組込みボード入門:設計・選定・開発・量産を見通すための技術ガイド

組込みボードとは何か

組込みボードは、マイクロコントローラ(MCU)やシステム・オン・チップ(SoC)を中心に、電源、クロック、メモリ、通信インターフェース、入出力ピンなどを実装した基板で、家電・産業機器・自動車・IoTデバイスなどに組み込まれて機能を提供します。単体で動作する評価用のシングルボードコンピュータ(SBC)や、製品に組み込むためのカスタム基板まで形態は多様です。

ハードウェアの基本構成

組込みボードの基本ブロックは次の通りです。

  • プロセッサ(MCU/SoC): ARM Cortex-M/A、RISC-V、x86、NVIDIA Tegraなど。用途に応じて演算能力と消費電力を選択します。
  • メモリ: フラッシュ(プログラム領域)とRAM(実行時)。RISC/ARMベースのSBCでは外部DRAMを搭載することが多いです。
  • ストレージ: eMMC、SDカード、SPI NORなど。ログやファーム更新を考慮して選定します。
  • 電源回路: DC-DCコンバータ、LDO、電源管理IC(PMIC)。起動時電流や電源シーケンスが重要です。
  • クロック/リセット: 安定したクロック源とリセット回路はシステムの信頼性に直結します。
  • 周辺回路: UART、I2C、SPI、GPIO、ADC、PWM、CAN、Ethernet、USB、PCIeなど。
  • 物理層や機構: コネクタ、基板層構成(多層PCB)、EMI対策、熱対策(ヒートシンク、ヒートスプレッダ)など。

代表的なボードの種類

用途別に主要なカテゴリがあります。

  • SBC(シングルボードコンピュータ): Raspberry PiやBeagleBoneのようにLinuxが動作する高機能ボード。
  • MCUボード: Arduino、STM32 Nucleoなど、リアルタイム制御や低消費電力が求められる用途向け。
  • AI/エッジ推論ボード: NVIDIA Jetson、Google Coralなど、GPU/TPUを備えた推論用ボード。
  • FPGA搭載ボード: FPGAでハードウェア加速やカスタムI/O処理を実現。
  • セキュア/産業向けモジュール: 産業機器や車載向けに拡張温度・長期供給保証を備えたボード。

ソフトウェアスタックとOS

組込みボードで用いられるソフトウェアは、目的に応じて大きく分かれます。

  • Linux系: SBCや高機能機器で広く使われ、豊富なドライバとネットワーク機能、ファイルシステムを提供します。Yocto ProjectやBuildrootでカスタムイメージを作成するのが一般的です。
  • リアルタイムOS(RTOS): FreeRTOS、Zephyr、Mbed OSなどは低遅延・決定性が求められる制御用途に適します。
  • ベアメタル: ブート後すぐにアプリケーションを実行する方式。メモリや遅延にシビアな場合に有利です。
  • ブートローダ: U-Bootなどが一般的で、ブートシーケンスやOSイメージの選択、リカバリ機能を担います。

開発プロセスの流れ

典型的な開発工程は以下の通りです。

  • 要件定義: 性能、消費電力、I/O、温度範囲、コスト、認証要件を明確化。
  • プロトタイプ: 市販の評価ボード(Raspberry Pi、Nucleo、Jetsonなど)やブレッドボードで早期検証。
  • 回路設計・PCB設計: シグナルインテグリティ、電源、EMI、基板レイヤー設計を考慮。
  • ファームウェア/ソフトウェア開発: ドライバ、ミドルウェア、セキュリティ機能、OTA更新機能を実装。
  • 評価・信頼性試験: 温度サイクル、振動、EMC、長期稼働試験。
  • 量産と認証: 製造工程の確立、CE/FCC/ULなどの取得。

通信・インターフェース設計

組込み機器では多様な通信が必要です。シリアル(UART)、I2C、SPIはセンサ接続で一般的。産業用途はCAN、RS-485、Ethernet、フィールドバスを使います。ワイヤレスではWi-Fi、Bluetooth、LoRa、Cellular(LTE/5G)などがあり、アンテナ設計や認証も重要です。

リアルタイム性と決定性

制御系では応答時間の上限(デッドライン)を守る必要があり、RTOSの選択、割り込み設計、優先度管理、非同期I/Oの制御がポイントです。Linuxを使う場合はPREEMPT_RTパッチやリアルタイムカーネルの利用、またはSoC上の分離したMCUコアを併用するアーキテクチャが採られます。

セキュリティ対策

組込み機器のセキュリティは起動時の信頼性確保(Secure Boot)、ファームウェアの署名と検証、実行時の分離、暗号化、認証機構(TLS/DTLS)などが必須になっています。セキュアエレメント(例: Microchip ATECCシリーズ)、ハードウェアトラストアンカー、TPMなどを用いて秘密鍵を保護する設計が推奨されます。

電源管理と熱設計

消費電力と熱は組込み設計で無視できません。PMICによる電源シーケンス、低消費電力モードの活用、アイドル時の電流削減、熱設計(放熱パス、ヒートシンク、強制空冷)により信頼性と寿命を確保します。特に産業・車載機器では広温度レンジの部品選定が必要です。

製造と認証

量産に向けてはDFM(製造性設計)、部品の長期供給性(LTS部品)、品質管理が重要です。またEMC/EMI、電気安全(CE/FCC/UL)、環境規制(RoHS、REACH)などの取得を計画段階から織り込む必要があります。

ボード選定のポイント

組込みボードを選ぶ際のチェックリスト:

  • 性能要件(CPU、メモリ、I/O)と将来の拡張性
  • 消費電力・熱仕様と動作温度範囲
  • 必要な通信インターフェースと物理コネクタ
  • ソフトウェアエコシステム(SDK、ドライバ、OSサポート)
  • セキュリティ機能とOTA対応
  • コスト、サプライチェーンの安定性、認証対応

代表的なボードとエコシステム

学習用から産業用まで幅広い選択肢があります。例として:

  • Raspberry Pi: 教育・プロトタイプ向けでBroadcom SoCを採用し、Linuxエコシステムが豊富。
  • Arduino: MCUベースのプロトタイピングプラットフォーム。多数のシールドとコミュニティ資源がある。
  • STM32 Nucleo/Discovery: STM32マイコンを用いた開発ボードで、産業用MCUとしても広く使われる。
  • NVIDIA Jetson: エッジAI推論に強く、GPUを用いた並列処理が可能。
  • NXP i.MX系、Qualcomm、MediaTekなどの産業用/商用SoC搭載ボード。
  • RISC-Vボード: オープンアーキテクチャを活かした新興プラットフォーム。

まとめ

組込みボードは単なる基板以上のもので、ハード・ソフト・製造・認証・セキュリティを含むシステム設計が求められます。要件を明確にし、既存のエコシステムや評価ボードを活用してプロトタイプを迅速に作り、設計段階で電源・熱・セキュリティ・認証を考慮することが成功の鍵です。

参考文献