音圧補正（ラウドネス補正）完全ガイド：LUFS・True Peakから配信最適化まで

2025年12月8日 最終更新日時 : 2025年12月8日 エバープレイ編集部

音圧補正とは：概要と重要性

音圧補正（ラウドネス補正）は、楽曲や音声素材の主観的な「大きさ（ラウドネス）」を測定・調整し、再生環境や配信プラットフォームに応じて最適化する工程を指します。従来のピーク正規化やRMS（平均二乗根）ベースの調整では捉えきれない人間の聴覚特性を考慮する新しい指標（LUFS/LKFS）や真のピーク（True Peak）測定が導入され、放送やストリーミングでのノーマライズ挙動に合わせた制作が重要になっています。

測定単位と基本用語

  • LUFS / LKFS：LUFS（Loudness Units relative to Full Scale）とLKFSは同義で、ITU-R BS.1770 に基づいたラウドネスメーターで測る単位です。人間の聴覚に合わせた周波数重み付けと時間窓を用いるのが特徴です。
  • Integrated / Short-term / Momentary：Integratedは曲全体の代表ラウドネス、Short-termは3秒窓、Momentaryは400ms窓での短時間ラウドネスを示します。配信基準の多くはIntegrated値を参照します。
  • RMS：信号の平均電力（=音のエネルギー）を示しますが、LUFSほど聴感上の重み付けを反映しません。
  • ピーク / 真のピーク（True Peak, dBTP）：サンプル点での最大値（サンプルピーク）とは異なり、DA変換やエンコード過程で発生し得るインターサンプルピークを含めた最大値を示します。配信先がTrue Peakの上限を設けることが多いため重要です。

主要な規格・基準と配信サービスの目安

放送やストリーミングそれぞれに推奨・採用されるラウドネス基準があります。以下は代表的な例（サービス側のルールは変更されることがあるため、実際の配信前に各公式ドキュメントを確認してください）。

  • EBU R128（欧州放送連合）：放送基準でIntegrated = -23 LUFS（放送用途の標準）。
  • ITU-R BS.1770：LUFSの測定理論とラウドネスメーターのベースとなる規格。
  • Spotify（報告されている目安）：サービスノーマライズ目標はおおむね -14 LUFS。True Peakの余裕を確保する（-1 dBTP 推奨など）ことが多い。
  • Apple Music / iTunes（Sound Check）：一般に -16 LUFS 程度が目安と言われることが多い。
  • YouTube：公表値ではおおむね -14 LUFS 前後をターゲットとする報告が多く、True Peakに注意。

（注）各サービスの挙動はプラットフォームや設定、アップロード形式によって異なり、時間経過で方針変更が行われるため最新の公式情報を確認することが不可欠です。

なぜ音圧補正が必要か：実務上のメリットとリスク

  • メリット：配信先での自動ノーマライズにより曲間の音量差が小さくなり、リスナー体験が安定する。特にプレイリストやラジオでの再生時に重要。
  • リスク：過剰なリミッティングや圧縮でダイナミクスが失われ、音質悪化（歪み、疲労感）を招く。エンコード後のインターサンプルピークによるクリッピングにも注意。

実践ワークフロー：制作から配信までの具体的手順

以下は制作現場でよく採られる手順です。ジャンルや目的（ストリーミング、放送、CD等）に応じて調整してください。

  • 1) ゲインステージング（録音〜ミックス）

    各トラックの頭出しは十分なヘッドルームを残す。ミックス時点でマスターがピークに張り付かないよう-6〜-3 dBFS程度のヘッドルームを確保するのが一般的。

  • 2) 参照トラックの用意

    ターゲットとする配信サービスでの平均ラウドネスに近い既存曲を参照し、音色・ダイナミクス感を比較する。

  • 3) 中間調整（クリップゲイン／オートメーション）

    過度に大きいセクションはクリップゲインや本体オートメーションで調整。コンプレッサーは透明性とアタック／リリースのバランスを重視。

  • 4) ダイナミクス処理（バスコンプレッション／並列コンプ／マルチバンド）

    楽曲のキャラクターを壊さずにまとまりを出す。並列コンプレッションでパンチ感を残す手法が有効。

  • 5) リミッティング（最終段）

    マキシマイザー／リミッタでLUFS目標に近づける。True Peakが配信先の上限を超えないように設定（多くは-1〜-2 dBTPの余裕を推奨）。過度なメーター追いかけは避ける。

  • 6) 最終チェックとバウンス

    Integrated LUFS、Short-term、Momentary、True Peak を計測。必要なら微調整し、最終フォーマット（24-bit WAV等）で書き出してからビット深度変換とディザリングを行う。

具体的な設定例と注意点

  • 配信ストリーミング向けの目安：Integrated LUFS を-14〜-16 LUFS 程度に調整（サービスにより差あり）。True Peak は-1〜-2 dBTP 余裕を持たせると安全。
  • ジャンル別注意点：EDMやポップはラウドネスを高めに寄せがちだが、音の密度や低域の処理を誤るとエンコード時に不快な歪みが出ることがある。
  • リミッタの設定：過激なリダクションは位相やトランジェントを潰す。アタック／リリースやプログレッシブな処理を検討する。リニア位相処理は場合によって有効だがレイテンシーやプリエコーに注意。
  • インターサンプルピーク対策：True Peak リミッタや「dither + true peak limiting」を用いてクリッピングを防ぐ。

代表的なツールとメーター（例）

  • Youlean Loudness Meter（無料版あり）：使いやすく視覚的で、Integrated LUFSやTrue Peak測定が可能。
  • iZotope Insight：総合メータリングスイートで詳細な可視化。
  • FabFilter Pro-L（リミッタ）：True Peak機能を備え、透明性の高いリミッティングが可能。
  • NUGEN VisLM、Waves WLM：放送やプロ向けの精度の高いラウドネスメーター。

よくある誤解と対処法

  • 「LUFS を上げれば音が良くなる」：単純にLUFSを上げることは音質向上を保証しません。過度なリミッティングでダイナミクスや音色を失うリスクがあります。
  • 「ピークを抑えればOK」：サンプルピークだけでなくTrue Peakを監視しないと、圧縮や再生系でクリップが発生します。
  • 「サービスのノーマライズで勝手に揃う」：配信側のノーマライズは適用条件やユーザー設定に依存するため、制作側で適切に処理しておくことが望ましいです。

配信準備チェックリスト（短縮版）

  • マスターに十分なヘッドルームを残したか（-3〜-6 dB推奨）
  • Integrated LUFS を配信先の目安に合わせたか
  • True Peak が配信先上限を超えていないか（-1〜-2 dBTP の余裕）
  • エンコード後（MP3/AAC）でもチェックしたか
  • 参照トラックと比較してダイナミクスや音色の整合性を確認したか

まとめ

音圧補正は単なる音量合わせではなく、聴感上のバランスを保ちつつ配信先のノーマライズ挙動や技術要件（True Peak 等）に対応する一連の作業です。LUFSを中心としたラウドネスメーターとTrue Peak対策を用い、制作段階から段階的に調整することで、リスナーにとって自然で好ましい再生体験を提供できます。最終的には参照トラックや実機でのチェックを繰り返し、ジャンルや配信先に応じた最適化を行ってください。

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参考文献

ITU-R BS.1770（ラウドネス測定の国際規格）
EBU R128（欧州放送連合のラウドネス基準）
Spotify for Artists：音量正規化の説明
Apple - Sound Check（Appleの音量正規化機能に関する説明）
Youlean Loudness Meter（メーターの例）
FabFilter Pro‑L 2（リミッタ製品ページ）
LUFS（Wikipedia）

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