音楽における「カットアップ」技法の起源・実践・現代的応用 — 歌詞からサンプルコラージュまで
カットアップとは何か
カットアップ(cut-up)は、もともと文章や視覚素材に対して行われた「断片化と再配置」の技法であり、その断片の組み合わせによって新たな意味や偶発的な連関を生み出す手法です。音楽の領域では、歌詞や音素材(録音、レコード、テープ)を切り刻み、ランダムに、あるいは意図的に並べ替えて新しいフレーズやリズム、テクスチャを作るプロセスを指します。単純なサンプリングやループとは異なり、カットアップは「断片を断ち切って再編集すること」に焦点があり、偶然性やコラージュ美学を重視する点が特徴です。
歴史的ルーツと発展
カットアップ技法は文学の世界で、ウィリアム・S・バロウズ(William S. Burroughs)とブライオン・ギスン(Brion Gysin)によって1950年代に確立されました。彼らは新聞や既存のテキストを文字通り切り貼りして、新しい文脈や予期せぬ意味を発見しました。この文学的な実験は音の世界にも波及します。その源流としては、1940〜50年代の「ミュージック・コンクレート(musique concrète)」、磁気テープを用いたテープ編集・スプライシング、そしてエレクトロアコースティックのコラージュ手法が挙げられます。ピエール・シェフェール(Pierre Schaeffer)らによる実験録音や、ビートルズの『Revolution 9』のようなテープ・コラージュも、音楽的カットアップの先駆例と見なされます。
音楽分野での代表的な実践例
David Bowie と Brian Eno — 1970年代後半、ボウイはバロウズとギスンのカットアップ技法を歌詞作成に取り入れたことで知られています。ブライアン・イーノとの共作期には、歌詞の断片を組み合わせる手法が創作の一部になりました。
Plunderphonics(John Oswald) — 1980〜90年代に提唱された「プランダーフォニクス」は、既存音源の断片を大胆に再文脈化するもので、カットアップ的なアイデアをサンプル文化の極致として示しました。
Hip-hop とブレイクビートのチョップ — 初期ヒップホップのプロデューサーたちは、ドラムブレイクを切り分けて再配置することでリズムを構築しました。これは機能的なカットアップであり、MPCやSP-1200などのサンプラー文化へと発展しました。
コラージュ/サンプルを基盤とする作家 — DJ Shadow、The Avalanches、Danger Mouse のようなアーティストは、サンプリングと編集で物語性やテクスチャを生み出し、現代のカットアップ精神を体現しています。
技術的手法(アナログとデジタル)
カットアップの具体的な技術は時代とともに変化しましたが、基本は「素材の切断」「並べ替え」「接合(フェードやクロスフェード)」「加工(ピッチ・タイム操作、フィルタリング)」の4つです。
アナログ的手法 — リール・トゥ・リールテープでのスプライシング(テープを物理的に切って接着)、ループの作成、回転数や逆回転を利用した実験。録音技術そのものが編集ツールでした。
サンプラーとビートマシン — Akai MPC、E-mu SPシリーズなどはフレーズを切り出し、鍵盤で再配列することを容易にしました。タイムストレッチやピッチシフトでキーやテンポを合わせる手法も発展。
DAWとソフトウェア — Ableton LiveやPro Tools、LogicなどのDAW上でオーディオをスライスし、ランダム化ツールやMax for Live、スクリプトを用いて自動的に再配置するワークフローが普及。グラニュラー合成や『スタッター』プラグインによるマイクロ編集も一般的です。
アルゴリズムとAI — 最近は機械学習を使って素材を意味的に分割・再構築する試みも増え、言語モデルや音響特徴を基に新しい断片の組み合わせを提案する手法が登場しています。
実作のワークフロー(ステップバイステップ)
素材収集:レコーディング、既存音源、フィールド録音を集める。
分析・マーキング:テンポ、トランジェント、キー(必要なら)を特定し、切り出しポイントをマークする。
切断(カット):短いフレーズやサウンドイベントを切り出す。長さはミリ秒単位から数小節まで様々。
再配置:ランダム、確率、あるいは感覚的に並べ替える。リンクの接合はクロスフェードで滑らかにする。
加工:ピッチ補正、タイムストレッチ、フィルタ、エフェクトで統一感を出すか、破壊的に変化させる。
統合と編曲:断片を楽曲構造の中に組み込み、ダイナミクスやイントロ/アウトロを設計する。
美学的・表現的考察
カットアップは偶然性を取り入れることで既存の意味を解体し、新しい視点や不協和音的な美を生み出す道具です。歌詞への適用は、内省的な一貫性を破壊し、断片化されたイメージを通してリスナーに連想を促します。音そのものでは、リズムや音色の断片が予期せぬ組み合わせを作り、グルーヴやテクスチャの再定義を行います。ただし、完全なランダムはしばしば混乱を生むため、作家は偶然とコントロールのバランスを取る必要があります。
法的・倫理的側面
既存音源の断片を使うカットアップ的手法は、サンプリングの法的問題と直結します。1991年の Grand Upright Music v. Warner(ビジ・マルキー事件)はサンプリングの取り扱いに大きな影響を与え、許諾なしのサンプリングが訴訟リスクを伴うことを示しました。ジョン・オズワルドのプランダーフォニクスも訴訟や権利処理の問題が表面化した事例です。創造性と著作権のバランス、フェアユースの適用範囲、クレジットとロイヤリティ処理は実務的に重要な論点となります。
現代への応用と未来展望
今日、カットアップは単なる実験技法を越えて、ポップス、エレクトロニカ、ヒップホップ、サウンドアートまで幅広く浸透しています。ライブパフォーマンスでは、リアルタイムでのスライス&リシーケンスが常套手段となり、インタラクティブなサウンドインスタレーションやジェネレーティブ・ミュージックの基盤ともなっています。加えてAIの進展により、音響特徴や意味情報を解析して“文脈的に関連する断片”を自動的に生成・組み替えることが可能になり、カットアップの創作効率や表現の幅はさらに広がるでしょう。一方で、倫理的・法的な問題は複雑化し続けるため、クリエイターは技術と規範の両面を理解しておく必要があります。
まとめ:創造的な断片化の力
カットアップは、偶然と編集の交点で新しい表現を生む強力な手法です。歴史的には文学や前衛音楽の文脈から発して、サンプリング文化やデジタル編集技術の発展とともに多様化しました。制作にあたっては技術的なノウハウだけでなく、美学的な見立てと法的配慮が必要です。スタジオでの実験からライブでの即興、AIを使った自動化まで、カットアップは今後も音楽表現の重要なツールであり続けるでしょう。
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参考文献
- Cut-up technique - Wikipedia
- Brion Gysin - Wikipedia
- musique concrète - Britannica
- Plunderphonics - Wikipedia (John Oswald)
- Grand Upright Music, Ltd. v. Warner Bros. Records Inc. - Wikipedia
- David Bowie - Wikipedia (cut-upの使用についての記述あり)
- The Avalanches - Wikipedia (サンプルコラージュの実践例)
- DJ Shadow - Wikipedia (サンプリングを用いた作品の例)
- Revolution 9 - Wikipedia (テープコラージュの例)


