸解析をDWH上で行う。
よくある誤解とその対処
「ELTはデータ品質を担保しない」 — ELTは事前に変換しない分、品質管理を怠ると問題が大きくなるが、dbtテストや自動バリデーションを組み込めば高い品質を維持できる。
「すべての処理をDWHでやればよい」 — 大量のバイナリ処理や非構造化データの前処理、ストリーミングの低レイテンシ処理はDWHでは向かない場合がある。用途に応じてSparkや専用ETLを併用する。
将来動向
クラウドネイティブアーキテクチャの進化に伴い、ELTはさらに定着すると見られています。特に「分析のためのDWHが中心となるデータプラットフォーム」と、「逆方向に業務システムへデータを流すReverse ETL」の組み合わせが増えています。また、メタデータ標準(OpenLineageなど)や自動カタログ化によって、運用の自動化とガバナンスが強化される流れです。
まとめ
ELTは、クラウドDWHとモダンなデータツールチェーンの普及によって現実的かつ有効な選択肢となりました。特に分析の迅速化、原データの保持、スケーラブルな変換処理が求められる場面で有効です。一方でコスト管理、データ品質、セキュリティといった運用面の設計を怠ると問題が顕在化します。技術的選択はユースケース次第であり、ETLとELTを組み合わせたハイブリッドな設計が最良となるケースも多いです。導入時にはゾーン設計、インクリメンタル処理、テスト/CI、メタデータ管理を早期に整備することを推奨します。
参考文献
- Extract, transform, load — Wikipedia
- ETL vs ELT — Fivetran Blog
- dbt — The data build tool
- Loading Data — Snowflake Documentation
- Loading Data into BigQuery — Google Cloud
- AWS Glue — Amazon Web Services
- Amundsen — Data Discovery and Metadata
- OpenLineage — Open standard for metadata and lineage
- Apache Airflow — Workflow orchestration


