スタントマンの世界:技術・安全・歴史を深掘りする――映画・ドラマ制作に欠かせない職人たち

スタントマンとは何か──職務の全体像

スタントマン(スタントパーソン、スタントパフォーマー)は、俳優に代わって危険なアクションや高度な身体表現を行う専門職です。転倒、格闘、銃撃・爆発の表現、車両アクション、ワイヤーアクション、高所落下など多岐にわたる技術を担い、作品の“リアリティ”と“安全”を両立させます。近年は性別中立の職名として「スタントパーソン」と呼ばれることも増えています。

歴史と発展:草創期から現代まで

映画誕生期から、俳優自身あるいは猿回し的な職人が危険な見せ場を担当してきました。ハリウッドではヤキマ・カナット(Yakima Canutt)などの先駆者が、馬上アクションやカーチェイス、落下技術の開発と安全対策の礎を築きました。1950年代以降、スタントは職業として体系化され、コーディネーターやセカンドユニットが分担するようになりました。

主な役割と職種

  • スタントパーソン/スタントダブル:俳優の代わりに具体的な危険動作を行う。身長や体型が近いダブルが起用される。
  • スタントコーディネーター:アクション全体の振付・安全設計・リスク評価を行い、演出家や撮影監督と調整する責任者。
  • セカンドユニット監督:アクション撮影を専門に行うユニットの監督で、大規模アクションでは別チームが撮影を担う。
  • スパーリングパートナー/リハーサルスタッフ:俳優と共に格闘やアクションの反復練習を行う。

技術とトレーニングの具体例

スタントに必要な技術は幅広く、以下のようなトレーニングが日常的に行われます。

  • 身体基礎力(筋力、柔軟性、バランス)とコンディショニング
  • 格闘技、ボクシング、柔道、武術、カンフーなどの実戦技術
  • 落下(ハイフォール)技術:着地の原理、エアバッグやマットの使い方
  • ワイヤーワークとロープワーク:空中回転や飛行表現の操作
  • 乗り物操縦(車・バイク)やドリフト技術
  • 火器・爆発物の安全演出(ただし実作業は専門の火薬技師が担当)
  • 特殊効果(ブレイクアウェイ=割れやすいガラス等)の扱い
  • モーションキャプチャやパフォーマンスキャプチャの演技技術

多くのスタントマンはジムワーク、武術道場、ワイヤー専用スクール、運転訓練等で専門技術を身につけます。また、チームでの反復リハーサルが重大な事故を防ぐ鍵です。

撮影現場での安全管理――リスク評価と手順

スタント撮影は綿密な準備と手順が不可欠です。典型的なプロセスは次の通りです。

  • 事前のリスクアセスメントと演出との擦り合わせ
  • 絵コンテやプリビズ(previsualization)による事前確認
  • 安全装置(ワイヤー、ハーネス、エアバッグ、スタントマット等)の選定と点検
  • スタントミーティング(キャスト、監督、カメラ、特殊効果、スタントチーム全員による安全確認)
  • 段階的なリハーサル(スローモーション→フルスピードへ)
  • 現場における医療体制の確保(救急隊、救命措置要員)
  • 撮影後の振り返り(事故やヒヤリハットの共有)

国や制作によって規定は異なりますが、SAG‑AFTRA(米国)や各国の安全基準が現場の指針になっています。危険度が高い演出では、保険や「ハザードペイ(危険手当)」が適用されることがあります。

使用機材と特殊装置

主要な機材・装置には以下があります。

  • エアバッグ/スタントマット:高所落下の際の衝撃吸収装置。
  • ハーネス・ワイヤーシステム:空中演技や急降下の制御。
  • リギング(吊り具)とウィンチ:複雑な空中移動や回転を安定させる。
  • ブレイクアウェイ小道具:割れやすいガラス、折れやすい家具など、怪我を防ぐ仕様。
  • カーハードウェア:遠隔操作やスタント専用強化サスペンションを施した車両。
  • 特殊効果の制御盤、発火・爆破の安全インターロック(専門のSFX技術者が操作)

代表的なスタントマン/コーディネーターとその貢献

歴史的にも現代でも、スタント界には著名な人物が多数います。ヤキマ・カナットは古典的西部劇のアクションを確立し、安全技術の基礎を作りました。ヴィック・アームストロング(Vic Armstrong)はスタントダブル、コーディネーター、セカンドユニット監督として数多くの大作に携わり、伝説的存在です。チャド・スタエルスキ(Chad Stahelski)はスタントから監督へ転身し、『John Wick』シリーズで高度なガンフーやカーアクションを映画言語として確立しました。ジャッキー・チェンは自ら危険なスタントを行い、独自のチームでスタントを演出するスタイルを世界に知らしめました。

認知と評価:賞・制度・労働環境

スタントの評価は長年、映画賞の主要カテゴリーで取り上げられにくいという課題がありました。アカデミー賞(アカデミー・オブ・モーション・ピクチャー・アーツ・アンド・サイエンス)は長らくスタントを独立カテゴリーとして認めておらず、これに対する業界からの要望や議論が続いています。また、国によってはスタント専門の登録制度や協会(例:英国のBritish Stunt Register)がプロファイルや安全基準を管理しています。米国ではSAG‑AFTRAが労働条件や安全基準に関与しています。

テクノロジーの進化とスタントの未来

CGI(視覚効果)の発展により、危険度の高い場面をデジタルで補填・合成することが増えました。一方で、観客は依然として“リアルな身体表現”を求めるため、スタントの需要は続きます。モーションキャプチャやバーチャルプロダクション(LEDウォール等)の導入は、スタントとデジタル技術の協働を促しています。ドローン撮影やリモートカメラの普及は、よりダイナミックなアングルでの安全な撮影を可能にしました。

事故と教訓──安全文化の定着

残念ながら業界には重大事故の歴史もあり、それが現場の安全基準向上を促してきました。事故後の調査・報告は、リスク評価の手法、専門職の配置、緊急時のプロトコル整備に直結します。事故防止には機器の整備、訓練の反復、制作側の安全最優先の姿勢が不可欠です。

日本におけるスタント事情

日本でも映画・ドラマ・舞台でスタントは重要な役割を占めます。国外同様、ワイヤーアクションや格闘シーン、車両アクションなどが行われ、国内のスタントチームやアクションコーディネーターが活躍しています。日本独自の伝統演技や時代劇の所作と融合したスタントも多く、海外からの注目作品でも日本の技術が取り入れられることがあります。

まとめ:スタントマンの価値と今後

スタントマンは映画・ドラマの「見せ場」を作る職人であり、同時に安全管理の専門家でもあります。技術力、身体能力、演出理解、安全意識の高さが求められ、現代はデジタル技術との共存が進んでいます。観客に感動を与えつつ、現場で人命と健康を守るため、業界全体での継続的な教育と制度整備が重要です。

参考文献