リミッティング完全ガイド:音作りとマスタリングでの実践テクニック
リミッティングとは何か — 基本概念
リミッティング(limiting)は、オーディオ信号のピークを特定のレベル以下に抑えるダイナミクス処理の一種で、コンプレッサーの極端な形ともいえます。主な目的はクリッピングやデジタルオーバーを防ぐこと、音量を最大化して存在感を出すこと、あるいは瞬間的なピークをコントロールして再生環境での安定性を確保することです。一般的にはマスタリング工程で用いられますが、ミックス段階でも個別トラックに適用されることがあります。
歴史と背景
物理的なリミッターはアナログ機器の時代から存在し、真空管やトランスを用いたサチュレーションを伴うものが多く、音色に色付けを行うことがありました。デジタル化以降はアルゴリズムによるピーク検出やルックアヘッド(先読み)機能を持つプラグインが普及し、透明性の高い制御やTrue Peak(インターサンプルピーク)対策が可能になりました。近年は配信プラットフォームのラウドネス正規化(LUFS)基準の普及により、リミッティングの目的が単なる最大化から“適切なラウドネスでの最適化”へと変化しています。
主要なリミッターのタイプ
- ピークリミッター(brickwall limiter):設定したリミットを決して超えさせない厳格なタイプ。ディストーションやアーティファクトのリスクがあるが、オーバークリップ防止に有効。
- ルックアヘッドリミッター:入力を短時間遅延させてピークを事前に検知し滑らかに処理する。トランジェントの過度な破壊を抑えられる。
- RMS/ラウドネス感応型リミッター:瞬間ピークだけでなく平均ラウドネスを参照して動作するもので、音の塊感を作りやすい。
- マルチバンド・リミッター:周波数帯ごとに独立してリミッティングを行い、低域の過負荷を抑えつつ高域を持ち上げるような調整が可能。
- True Peak リミッター:デジタル波形のインターサンプルピーク(DACで再生した際にサンプル間で発生するピーク)を検出・制限する機能を持つ。
基本パラメーターとその効果
リミッターの主要パラメーターは次の通りです。これらを適切に操作することで透明性と存在感のバランスを取ります。
- Threshold(スレッショルド):制限を開始する入力レベル。低く設定すると多くのゲインリダクションがかかる。
- Ceiling(リミット/出力上限):最終的に出力される最大レベル。True Peak対策で-0.3〜-1.0 dBTPの範囲を利用するケースが多い。
- Attack(アタック):リミットがかかり始める速さ。速いほど瞬間ピークに即対応するが、トランジェントを潰しやすい。
- Release(リリース):ゲインリダクションを解除する速さ。短いとポンピングが出やすく、長いと圧縮感が残る。
- Lookahead(ルックアヘッド):先読み時間。トランジェントを滑らかに扱うために使用する。
- Gain/Make-up(メイクアップ):リダクションにより下がった平均レベルを持ち上げるための出力ゲイン。
リミッティングのアルゴリズム的留意点
リミッターの設計はピーク検出、ゲイン計算、適用方法(リニア/非線形)で差が出ます。透明性を追求するリミッターは適切なルックアヘッドとスマートなリリース曲線を持ち、過度なディストーション(位相歪みや高次倍音)を抑えるためにオーバーサンプリングを行うものが多いです。True Peak対応の実装は、サンプル間の鋭いスパイク(インターサンプルピーク)を予測して抑えるために重要で、配信プラットフォームや放送基準に合わせる際に必要になります。
実践:ミックスとマスタリングでの使い分け
ミックス段階では、個別トラックのトランジェント管理や個別楽器の頭出し防止にソフトなリミッターやトランジェントシェイパーを使うことが多いです。マスタリング段階では最終的なラウドネスとヘッドルームの調整、配信先に合わせたTrue Peak管理として、透明性を重視した高性能なリミッターを用います。マスタリングでの一般的なチェーンは、イコライザー(補正)→マルチバンド処理/ステレオイメージ→軽いコンプレッション→サチュレーション(必要に応じて)→リミッター→True Peakチェック→ディザリング(ビット深度を下げる場合)です。
具体的な手順と設定例
以下は典型的なマスタリングでのリミッティング手順の一例です。ジャンルや素材で大きく変わるため、あくまで出発点として参照してください。
- 素材を正しくゲインステージング(頭出しやピークを確認)する。
- 軽いEQで不要な低域や共鳴を削る(-6 dB/Octのハイパス等)。
- 必要ならばアナログ感を与える軽いサチュレーションを加える(2–3 dB相当の色付け)。
- コンプレッサーで曲全体のダイナミクスを整える(2:1〜4:1、軽いアタックとリリースで-1〜3 dBの動作が目安)。
- リミッターを挿入し、Thresholdを下げて所望のラウドネスを得る。CEILINGはTrue Peak対策として-0.3〜-1.0 dBTPが安全圏。
- リダクションはマスタリングで3 dB〜6 dB以内に収めると透明性が保たれやすいが、ジャンルによってはこれより多くなることもある。
- 最終的にLUFSとTrue Peakメーターでチェックし、ストリーミングサービスの正規化基準に合わせる(多くは-14 LUFS前後を基準にするケースが多い)。
マルチバンド&ミッドサイドでの応用
マルチバンド・リミッティングは、低域の過度な制限を避けつつ中高域をより積極的に上げるなど、周波数ごとの最適化が可能です。ミッド/サイド処理と組み合わせると、センターのボーカルやバスドラムを保ちつつサイドを広げる調整ができます。ただし、位相関係や位相回転によりステレオイメージが不自然になることがあるため、必ずモノチェックやフェーズチェックを行ってください。
よくある問題と対策
- 過度のリミッティングで音が平坦に聞こえる:ゲインリダクション量を減らす、または分割して処理(マルチバンドや並列処理)する。
- ポンピング/呼吸感(不自然なレベルの揺れ):リリースタイムを調整し、ルックアヘッドやリニアフェード的なアプローチを検討する。
- 高域の歪みやきしみ音:オーバーサンプリングのあるプラグインを使う、ソフトクリッピングやサチュレーションでトランジェントを整える。
- インターサンプルピークによる配信時のクリップ:True Peakリミッターやオーバーサンプリングで対処。
ラウドネス規格と配信への対応
ストリーミングサービスは各々ラウドネスの正規化を行っており、多くは-14 LUFS前後を目安に自動調整します(サービスによって基準は異なる)。そのため、単に最大音量を追い求めるよりも、ターゲットLUFSに対して適切なダイナミクスとスペクトルバランスを保ったマスタリングが重要です。また放送や配信用の基準(ITU-R BS.1770、EBU R128など)に合わせたTrue Peak管理とLUFS測定を行いましょう。
推奨ツールとメーター
代表的なリミッタープラグインとして、透明性と機能性で評価の高い製品がいくつかあります(例:FabFilter Pro-L、iZotope Ozone Limiter、Waves Lシリーズなど)。また、LUFSやTrue Peakを測定するためのメーター(Youlean Loudness Meter、iZotope Insight、Waves WLMなど)を併用して数字と耳の両方で確認することが推奨されます。
まとめ — 良いリミッティングの指針
- 目標を明確に:配信先のラウドネス基準や再生環境を想定する。
- 耳を最優先に:メーターは補助、最終判断は必ずリスニングで行う。
- 段階的に処理する:1つのプラグインで無理に稼ごうとせず、複数段階で少しずつ調整する。
- True Peakに注意:インターサンプルピークを考慮し、配信での破綻を防ぐ。
- ダイナミクスを尊重:曲のキャラクターを潰さない範囲での最大化を心がける。
実践チェックリスト
最終マスターを作るときの簡易チェックリスト:
- LUFS(Integrated)をターゲットに合わせたか?
- True Peakが配信基準以内か?
- 過度なゲインリダクションで音が平坦になっていないか?
- モノ互換性や位相関係をチェックしたか?
- 必要ならディザリングを行ったか(ビット深度変更時)?
参考になる読み物・学術情報
より深く理解したい場合は、ITUやEBUのラウドネス基準文書や、専門誌/技術記事(Sound On Soundなど)を参照すると実務に則した知見が得られます。また、各プラグインのマニュアルはアルゴリズムや推奨設定、True Peak対応の説明が詳しいので目を通しておくとよいでしょう。
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参考文献
- Limiter (audio processing) - Wikipedia
- ITU-R BS.1770 - Algorithms to measure audio programme loudness and true-peak audio level
- EBU R128 Loudness Recommendation (PDF)
- FabFilter Pro-L (製品ページ)
- iZotope Ozone (製品ページ)
- Sound On Sound - Practical Limiting Techniques
- Youlean Loudness Meter (LUFS計測ツール)
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