パッシブマトリクスの基礎と実用ガイド:PMOLEDの特性とTFTとの比較を詳しく解説
パッシブマトリクスとは — 概要
パッシブマトリクス(passive matrix)とは、ディスプレイの画素(ピクセル)を個別の能動素子(トランジスタなど)で駆動するのではなく、行(ロー)と列(カラム)の電極の交差点にある画素を、行・列の組み合わせで選択して駆動する方式の総称です。代表的には初期の液晶ディスプレイ(LCD)で広く使われ、複雑な薄膜トランジスタ(TFT)バックプレーンを必要としないため構造が単純で製造コストが抑えられます。
基本的な仕組み
パッシブマトリクスでは、ディスプレイの電極は行方向と列方向に配列され、各画素はその交点に位置します。駆動は「マルチプレックス(多重化)」によって行われ、以下のような手順で処理されます。
- コントローラがある行(あるいは列)を「選択」し、その行に対して特定の電圧パターンを印加する。
- 同時に列(あるいは行)に対応する電圧を印加して、交点で望む電界(電圧差)を作り出す。
- 次の行に移り、同様に電圧を切り替える。これをフレーム周期内に全行分繰り返す。
重要な点は、画素にはスイッチング用のトランジスタやスイッチ素子が無いため、個々の画素が常に選択されているわけではなく、フレーム内の短い時間だけ実際の駆動電圧が印加されることです。このため、各画素にかかる実効(RMS)電圧の管理やクロストーク(誤駆動)防止のためのバイアス方式が重要になります。
駆動上の特徴と問題点
- 応答速度:画素が選択される時間が短く、また液晶材料自体の応答も関係して、応答速度は遅めです。ゴーストや残像が出やすく、動きの速い映像には不向きです。
- コントラストと色再現:選択時間が短く、非選択画素への残留電圧やクロストークが発生しやすいため、コントラスト比は低めです。特に高解像度・高色深度の用途では限界があります。
- 最大解像度(マルチプレックス比)の制約:行数が増えると1行あたりに割ける時間が短くなり、誤駆動やコントラスト低下が生じます。これが高密度・大型ディスプレイでパッシブマトリクスが不利な理由です。
- 消費電力:小型・低解像度の用途では省電力化が図りやすい一方、多重化駆動に伴うリフレッシュや高電圧化で消費が増す場合もあります。
代表的なバリエーション(液晶の場合)
- TN(Twisted Nematic):初期の一般的な液晶方式。単純で安価だが視野角やコントラストに限界がある。
- STN(Super Twisted Nematic):TNを改良してねじれ角を大きくした方式で、より高いコントラストと多色表示(CSTN)を可能にした。パッシブマトリクスの多ライン化に寄与した。
- CSTN(Color STN):STNを用いたカラー表示の実装。安価なカラーディスプレイとして1990年代の携帯端末などで使われた。
パッシブマトリクスの駆動技術(やや技術的)
パッシブマトリクスの核心は「非選択画素に如何にして誤った電圧がかからないようにするか」です。これを解決するために、以下のような技法が使われます。
- バイアススキーム:選択行と非選択行に異なる電圧レベルを与え、非選択画素の実効電圧を閾値以下に抑えることで誤動作を防ぐ(1/2バイアス、1/3バイアス等の概念)。
- フレームリフレッシュと行スキャン速度の最適化:各行に十分な駆動時間を確保しつつ、目視で違和感が出ない最低フレームレートを維持する。
- 反転駆動(ポラリティ反転):DC成分の蓄積を防ぐために、フレーム毎やライン毎に電圧極性を反転させる。
- 液晶材料の最適化:閾値電圧の差や応答速度が駆動性能に直結するため、材料設計も重要。
パッシブマトリクス vs アクティブマトリクス(TFT)
対比すると分かりやすい点は次の通りです。
- 構造:パッシブは行・列電極のみ。アクティブは各画素に薄膜トランジスタ(TFT)やキャパシタを備える。
- 画質:アクティブは各画素が個別に駆動されるためコントラスト、応答速度、色再現が大幅に優れる。大型や高解像度の表示に適する。
- 製造コスト:パッシブは製造プロセスが単純で安価。アクティブはバックプレーン作製で工程が増え高価。
- 用途:現在のスマートフォンや大型モニタ、テレビはほぼアクティブマトリクス(TFT)を採用。一方、単純表示や低コスト機器ではパッシブが残る。
パッシブマトリクスOLED(PMOLED)について
パッシブマトリクスの概念はOLED(有機EL)にも適用され、PMOLED(Passive-Matrix OLED)として小型表示で広く使われます。PMOLEDは行・列をスキャンして有機発光層を駆動するため、TFTを用いるAMOLEDに比べて実装が容易でコストも抑えられますが、以下の制約があります。
- 行数が増えると各行のオン時間が短くなり、輝度低下や消費電力増加が起きる。
- 大型・高解像度の表示に不向きで、主に小型のシンプルな表示(サブディスプレイ、ステータス表示、ウェアラブルの一部)に使われる。
代表的な利用例
- 小型機器のモノクロ化表示(電卓、リモコン、産業機器のステータス表示など)
- 初期の携帯電話の簡易カラーディスプレイ(CSTN等)
- 単純なアイコンやテキスト表示が主な用途のPMOLEDによる表示部
- 低コストで高耐久が求められる組み込み機器
歴史的背景と進化
パッシブマトリクスは液晶ディスプレイが普及し始めた初期から使われてきた方式で、特に1990年代には携帯電話やPDAなどでよく見られました。技術進歩によりSTNやCSTNなどの改良型が生まれ、それによりカラー表示やライン数の増加が可能になりました。しかし、2000年代以降はTFT技術の低コスト化と高性能化により大型・高精細ディスプレイの主流はアクティブマトリクスへ移行しました。それでもコストや消費電力が重要な分野ではパッシブの需要が残っています。
メリット・デメリットのまとめ
- メリット:構造が単純で低コスト、小型・低解像度用途で省電力になり得る、製造が比較的容易。
- デメリット:応答速度やコントラストが低い、高解像度・高速表示が不得意、視野角・色再現で劣る。
導入を考える際のポイント
- 表示内容が静的(テキストやステータス)で解像度が小さければパッシブが有効。
- 動画や高速スクロール、広視野角や高コントラストが必要ならアクティブ(TFT)を検討する。
- 消費電力、コスト、機械的・環境耐性も含めたトータルコストで選択する。
まとめ
パッシブマトリクスは、行・列の電極を組み合わせて画素を駆動するシンプルな方式で、低コスト・小型・静的表示に向いています。一方で応答速度やコントラスト、解像度の点で限界があり、今日の高解像度ディスプレイの主流はアクティブマトリクス(TFT)です。ただし、PMOLEDを含めたパッシブマトリクス方式は用途を選べば今も有用であり、設計要件次第では最適解となります。
参考文献
- Liquid-crystal display - Wikipedia
- Active-matrix - Wikipedia
- Organic light-emitting diode - Wikipedia (PMOLED/AMOLEDの比較参照)
- Super-twisted nematic - Wikipedia (STN/CSTNに関する解説)
- How LCDs Work — HowStuffWorks (液晶の基本動作解説)


