ラウドネスマッチング完全ガイド：LUFS・R128・主要配信プラットフォーム対応とマスタリング実務

2025年12月12日 最終更新日時 : 2025年12月12日 エバープレイ編集部

ラウドネスマッチングとは何か

ラウドネスマッチング（loudness matching）とは、異なる音源や配信プラットフォーム間で再生音量の違いを最小化することを目的とした手法と考え方の総称です。単にピークレベルを揃えるのではなく、人間の聴覚特性を反映したラウドネス測定（LUFS/LKFSなど）に基づいて音量を正規化することで、曲間や配信先ごとの「音の大きさ」の不意な差を避け、リスナー体験を均質化します。

主要な指標と規格

ラウドネスの測定にはいくつかの国際規格や指標があります。主に使われるのは以下の通りです。

  • LUFS / LKFS：人間の聴感を考慮したラウドネス単位。LUFS（Loudness Units relative to Full Scale）とLKFS（Loudness, K-weighted, relative to Full Scale）はほぼ同義で、放送・配信での標準的指標になっています。
  • ITU-R BS.1770：ラウドネスメーターのアルゴリズム規格。K-weighting フィルタと時間窓を用いた測定を定義しています（BS.1770 シリーズ）。
  • EBU R128：欧州放送連合（EBU）が定めた放送向けのラウドネス規格で、統合ラウドネス（Integrated LUFS）やラウドネスレンジ（LRA）の計測・目標値を推奨します（放送では-23 LUFS が標準目標の一例）。
  • True Peak（TP）：デジタルオーディオのサンプル間で発生し得る実効ピーク値を推定した指標。デジタルリミッティングやクリップを回避するために重要です。
  • RMS：従来の平均電力指標。ラウドネス感覚を完全には反映しないため、放送/配信ではLUFS が主に用いられます。

配信プラットフォームごとの目標値（概略）

各プラットフォームは再生時に音量正規化を行い、ユーザーの体験を一定化しています。以下は公開情報や実測に基づく代表的な目標値（2020年代中盤時点の概略）です。プラットフォームは随時方針を更新するため、最新情報は各社ページを確認してください。

  • Spotify：音楽の正規化目標はおおむね-14 LUFS 程度（楽曲ジャンルやデバイスで処理が異なる場合あり）。詳しくは Spotify for Artists の案内を参照してください。
  • Apple Music / iTunes（Sound Check）：iTunes の Sound Check 機能は独自の正規化を行います。一般的には-16 LUFS 前後とされることが多いが、公式に一定の LUFS 値を明記していない場合もあります。
  • YouTube：YouTube はラウドネスを標準化しており、目標は約-14 LUFS 程度と報告されています。動画コンテンツは True Peak によるクリッピング回避も行われます。
  • 放送（例：EBU）：欧州放送では EBU R128 に基づき統合ラウドネス-23 LUFS を推奨。地域や放送局で異なる運用があるため、放送用の納品規格に従う必要があります。

注意点：各プラットフォームは正規化方式（再生時にゲイン変更するか、ファイル内メタデータを用いるか）や目標値を変更することがあります。常に最新の公式ドキュメントを確認してください。

マスタリングにおける実務的配慮

制作・マスタリング時にラウドネスマッチングを意識することで、配信後に意図しない音量低下や劣化を避けられます。実務上のポイントは次の通りです。

  • ターゲットを決める：配信先を想定し、目標 LUFS を決定します（例：Spotify向けは-14 LUFS 目安）。複数配信先に対応するなら中間的な値を採るか、マスターを分ける方法を検討します。
  • 頭出しのヘッドルーム：マスター時に十分なヘッドルーム（True Peak 余裕）を残す。多くの配信ガイドでは-1 dBTP ～ -2 dBTP を推奨しています（YouTube 等は-1 dBTP 指定のケースあり）。
  • リミッティングの使い方：過度なリミッティングで歪みやタイムベースの破綻を招かないようにし、耳での確認を行いながら統合 LUFS を調整します。
  • ダイナミクス管理：ラウドネスだけを上げると音楽の躍動感が損なわれるため、コンプレッションやマルチバンド処理は音楽性を優先して慎重に行います。
  • 測定の多重チェック：integrated（統合）、short-term、momentary、LRA（ラウドネスレンジ）、True Peak を測定し、数値と聴感の両方で確認します。

ラウドネス戦争（Loudness War）との関係

1990年代〜2000年代にかけて「ラウドネス戦争」と呼ばれる、競って音圧を上げる風潮がありました。過度なラウドネスは一時的な注目を集めましたが、クリッピング、歪み、ダイナミクスの欠如などの問題を生みました。ラウドネスマッチングの普及は、この傾向を抑え、配信側での正規化により過度なラウドネスのメリットが薄れることで、音楽制作におけるダイナミクス回復の流れにも寄与しています。

測定・可視化ツール（実用例）

ラウドネスを正確に管理するには信頼できるメーターが必須です。代表的なソフト／プラグインには以下があります（商用・無償含む）。

  • Youlean Loudness Meter（フリーミアム）— LUFS, True Peak 等を表示。
  • iZotope Insight — 包括的なビジュアライゼーション。
  • NUGEN VisLM — 放送業界でも採用される精度の高いメーター。
  • Waves WLM Loudness Meter — シンプルで使いやすいメーター。

また、ラウドネス検証用のオンラインサービス（例：Loudness Penalty）で配信プラットフォームにアップした場合のラウドネス補正や音量ペナルティを事前にシミュレーションすることができます。

メタデータと正規化方式

プラットフォームによってはファイル内メタデータ（ReplayGain 等）を利用して正規化する方式と、再生側でプレイヤーがリアルタイムにゲイン調整する方式があります。例えば、MP3 や FLAC の世界では ReplayGain が長年使われてきましたが、ストリーミングサービスは自社のアルゴリズムで再生時に正規化を行うことが一般的です。配信前にメタデータを埋めるかどうか、各サービスの仕様を確認しましょう。

実践チェックリスト（簡潔）

  • 配信先の目標 LUFS を確認する（更新チェックを定期的に）。
  • マスタリング時に統合 LUFS、short-term、momentary、LRA、True Peak を計測。
  • True Peak を基準にリミッタ設定（一般的に-1 ～ -2 dBTP を目安）。
  • 複数配信先がある場合はマスターを分けるか、中間値で妥協する戦略を採る。
  • リスナー環境（イヤホン、スピーカー、モバイル）で最終チェックを行う。

まとめ：音楽制作での実務的示唆

ラウドネスマッチングは、単なる技術的要件以上の意味を持ちます。正しく運用すればリスナー体験を向上させ、過度なラウドネス競争による音質低下を回避できます。制作現場では数値（LUFS/True Peak 等）を基準にしつつ、最終的には耳でのチェックを重視することが重要です。また、配信プラットフォームの方針は変わるため、常に最新情報を確認し、必要に応じてマスターのバージョンを分ける柔軟さを持つことをおすすめします。

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