時系列データ解析の完全ガイド:定義・特徴・前処理・予測モデル・評価指標・実務ポイント

時系列データとは — 定義と重要性

時系列データ(time series data)は、時間順に並んだ観測値の列を指します。株価や為替レート、IoTセンサーの温度・振動データ、Webサイトのアクセス数、売上実績、気象観測など、多くの分野で発生します。時系列解析は、過去のパターンを理解して将来を予測するだけでなく、異常検知、因果推論、季節性の把握や経営判断の根拠づけにも不可欠です。

時系列データの基本的な特徴

  • トレンド(Trend):長期的な増減傾向。例:売上の右肩上がり。
  • 季節性(Seasonality):一定周期で繰り返す変動。例:月次・週次・日次の周期。
  • サイクル(Cycle):季節性とは異なる不定期な景気循環などの波。
  • ランダム成分(Irregular / Noise):予測できないノイズ。
  • 自己相関(Autocorrelation):過去の値が現在の値に影響する性質。自己相関関数(ACF)や偏自己相関関数(PACF)で確認します。

前処理(Practical Preprocessing)

時系列解析での前処理は特に重要です。代表的な処理を挙げます。

  • タイムスタンプの整備:タイムゾーン、サマータイム、欠損したタイムスタンプの扱い。
  • 再サンプリング/集計:秒→分→時間、日次→週次など、解析目的に合わせて集約。
  • 欠損値処理:線形補間、時系列特有の補完(前方/後方補完)、モデルベースの補完。
  • 差分化(Differencing):非定常性(トレンド)を取り除き、自己回帰モデルなどの前提(定常性)を満たす。
  • 季節成分の分離:季節性を取り除く/モデル化する(例:季節差分)。
  • スケーリング:モデルによっては正規化や標準化が有効(特に機械学習モデル)。

基本的な解析手法・予測モデル

時系列データに対する古典的手法から機械学習・深層学習まで、主要なアプローチを紹介します。

統計的モデル

  • 移動平均(MA)・自己回帰(AR)・ARMA/ARIMA

    AR(p)は過去pラグの自己回帰、MA(q)は過去qの誤差項の重み和。非定常な系列には差分を加えたARIMA(p,d,q)を用います。季節性があるときはSARIMA(P,D,Q,s)が一般的です。ACF/PACFの形状を使って次数の候補を選びます。

  • 指数平滑法(Exponential Smoothing)

    単純指数平滑(SES)、ホルト(トレンド対応)、ホルト=ウィンター(季節性対応)など。実務で短期予測に強く、計算が高速です。

  • 状態空間モデルとカルマンフィルタ

    観測方程式と状態方程式で表現し、ノイズ混入時の最適推定と予測が可能。ARIMAは状態空間表現できます。

機械学習・深層学習

  • 特徴量ベースの回帰モデル:ラグ特徴量、移動平均、日時情報(曜日、祝日)などを作ってランダムフォレスト、XGBoost、LightGBM等で予測。
  • シーケンスモデル(RNN / LSTM / GRU):長期依存を学習可能。ただし学習データ量、ハイパーパラメータ、過学習、計算コストに注意。
  • Attention / Transformerベース:並列処理に優れ、大規模データや長期依存の処理に有効。タイムシリーズ用の改良モデル(Informer等)も提案されています。
  • Prophet(Facebook/Meta):トレンド+季節性+祝日効果の合成モデルで非専門家にも使いやすい。変化点検出や自動チューニング機能あり。

モデル選択と評価指標

時系列特有の注意点として、訓練/テスト分割は時間順を保つ必要があります。ランダム分割は情報漏洩(data leakage)を招きます。

  • クロスバリデーション:ローリングフォーリッジ(walk-forward validation)や時間軸に沿ったスライディングウィンドウを使います。
  • 評価指標:MAE(平均絶対誤差)、RMSE(平方根平均二乗誤差)、MAPE(平均絶対パーセント誤差だがゼロ問題あり)、SMAPE(対称MAPE)など。業務要件(ピーク精度重視か全体誤差重視か)で指標を選びます。

高度なトピック

  • 因果推論とグレンジャー因果(Granger causality):ある系列が他の系列の予測に役立つかを統計的に検定しますが、真の因果を証明するわけではありません。
  • 変化点検出(Change point detection):構造変化やシステムの切り替わりを検出しモデル再学習のタイミングを決めるのに重要です。
  • 異常検知(Anomaly detection):予測誤差や再構築誤差(オートエンコーダ等)を用いた検出。オンライン実装では遅延・閾値設定が課題になります。
  • スペクトル解析・ウェーブレット:周期成分の分析や時周波数解析に有効。

実務上の注意点とベストプラクティス

  • データの粒度を目的に合わせて選ぶ(過度な細分化はノイズを増やす)。
  • タイムスタンプの整合性(タイムゾーン、欠損点、重複)を必ず確認する。
  • 季節性や祝日などドメイン知識を特徴量として利用する。
  • モデルの安定性を監視し、概念ドリフト(data drift)があればリトレーニング戦略を用意する。
  • ブラックボックスモデルを使う場合は説明可能性(Feature importance、SHAP等)を検討する。
  • 予測区間(予測の不確実性)を提示することが意思決定で重要。

代表的なツール・ライブラリ

  • Python: pandas(時系列処理)、statsmodels(ARIMA等)、prophet、pmdarima(自動ARIMA)、sktime、darts、PyTorch/TensorFlow(深層学習)
  • R: forecast、fable、tsibble、zoo、xts
  • 可視化・監視: Grafana、Kibanaなどの時系列可視化ツール

まとめ

時系列データは多くの産業で中心的なデータタイプであり、正しい前処理とモデル選択、評価手法が結果に大きく影響します。統計モデルは解釈性と少量データでの堅牢性があり、機械学習/深層学習は非線形性や高次元データで威力を発揮します。実務ではドメイン知識を取り入れ、時間に沿った検証と不確実性の提示を行うことが成功の鍵です。

参考文献