レプリケーション徹底ガイド:定義・種類・DB別実装と一貫性・可用性のトレードオフ

レプリケーションとは — 定義と目的

レプリケーション(replication)は、あるデータのコピーを複数の場所に保持し、可用性・耐障害性・読み取り性能・地理分散などの要件を満たすための技術を指します。IT分野ではデータベース、ファイルシステム、ブロックストレージ、オブジェクトストレージなどさまざまなレイヤで用いられます。要するに「同じデータを別のノードにも備える」ことで、単一障害点の排除や負荷分散、バックアップやディザスタリカバリを実現します。

主なレプリケーションの種類

  • 同期レプリケーション:書き込みが複数ノードに確実に適用されるまで待つ。強い一貫性(strong consistency)を実現するが遅延やスループット低下のリスクがある。
  • 非同期レプリケーション:書き込み完了を待たずに応答を返す。性能は優れるが、障害時に最新データを失う可能性(データロス)がある。
  • マスター/スレーブ(主従)方式:1つの書き込みマスターがあり、変更をスレーブが追随する。読み取りスケールアウトに便利。
  • マルチマスター方式:複数ノードが書き込み可能。高可用だが競合解決が課題。
  • 物理レプリケーション(バイナリ/ブロック):WAL(Write-Ahead Log)やブロックレベルの変更を複製する。高速で正確な再現が可能。
  • 論理レプリケーション(行/トランザクション単位):SQL文や行変更を送る。スキーマの差がある環境でも柔軟。
  • コンフリクト解決を伴う方式:CRDT(Conflict-free Replicated Data Types)やアプリ側のマージ戦略を用いることで、競合を自動解決する。
  • Change Data Capture(CDC):トランザクションログを解析して変更イベントを別システムへ流す手法。ETLやマイクロサービス連携で利用。

データベースでの具体例

代表的なデータベースごとの特徴:

  • MySQL:バイナリログ(binlog)を利用した非同期/セミシンクレプリケーション。GTID(Global Transaction Identifiers)で管理を簡素化。レプリケーションは主にマスター→スレーブ型だが、プロキシやクラスタで多様な構成が可能。
  • PostgreSQL:WALベースのストリーミングレプリケーション(物理)と、テーブル単位の論理レプリケーションをサポート。同期/非同期の選択が可能。
  • MongoDB:レプリカセット方式(Primary/Secondary)。自動フェイルオーバーと選挙機能を持ち、読み取り分散や可用性向上に適する。
  • Cassandra:分散型のマルチマスター(ピアツーピア)で、チューニング可能な整合性レベル(QUORUM等)を持ち、地理分散や高書き込み負荷に強い。
  • Redis:シンプルなレプリケーション(マスター→スレーブ)に加え、Redis SentinelやRedis Clusterで高可用性や水平分割を実現。
  • SQL Server:トランザクションレプリケーション、スナップショット、ミラーリングなど複数のレプリケーション方式を提供。

分散システムの観点 — 一貫性と可用性のトレードオフ

分散環境ではCAP定理(Consistency, Availability, Partition tolerance)によるトレードオフが本質的に存在します。同期レプリケーションは一貫性を優先し、ネットワーク分断時は可用性を犠牲にしがちです。一方、非同期・最終的整合性(eventual consistency)は可用性を優先しますが、アプリケーション側で最新性に配慮した設計が必要です。

また合意形成アルゴリズム(Paxos、Raftなど)は、クラスタ内でログの一貫性を保ち、フェイルオーバーやリーダー選出を正しく行うために重要です。競合解決にはCRDTやアプリケーションレベルのマージ戦略が用いられます。

利点と主なユースケース

  • 高可用性(ノード障害時のサービス継続)
  • 読み取りスケールアウト(読み込み負荷分散)
  • ディザスタリカバリ(地理的に離れたリードレプリカで障害回復)
  • バックアップや分析用レプリカ(本番負荷に影響を与えずに解析可能)
  • レイテンシ削減(ユーザー近傍のリージョンにレプリカを置く)

注意点・よくある課題

  • レプリケーション遅延(lag):非同期方式では書込みとレプリカ反映に時間差が生じる。監視とSLA設計が重要。
  • 分岐(スプリットブレイン):ネットワーク障害で複数ノードが同時にリーダーになり矛盾が発生するリスク。
  • 競合・コンフリクト:マルチマスター環境では同一データの同時更新競合をどう解決するかが課題。
  • パフォーマンスオーバーヘッド:同期レプリケーションは書き込み遅延、非同期はリカバリリスク。
  • スキーマ変更の慎重さ:レプリカ間でのスキーマ不整合はレプリケーション障害を誘発する。
  • セキュリティ:レプリケーション経路の暗号化や認証が必要(TLS/SSL、認証鍵)。

運用と監視のベストプラクティス

  • レプリケーション遅延、最後の適用時間、接続状態などのメトリクスを常時監視する(Prometheus等で収集)。
  • フェイルオーバー手順を自動化かつ定期的にテストする。復旧手順のドキュメント化。
  • バックアップは別途取得し、レプリカはバックアップの代替ではないと認識する。
  • ネットワーク分断を想定した設計(クォーラム設定、監視の冗長化)。
  • アクセス制御・暗号化を実施し、レプリケーション経路のセキュリティを確保する。
  • スキーマ変更や大規模データ移行はローリングアップデートや論理レプリケーションで段階的に適用する。

実装時の具体的ポイント

  • MySQL:binlog_format=row、GTIDを利用すると再同期やフェイルオーバーが容易。セミシンクはデータロスと可用性のバランスを取る。
  • PostgreSQL:wal_levelを「replica/logical」に設定。primary_conninfoで接続、recovery.conf(またはrecovery.signal)でフェイルオーバー設定。
  • MongoDB:replica setを利用し、優先度や投票数を調整して選挙挙動を制御する。
  • Cassandra:replication factorと読み書きのconsistency level(ONE, QUORUM, ALL)を要件に応じて調整。
  • CDC:Debeziumなどを用いると、binlog/WALの変更イベントをKafka等に流してリアルタイム連携が可能。

まとめ

レプリケーションは、可用性・スケーラビリティ・耐障害性を提供するための基本技術ですが、方式選定や運用設計次第で利点が失われたり新たなリスクを生むことがあります。目的(読み取り性能向上、フェイルオーバー、地理分散、解析用途など)と一貫性要件(強い整合性か最終整合性か)を明確にし、適切なレプリケーション方式と監視・運用体制を設計することが重要です。

参考文献