ミッション:インポッシブルシリーズ — トム・クルーズとスリルの進化を読む
はじめに — なぜ「ミッション:インポッシブル」は特別か
「ミッション:インポッシブル」シリーズは、1960年代のテレビ番組を源流に持ち、1996年の映画化以降、アクション映画の定番かつ例外的な存在となった。単にスケールの大きな見せ場を積み重ねるだけでなく、俳優自らが実際に行うスタント、緻密に組まれたサスペンス構造、そしてチーム性と個の英雄像の両立といった要素が混在していることが特徴だ。本稿ではシリーズ全体の変遷、主要な監督や俳優の関わり方、代表的なスタントと撮影哲学、音楽やテーマ性、そして今後の見方までを深掘りする。
シリーズの起源と映画化までの経緯
原点は1966年に放送されたテレビシリーズ「Mission: Impossible」(製作:ブルース・ゲラー)で、秘密工作を得意とするチームが巧妙な作戦で敵を陥れるという設定が人気を博した。映画化は長年温められた企画で、1990年代に入ってトム・クルーズが主演かつ製作に加わる形で実現する。クルーズが演じるイーサン・ハントは、テレビ版のジム・フェルプスとは異なる、新たな映画的ヒーロー像として再構築された。
各作品の概観と監督による色付け
Mission: Impossible (1996)(監督:ブライアン・デ・パルマ)— シリーズ映画化第1作。スパイ映画的な緊張感と演出のニヒリズム、そして仕掛け(偽造やトリック)による驚きが前面に出た。
Mission: Impossible 2 (2000)(監督:ジョン・ウー)— 美学的なスローモーションやバレットタイム風の演出、スタイライズされたアクションが色濃い。従来のスパイ小説的緊張よりは映画的ビジュアルを優先した作り。
Mission: Impossible III (2006)(監督:J.J.エイブラムス)— キャラクターの人間関係や感情面が深く描かれ、イーサンの私生活(家族や愛)がドラマの核に置かれた点が特徴。
Mission: Impossible – Ghost Protocol (2011)(監督:ブラッド・バード)— 規模の拡大とパーソナルな危機の融合。ドバイのブルジュ・ハリファでの高所アクションなど、大胆な実景使用が注目された。
Mission: Impossible – Rogue Nation (2015)(監督:クリストファー・マッカリー)— シリーズの中でサスペンスとスパイ対決の要素を磨き上げた作品。空中での外装に張り付くような飛行機のシークエンスが印象的。
Mission: Impossible – Fallout (2018)(監督:クリストファー・マッカリー)— HALOジャンプやヘリコプター追跡など、実践的なスタントと物語の因果が直結する作り。シリーズのアクションと物語性が高次元で融合した評価を受けた。
トム・クルーズとイーサン・ハントの関係性
トム・クルーズは主演であると同時に製作にも関わり、イーサン・ハント像を映画ごとに更新してきた。ハントは典型的なワンマン・ヒーローではあるが、チーム(ルーサー、ベンジー、イルサなど)との相互依存性が物語の軸となることが多い。信頼・裏切り・自己犠牲といったスパイものの普遍的テーマを、クルーズの身体性と自己責任の哲学が色付けしている点がシリーズの魅力だ。
スタントと撮影哲学 — 「実際にやる」ことの意味
シリーズを語るうえで欠かせないのは「実撮影主義」である。多くの危険なアクションをCGに頼らず実際に撮影することで、臨場感とリアリティを担保してきた。代表的な例としては、ブラッド・バード監督作でのブルジュ・ハリファ登攀、マッカリー監督作での飛行機外装シーン(『Rogue Nation』)、および『Fallout』におけるHALOジャンプやヘリコプター追跡が挙げられる。これらは単なる見せ場ではなく、演出上の信頼構築(観客に“本当に危険がある”と感じさせる)を狙ったものだ。
脚本・構成:リドル(謎)と逆転の美学
シリーズはトリックや情報の錯綜、そして予期せぬ裏切りを用いる構成を得意とする。初期作はハッキングや偽装を中心とした“仕掛け”が脚本の中核を成したが、近年は人物の動機や相互関係がより重視されるようになった。だが、本質は変わらず「観客の見立てを裏切る」ことにある。脚本はアクションとサスペンスを等価に扱うため、場面転換やセットピース配置が非常に重要だ。
音楽とテーマ — テーマの継承と変奏
テレビ版から受け継がれたラロ・シフリン(Lalo Schifrin)のテーマはシリーズの大黒柱だ。各作品はこのテーマの引用や変奏を通じて、世代や監督が変わっても「ミッションらしさ」を保っている。スコアは場面の緊迫感やスケール感を補強し、テンポ感のある編集と相まって映画全体の推進力を高める。
商業性と批評のあいだ — シリーズが示した均衡
長期シリーズとしての存続は、興行的成功と批評的受容のバランスによって支えられる。各作品は個別に評価されたが、トム・クルーズのカリスマ性、監督の個性、そして視覚的“驚き”が一定の興行的基盤を作った。特に近年は批評家からも高評価を得ることが増え、ブロックバスターでありながら映画作法への敬意を示す作品として位置付けられている。
シリーズが映画界に残した影響
実撮影スタントの流行化:俳優自身がスタントに参加する流れを促進した。
スパイアクションのリターン:複雑なプロットとセットピースを両立させるモデルを提示した。
監督と主演の関係性:監督ごとのカラーを尊重しつつ、主演がシリーズの一貫性を担保するプロデュース・モデルが示された。
批評的視点:限界と批判点
もちろん完璧なシリーズではない。過度なスケールやテクニカルな見せ場に偏ると、人物造形やテーマの深化が犠牲になることがある。また、アクション重視の作りが暴力性や描写の均衡を欠くといった批判もある。さらに、主演俳優の強い影響力は一方で新たな解釈や主人公以外の視点を取り入れにくくする側面もある。
まとめと今後の視点
「ミッション:インポッシブル」シリーズは、現代アクション映画の一つの理想形を示している。スパイ映画としての知的興奮、俳優による身体的コミットメント、そして映像表現の刷新──これらが結びついた結果、単なる娯楽を超えた映画的体験を提供してきた。今後もシリーズが続く限り、監督ごとの色とトム・クルーズの実演主義がどのように進化するかを注視したい。


