カウンターテナーとは何か:歴史・発声・レパートリー・名手まで徹底解説

カウンターテナーとは——定義と基本像

カウンターテナー(countertenor)は、男性でありながら女性のアルトやソプラノに近い高い音域で歌う声種を指します。今日では主にファルセット(裏声)や強化された頭声を用いて、高域を安定して奏する職業歌手を指すことが多く、合唱団のアルトを担当する“male alto”や、歴史的に存在したカストラート(去勢歌手)と区別して語られます。

歴史的背景:中世から現代までの変遷

高声を担当する男性歌手の伝統は長く、ルネサンス期やバロック期には教会音楽やオペラで高声を担う男性が重要な役割を果たしていました。18世紀のイタリア・オペラではカストラートがオペラ・セリアのスーパースターとなり、極めて高く独特な声色で主役を歌いました。

一方、フランスでは「オート=コントル(haute-contre)」という、高音域を胸声寄りで出す高テノールの伝統があり、これもカウンターテナーとは発声様式を異にします。19世紀以降、カストラート制度の廃止とオペラ様式の変化で高声専業の男性歌手は減少しました。

20世紀に入ると、歴史的演奏法(Historically Informed Performance)の潮流とともに、古楽の復興が進み、アルフレッド・デラー(Alfred Deller、1912–1979)がカウンターテナーの復権を主導しました。以降、ジェームズ・ボウマン、マイケル・チェンス、アンドレアス・シェール、フィリップ・ジャルスキーらが国際舞台で活躍し、今日の地下から主流への躍進をもたらしました。

発声の仕組みと技術:何が“高く”歌わせるのか

カウンターテナーの高域は、主に以下の技術的要素で支えられます。

  • ファルセット(裏声)と強化された頭声:多くのカウンターテナーはファルセットを基盤としますが、単なる薄い裏声ではなく、声帯の部分閉鎖を高めたり共鳴を整えたりして音色と音圧を強化します(reinforced falsetto)。
  • 共鳴調整:口腔・咽頭・鼻腔の形を変え、声の倍音を整えることで、胸に響くような厚みを持った高域を作ります。
  • 呼吸と支持(ブレスコントロール):長いフレーズや装飾を滑らかに歌うための安定した支持は不可欠です。腹横筋や横隔膜の使い方が大切です。
  • パッサッジョ(声区移行)の管理:低域から高域への移行点をスムーズに処理し、音色の変化を最小限に抑える訓練が行われます。

医学的には、カウンターテナーはファルセットを用いるため声帯の振動面積が小さくなりますが、トレーニングによって表出音のエネルギーを増やし、音量や表現力を向上させることが可能です。したがって、単なる“女性の声を真似る”のではなく、独自の声質と技術を持つ声種と考えるのが適切です。

レパートリー:古楽から現代曲まで

カウンターテナーのレパートリーは、歴史的な事情と現代の創作活動の両方によって広がっています。

  • バロック・オペラ/オラトリオ:ヘンデルやモンテヴェルディ、ヴィヴァルディ、バッハの作品で多くの高声役やアルト・アリアが存在します。もともとカストラートや女性が歌った部分を、現代ではカウンターテナーやメゾソプラノが分担します。
  • ルネサンス声楽・教会音楽:ルネサンスのポリフォニーではしばしば高声の男性が用いられ、現代の古楽アンサンブルではカウンターテナーが重要な役割を担います。
  • 現代音楽:20世紀以降、複数の作曲家がカウンターテナーの特性に着目して新曲を作曲しています。代表例として、ベンジャミン・ブリテンのオペラ『真夏の夜の夢(A Midsummer Night’s Dream)』のオベロン(Oberon)役は、カウンターテナーのアルフレッド・デラーのために書かれました。
  • 編曲とクロスオーバー:現代のソロ・リサイタルでは、バロックのアリアだけでなく、アレンジされたポップやルネサンス曲、現代の歌曲など多彩なプログラムが組まれています。

演奏実践の諸問題:歴史的な忠実さと現代の解釈

バロック・オペラのカストラート役を現代に再演するとき、指揮者や演出家、歌手は次のような選択を迫られます。

  • カストラートの独特な声色と技量をどのように再現するか(カウンターテナー、メゾソプラノ、あるいはテノールの転換によるアプローチ)
  • ピッチ(A=415Hzなど歴史的テンポ)や楽器編成の選択
  • テキストや装飾(装飾音や即興的な回旋)の復元

こうした決定は、演奏の「歴史的説得力」と「現代の舞台効果」のバランスを取る行為であり、同じ作品でも演奏団体や歌手により多様な解釈が生まれます。

代表的なカウンターテナーとその特徴

  • アルフレッド・デラー(Alfred Deller):20世紀のカウンターテナー復権を象徴する人物。古楽の解釈と録音で大きな影響を与えました。
  • ジェームズ・ボウマン(James Bowman):デラーに続く世代で、リートやバロック作品で高く評価されています。
  • マイケル・チェンス(Michael Chance):英国古楽シーンを代表するカウンターテナーの一人。
  • アンドレアス・シェール(Andreas Scholl):暖かく表情豊かな声でバロック・リートや宗教曲で人気。
  • フィリップ・ジャルスキー(Philippe Jaroussky):非常に高い技巧と透明感ある声質で、モダンな古楽シーンを牽引。
  • デイヴィッド・ダニエルズ(David Daniels)、イースティン・デイヴィス(Iestyn Davies)など、広いレパートリーで活躍する歌手も多数います。

学ぶには——ボイストレーニングの実際

カウンターテナーを志す男性歌手は、一般的な声楽訓練に加え、以下の点を重点的に学びます。

  • ファルセットの強化と頭声の扱い方
  • 共鳴腔の意識的な調整(母音形成の工夫)
  • 長いフレーズを支える呼吸法と支持筋の鍛錬
  • レパートリーに応じたスタイルと装飾法(バロックの装飾、リートの語り方など)

専門の教師や古楽に精通した指導者の下で段階的にトレーニングすることが安全で効果的です。無理に高域を力づくで引き上げると声帯を痛める恐れがあるため、正しいテクニックの習得が重要です。

誤解と注意点

  • カストラートとカウンターテナーは同じではない:カストラートは去勢により生理的に高い声を獲得した歴史的な歌手で、現代のカウンターテナーとは発声原理や声質が異なります。
  • すべての男性高声がカウンターテナーではない:高音を得意とするテノールやファルセットを使う歌手もいますが、専門職としてのカウンターテナーは技術・レパートリー・音楽的指向が特定の領域に特化しています。

聴きどころ・入門おすすめ曲

  • ヘンデル:オペラ・アリア(例:「Ombra mai fu」など)
  • バッハ:アリア(カウンターテナーによるカンタタやオラトリオのアリア)
  • ブリテン:『真夏の夜の夢』よりオベロンのアリア(オベロン役はカウンターテナーのために書かれました)
  • ソロ・アルバム:ジャルスキーやシェールのプログラムでバロック・アリアや民謡アレンジを聴くのも理解を深める近道です。

まとめ:なぜカウンターテナーが現代で重要か

カウンターテナーは、過去の音楽文化を現代に接続する鍵であると同時に、独自の声質と表現力で新しい音楽的可能性を切り拓いています。古楽の歴史的再現だけでなく、現代作曲家との協働や多様なクロスオーバー表現を通じて、その存在感はますます大きくなっています。正しい技術と演奏実践の理解をもとに、聴衆に新鮮な音楽体験を提供する役割を担っていると言えるでしょう。

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参考文献