ダグラス・フェアバンクス:サイレント時代の“キング・オブ・ハリウッド”とその遺産
序章:フェアバンクスという神話
ダグラス・フェアバンクス(Douglas Fairbanks、1883年5月23日 - 1939年12月12日)は、サイレント映画時代を象徴するスターの一人であり、アクションとスワッシュバックル(剣戟)映画の代名詞として知られている。俊敏な身のこなしと軽妙なユーモア、そしてエネルギッシュなスクリーン・プレゼンスにより、彼は「キング・オブ・ハリウッド」と称された。だが彼の重要性は単に主演俳優としての成功にとどまらず、映画産業の仕組みを変えた経営者・文化人としての側面にも及ぶ。
生い立ちと出発点
フェアバンクスはコロラド州デンバー出身で、1883年に生まれた。舞台俳優としてキャリアを開始し、ブロードウェイなどで経験を積んだ後、1915年ごろから映画に進出する。初期は短編コメディや恋愛物に出演して知名度を上げ、次第に自らの得意とする機敏な体術を活かせる豪快な冒険活劇へと活躍の舞台を広げていった。
サイレント時代に築いたスター像
フェアバンクスが確固たる人気を得たのは、彼が担当した一連のスワッシュバックル映画による。以下に代表作を挙げると、その路線と彼の演技スタイルがよくわかる。
- 『マーク・オブ・ゾロ』(The Mark of Zorro, 1920)— スタイリッシュな剣戟アクションとヒーロー像の確立。
- 『三銃士』(The Three Musketeers, 1921)— 大掛かりな群像劇での軽妙さと機敏な身体表現。
- 『ロビン・フッド』(Robin Hood, 1922)— 当時としては大規模なロケと衣裳、壮大なスケール感。
- 『バグダッドの盗賊』(The Thief of Bagdad, 1924)— ファンタジー色の強い作品で、特殊効果や舞台美術の面でも注目を集めた。
これらの作品でフェアバンクスは、軽やかでユーモア溢れるヒーロー像を確立した。スタントやアクロバティックな動きを自ら厭わずにこなし、スクリーン上では「観客が夢中になれる理想的な主人公」を体現した。また、彼の持つカリスマ性と親しみやすさは、当時の大衆文化に大きな影響を与えた。
産業側での活動:ユナイテッド・アーティスツと映画界の再編
俳優としての地位を確立したフェアバンクスは、映画産業のビジネスモデルにも深く関与した。1919年、彼はチャールズ・チャップリン、メアリー・ピックフォード、D・W・グリフィスらとともにユナイテッド・アーティスツ(United Artists)を設立した。この会社は、スターや製作者が自らの作品をコントロールし、配給や利益の配分において従来のスタジオ支配からの独立を目指したもので、ハリウッドの制作・配給システムに大きな影響を与えた。
また、フェアバンクスは映画業界内での組織作りにも関与し、アカデミー(Academy of Motion Picture Arts and Sciences)の初代会長を務めるなど、映画の職能団体の成立と発展にも寄与した。彼のこうした活動は、俳優が単なるタレントではなく、産業の中心的プレイヤーとして位置づけられる道筋を作った。
私生活とピックフェア文化
私生活では、女優メアリー・ピックフォードとの結婚(1920年)が大きく注目された。二人は当時のハリウッドで最も有名なカップルとなり、彼らの住宅「ピックフェア(Pickfair)」はセレブリティの社交場として知られた。ピックフェアは単なる私邸を超え、映画界や上流文化が交差する場所として多くの著名人を集め、ハリウッド文化の象徴的存在となった。
息子であるダグラス・フェアバンクス・ジュニア(Douglas Fairbanks Jr.)も俳優となり、フェアバンクス家は2世代にわたって映画界に名を残した。
トーキー化とキャリアの変遷
1920年代後半から始まった「トーキー(話声映画)」の到来は多くのサイレントスターにとって試練であった。フェアバンクスも例外ではなく、サイレント時代に築いた身体表現中心の魅力が音声を伴う映画表現へとどう適応するかは、簡単ではなかった。しかし完全に衰退したわけではなく、プロデューサー、製作者としての手腕や、時折の映画出演を通じて芸術的・商業的な活動を続けた。
晩年は健康の問題や時代の変化もあって活動の幅が狭まるが、それでも映画史に残る多くの作品は、後続のアクション映画やヒーロー像に継承されていった。
作風と演技の特徴
フェアバンクスの演技は、スピード感とリズム、身体性に特徴がある。彼はしばしば大胆なアクションを自ら演じ、観客が感情移入しやすい「善良で機知に富んだヒーロー」を演出した。その役作りは台詞に頼らないので、国境を越えて受容されやすく、世界的な人気にもつながった。また、映像美や大道具・衣裳に力を入れることで、映画を一種のイベント化し、娯楽としての映画の価値を高めた。
文化的遺産と現代への影響
フェアバンクスの影響は単に当時の人気を超えて、ジャンル映画、スタント文化、スターの経営的役割など多方面に及ぶ。彼が確立したスワッシュバックル映画の様式は、その後の冒険映画やスーパーヒーロー映画にまで影響を与え、彼のアクション表現は後続の俳優たちが身体表現を重視する道筋を作った。また、ユナイテッド・アーティスツ設立に見られるように、クリエイター主体の制作・配給モデルは、現代の独立系製作やスター主導プロジェクトの先駆けと見なせる。
評価と再評価
フェアバンクスは生前からスターとして高く評価されていたが、サウンド映画時代以降は一時的に注目が薄れた面もある。しかし20世紀末から再評価が進み、映画史の教科書的存在として、また映画産業史の重要人物としての評価が確立されている。オリジナル・プリントの保存や復元作業により、代表作が現代の観客に再び紹介される機会も増えている。
結語:動と光の彼方に残る王者の姿
ダグラス・フェアバンクスは、演者としての華やかさと、産業改革者としての実務的手腕を併せ持っていた稀有な存在である。サイレント映画の黄金期における彼の活躍は、映像表現の可能性を拡張し、ハリウッドという文化圏の形成に深く関わった。彼が残した映像と伝説は、今日の映画を形づくる「ルーツ」の一つとして、今後も語り継がれていくだろう。
参考文献
- ウィキペディア(日本語): ダグラス・フェアバンクス
- Britannica: Douglas Fairbanks
- Academy of Motion Picture Arts and Sciences(アカデミー)
- TCM: Douglas Fairbanks
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