トラッキング完全ガイド:録音からトラッカー史、技術・ワークフローまで詳解
トラッキングとは何か──用語の整理
音楽制作における「トラッキング(tracking)」は文脈によって複数の意味を持ちます。最も一般的なのは「演奏や歌声を個別のトラックに録音する行為」、すなわち録音セッションでのトラック作成プロセスを指します。また「トラッカー(Tracker)ソフトウェア」に由来する歴史的なシーケンス文化や、オーディオ信号からテンポやピッチを解析する「ビート/ピッチトラッキング」といった技術的意味合いもあります。本稿ではこれらを整理し、現場で役立つ実践的ノウハウと歴史的背景、注意点を幅広く解説します。
歴史的背景:多重録音からデジタルまで
トラッキングの起源は、レズ・ポール(Les Paul)らによる多重録音(overdubbing)技術の実験に遡ります。磁気テープとマルチトラックレコーダーの発達により、一つの楽曲を複数トラックに分けて録音・編集する手法が確立され、スタジオ録音の表現力は大きく拡張しました。1980年代にはパソコンと組み合わせた「トラッカー」ソフトウェア(例:SoundTracker)が登場し、サンプルベースでのチャンネル管理とパターン編集を特徴とする新しい作曲スタイルを生み出しました。今日ではDAW(デジタルオーディオワークステーション)上でのマルチトラック録音が一般的で、アナログ的な感覚とデジタルの利便性が両立しています(詳細は参考文献参照)。
トラッキングの基本ワークフロー
- プリプロダクション:テンポ、キー、仮アレンジ、クリック/ガイドトラックの作成。楽曲構成を固め、必要な楽器・マイク・機材リストを用意する。
- セッティング:セッションテンプレート作成、サンプルレート・ビット深度の決定、インプットラベルやトラック命名。
- ゲイン調整(ゲインステージング):ヘッドルームを確保しつつクリアな信号を得る。デジタルではピークを常に0 dBFS以下に保つ。
- 録音(トラッキング):ドラム→ベース→リズム楽器→メロディ楽器→ボーカルの順など、状況に応じた追い録り(オーバーダブ)または同時録音を行う。
- 編集/コンピング:テイクの選別、パンチイン/コンピングで最終テイクを作る。
- 整理とバックアップ:ファイル命名、バウンス、バックアップを必ず行う。
技術的な設定と推奨値
サンプルレートは44.1 kHzまたは48 kHzが一般的。ハイレゾ(96 kHz以上)は音質やプラグイン動作の利点がある一方でファイルサイズやCPU負荷が増します。ビット深度は24ビットを標準とすることで十分なダイナミックレンジを確保できます。録音レベルの目安としてはピークが-6 dBFS〜-12 dBFSあたりを狙う運用が多く、これによりクリッピングを避けつつミキシング時の余裕(ヘッドルーム)を残せます。専門記事でもゲインステージングの重要性が繰り返し強調されています(参考文献参照)。
マイク選びと配置の実践(楽器別)
ドラム:キックには専用のダイナミックマイクやサブキックを、スネアはスネアトップにダイナミック(例:SM57系)、フロアタムやオーバーヘッドにはコンデンサを用いて立体感を得る。位相管理とオーバーヘッドの位置調整が重要。ボーカル:ポップフィルター、適切な距離(近接効果に留意)とレベルでクリアに収録。ギター:エレキはマイクとDIの併用で音作りとリ・アンプの柔軟性を確保、アンプマイクはスピークセンター寄り/エッジ寄りでトーンを調整。ベース:DIでクリアな低域を取りつつ、必要に応じてアンプマイキングで質感を追加する。これらの基本原則はマイクメーカーや録音技術解説で共通に推奨されています(参考文献参照)。
モニタリングとヘッドフォンミックス
追い録り時のモニタリングはパフォーマンスに直結します。歌い手やソロ楽器には十分なレベルでガイドを返すが、録音系へのフィードバックは最小限にして不要な bleed を避ける。レイテンシーは演奏性を損なわないレベル(一般的に10 ms以下が望ましい)に抑える。インターフェースやバッファ設定、専用のDSPミキサーを活用して低遅延モニタリングを行うのが実用的です。
パンチイン/コンピングと編集術
パンチインは特定箇所だけ録音を置き換える手法で、歌やソロの微修正に有効です。複数テイクを重ねて最高のフレーズを選ぶ「コンピング」はボーカル編集の基本技術で、テイク間の音色差とタイミングの自然さを重視して接続点を整えます。編集時はタイムアライメント、クロスフェード、フェイズ確認が重要です。
トラッキングにおける心理的・現場の配慮
演奏者の緊張や集中は録音の質に直結します。録音環境を整え、休憩を挟み、ガイドトラックの作り込みを丁寧に行うことで高いパフォーマンスを引き出せます。スタジオ内コミュニケーション、適切なキュー出し、テンポ管理はプロの現場でも最重要項目です。
トラッカー文化とサンプラー中心のトラッキング
1980年代後半に登場した「トラッカー」ソフトウェアは、サンプルをパターン単位で配置し、チャンネルごとに音列を管理する独特のインターフェイスを持ち、デモシーンやアンダーグラウンド電子音楽で広く支持されました。現代でもRenoiseなどのソフトはトラッカー思想を継承し、サンプル中心の制作に強みを発揮します。トラッカーはいわゆるマルチトラック録音とは異なるワークフローですが、リズムやアレンジの編集効率において独自の利点があります(参照リンク参照)。
自宅録音・リモートトラッキングの実務
近年は宅録やリモートセッションが増え、品質管理とデータ管理が重要になっています。サンプルレート/ビット深度の統一、クリックあり/なしの明記、ラフミックス(ガイド)とメトロノームトラックの添付、チャンネル命名規則、L/R位相の注意点などを明確に伝えること。ファイルの送受信は高品質なWAV(ステレオ/モノ)で行い、Zip等でまとめた上でバックアップを複数保持するのが安全です。
よくある失敗と対処法
- 録音レベルのクリッピング:録音時にピークが0 dBFSを超えないように余裕を持つ。
- 位相ズレ(フェイズ):マルチマイク録音では位相チェックを怠らない。必要ならタイムアライメントを行う。
- ヘッドフォン漏れ(bleed):ボーカル録音時のヘッドフォン漏れは後の処理を難しくするため、返しの音量とヘッドフォンの遮音性を調整する。
- ファイル管理不足:命名規則やバージョン管理を怠ると編集・ミックス時に混乱する。セッションテンプレートとバックアップを常備する。
マスターとトラッキングの関係
トラッキングは最終マスタリングの土台となるため、ミックス時に十分なダイナミックレンジとヘッドルームを確保することが重要です。録音段階での過度なコンプレッションやエフェクトの常用は、ミックスおよびマスタリングの柔軟性を損なう可能性があります。各工程の役割を意識したサウンド作りが良好な最終結果につながります。
実践チェックリスト(トラッキング前)
- テンポ/拍子/キーの確定とクリックの準備
- サンプルレート・ビット深度の決定(プロジェクトで統一)
- セッションテンプレートの作成(トラック命名、インサート、バス)
- マイクとケーブルのチェック、フェイズチェック
- ヘッドフォンミックスの調整と遅延確認
- バックアップ手順の確認(外付け/クラウド)
まとめ
トラッキングは単なる録音行為にとどまらず、サウンドの基礎を作る極めて重要な工程です。技術的な理解(ゲインステージング、位相、マイク特性)と現場運用(コミュニケーション、ファイル管理)が両輪となって高品質な制作を支えます。歴史的に見ればアナログの多重録音からトラッカー文化、そして現代のDAW環境まで多様なアプローチが存在し、それぞれの利点を理解して適切に選択することが大切です。
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参考文献
- Multitrack recording — Wikipedia
- Tracker (music software) — Wikipedia
- Soundtracker (software) — Wikipedia
- Microphone Placement for Different Instruments — Shure
- Recording Levels — iZotope
- Sound On Sound — Techniques (録音/マイキング/ゲインステージ等の記事集)
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