PiP(ピクチャー・イン・ピクチャー)完全ガイド:実装の基本からUX・セキュリティ・クロスブラウザ対応まで
ピクチャー・イン・ピクチャー(Picture-in-Picture、PiP)とは
ピクチャー・イン・ピクチャー(PiP)は、動画やライブ映像を小さな独立ウィンドウ(オーバーレイ)で表示しつつ、ユーザーが他のアプリやブラウジングを行える機能です。デスクトップやモバイルのOS、ブラウザ、ネイティブアプリで広く採用されており、視聴を継続しながら別作業を行うユースケースに特化しています。UI は通常、再生・一時停止・閉じる・サイズ調整といった最小限のコントロールを備えます。
なぜ使われるのか — 主なユースケース
- マルチタスク:会議のライブ配信を小ウィンドウで見ながらドキュメント作成やメール確認を行う。
- 学習・チュートリアル:コードチュートリアル動画を小画面で見ながらエディタで実践する。
- エンターテイメント:音楽ビデオやスポーツ中継を見ながらSNSやニュースをチェックする。
- アクセシビリティ:視覚的な参照を常に表示しつつ操作を行うことで、ユーザーの利便性を向上。
歴史と標準化の流れ(概略)
PiP の概念自体はテレビ放送の時代から存在しますが、コンピュータ/スマートデバイス上でのソフトウェア的PiPは近年急速に普及しました。各社は独自に実装を進め、結果としてブラウザやOSごとのAPI差異が生じました。Web向けには Picture-in-Picture Web API(ブラウザ実装に基づく仕様)が存在し、主要メソッドやプロパティ(requestPictureInPicture、document.pictureInPictureElement、document.exitPictureInPicture、document.pictureInPictureEnabled、HTMLVideoElement.disablePictureInPicture など)が普及しています。ただし、Safari/WebKit系では独自のプレゼンテーションモードAPI(webkitPresentationMode など)や挙動の差異が残るため、クロスブラウザ対応時は注意が必要です。
主要プラットフォームの実装状況(要点)
- デスクトップブラウザ:Chrome、Edge、Firefox、Safari などでPiPをサポート。API対応状況やUI(右クリックメニュー、動画コントロール内ボタン、ブラウザメニューからの切替)に差がある。
- モバイルブラウザ:Android(Chrome等)はOSレベルのPiPと連携。iOSはSafariや一部のブラウザでPiPをサポートするが、WebとネイティブAPIの差や、iOSバージョンによる制約がある。
- ネイティブアプリ:AndroidはActivityのmanifest設定とPicture-in-Picture APIで対応。iOSはAVPictureInPictureControllerなどでサポート。
Web 開発者向け:実装の基本とサンプル
Web上での一般的な流れは以下のとおりです。
- ブラウザがPiPをサポートしているか確認(document.pictureInPictureEnabled)。
- 対象は通常 <video> 要素。ユーザー操作に紐付けて video.requestPictureInPicture() を呼ぶ(多くのブラウザはユーザー操作を要求)。
- 退出は document.exitPictureInPicture()、現在PiP中の要素は document.pictureInPictureElement で取得可能。
- イベント enterpictureinpicture / leavepictureinpicture を監視して UI を更新する。
- 無効化は video.disablePictureInPicture = true(属性 disablePictureInPicture)で行える。
簡略コード(概念):
if (document.pictureInPictureEnabled) {
const vid = document.querySelector('video');
vid.requestPictureInPicture().catch(err => console.error(err));
}注意点:自動的にPiPに入れることをブラウザが制限する場合がある(ユーザーの許可や操作が必要)。また、音声や広告の扱い、DRM保護されたコンテンツのPiP許可などはプラットフォーム依存です。
アクセシビリティとユーザー体験(UX)
PiPは利便性を高めますが、アクセシビリティ配慮が重要です。キーボード操作やスクリーンリーダーでPiPの起動・終了・フォーカス遷移を扱えるか検証する必要があります。視覚障害者向けにはPiPウィンドウの説明やトグル情報を aria-live で通知する等の対策が考えられます。さらに、自動でPiPに遷移させる場合はユーザーの意図を損なわないよう配慮してください。
セキュリティ・プライバシー上の注意
- PiPウィンドウは常に手前に表示されることが多く、機密情報の上に重なると誤操作や視覚的な漏洩リスクがある。
- DRM(Widevine、FairPlay等)で保護されたコンテンツはPiPを制限されることがある。ブラウザ・プラットフォームのポリシーを確認する。
- サードパーティ製の広告やトラッキングスクリプトがPiPと干渉する可能性があるため、外部スクリプトの影響を検証する。
制限事項とクロスブラウザの落とし穴
- モバイルではOSやブラウザのバージョン依存性が高く、期待どおりに動作しないケースがある。
- 同時に複数のPiPウィンドウを開けないプラットフォームが多い(ブラウザ・OSに依存)。
- ユーザー操作のトリガーが必要な場合がある(自動起動不可)。
- 動画のサイズやコーデック、DRMの有無によりPiP不可となることがある。
実務的なチェックリスト(導入前検証項目)
- 主要ブラウザ(Chrome/Edge/Firefox/Safari)での動作確認と挙動差の把握。
- モバイル(iOS/Android)の各バージョンでの挙動確認。
- DRMありコンテンツでのPiP可否確認。
- アクセシビリティ(キーボード、スクリーンリーダー)テスト。
- 広告や外部埋め込みとの干渉テスト。
まとめ
PiP はマルチタスク時代のユーザー体験を向上させる強力な機能です。Web 開発者は標準の Picture-in-Picture API を用いて実装できますが、プラットフォーム間の差異や制約(Safari の独自APIやモバイルのOS制限、DRM制御など)を把握した上で、アクセシビリティとセキュリティを考慮した実装・テストを行うことが不可欠です。導入時は実機・実ブラウザでの確認を徹底してください。
参考文献
- MDN Web Docs: Picture-in-Picture API(日本語)
- Chrome Developers: Picture-in-Picture
- Apple Developer: AVPictureInPictureController(iOS/macOS 向け)
- Android Developers: Picture-in-Picture
- MDN: HTMLVideoElement.disablePictureInPicture
- W3C / WHATWG 関連仕様・ドラフト(参照用)


