調性分析の理論と実践:機能・形式・進行を読み解くための総合ガイド
はじめに — 調性分析とは何か
調性分析(tonal analysis/調性に基づく和声分析)は、楽曲がどのようにキー(調)を中心に構造化され、和声進行や旋律線がどの中心へ向かうかを明らかにするための方法論です。和声機能(主音:トニック、属音:ドミナント、下属音:サブドミナント)やカデンツ、転調、借用和音などを通じて、楽曲の内部的な重心や緊張と解決のダイナミクスを読み解きます。クラシックの通奏低音やロマン派以降の複雑な和声、現代ポピュラーや映画音楽にも応用できる普遍的な分析ツールです。
歴史的背景と代表的な学派
調性分析の伝統はバロック以来の通奏低音や和声法の体系化に根ざします。18–19世紀にはラモーやラッサールの理論があり、19世紀末から20世紀にかけてリーマン(Hugo Riemann)やショーンカー(Heinrich Schenker)らが異なる観点からの体系を提示しました。リーマンは和声機能の命名と関係性に重心を置き、ショーンカーは線的音の動きと長期的な構造(背景→中間→表面)に注目する分析(シャンクェリアン分析)を確立しました。20世紀後半にはローマ数字(Roman numeral)による機能表記が標準化され、音楽教育や和声分析の共通言語となりました。
基本概念:調、機能、カデンツ
調性分析の基礎概念は次の通りです。
- トニック(T): 調の安定点。I(長調)/ i(短調)に相当。
- ドミナント(D): 強い緊張をトニックへ解決させる役割。VやV7が典型。
- サブドミナント(S): ドミナントへの進行を準備する機能。IVやiiが該当。
- カデンツ(Cadence): フレーズの終止形。完全終止(V→I)、半終止(任意→V)、プラガル終止(IV→I)、欺瞞終止(V→vi)などがある。
- 転調(Modulation): 調の移行。ピボットコード(共通和音)や直接転調などの手法がある。
代表的な分析手法
調性分析には複数のアプローチがあり、目的や対象音楽によって使い分けます。
- ローマ数字分析:和声を機能的に示す最も一般的な方法。和音をI, ii, Vなどで記し、分数表記や付加音を用いて詳細化する。
- 通奏低音・フィギュアドベース分析:バロック音楽での実践に基づき、低音線と和声の関係を把握する手法。
- ショーンカー的分析(Schenkerian):表面の和声進行を背後の線的骨組みへ還元し、長期的調性構造と音の線的連続性を示す。
- 機能分析(Riemannian):和音の機能的ラベリング(T, D, S)を強調し、調関係を示す。
分析の実務:ステップ・バイ・ステップ
楽曲を実際に分析する際の実務的な手順を示します。
- 1. 調を確定する:冒頭の調号、最初と終わりの和音、旋律の中心音などから主調を推定する。短調の場合は同主短調と長調の判断に注意する(同主長調の平行調、属調など)。
- 2. 主な和声進行を把握する:主要な和声をローマ数字でラベリングし、主要なカデンツを特定する。
- 3. 旋律線と内声の動きを追う:主要な声部がどのように動き、どの和音を生成するかを追跡する。隠れた連続線(線的進行)に注目。
- 4. 転調とリハーモナイズを検出する:ピボット和音や新しい調への導入手段(共通和音、半音進行、モジュレーションのシグナル)を探す。
- 5. 特殊和音の扱い:借用和音(モード混合)、副次的(セカンダリ)ドミナント、ニーボッタン(Neapolitan)、増四度や増六の扱い(augmented-sixth)を検討する。
- 6. 構造的階層を判断する:短期的な進行と長期的なトニック中心の秩序(例えば、曲全体が単一トニックに収束するのか、複数の主要調を交互に扱うのか)をまとめる。
クロマティック和音・特殊和音の解釈
19世紀以降、クロマティシズムや複雑な和声の登場により、調性分析はより柔軟な解釈を必要とします。主な論点は次の通りです。
- 副次的ドミナント(V/Vなど):目的の和音のドミナントへ一時的に向かう和音。解決先が明確な場合に機能的に扱いやすい。
- 借用和音(モード混合):例えば、短調でIを平行長調から借用するなど、色彩的な和音は機能を混成することがある。
- ニーボッタン(N6):短調で♭II(通常は根音が上行する装飾的な機能)として扱われることが多い。
- 増六の和音(It+6, Fr+6, Ger+6):ドミナント機能を強めるために用いられる例が多く、解決方向に注意する。
- クロマティック・メディアント:同主調内での遠隔関係(III、♭IIIなど)は表情的な転調や中間色を作る。
ショーンカー分析と長期的構造
ショーンカー派は表面上の和声進行よりも、基底(Ursatz)と呼ばれる長期的骨格を重視します。代表的手順は、旋律線を減縮して長大な線的連続性(例えば1→5→1の背景的スケッチ)を引き出すことです。これにより、複雑な装飾や側属進行が本質的にどのような機能を果たしているか(装飾か構造か)を判別できます。特に古典派のソナタ形式や分節化されたフレーズでは有効な見方です。
転調の技巧:ピボットと直接転調
転調は調性楽曲の推進力を生みます。代表的な技法は以下の通りです。
- ピボット和音転調:ある和音が両方の調に共通であり、それを契機に新しい調へ移る。
- モジュレーションによる段階的導入:近接調(属調、下属調、同主調など)への段階的な導入。
- 直接転調(chromatic or abrupt modulation):共通和音を用いない急激な移行。ロマン派や近現代で多用される。
実践的なコツとよくある誤解
- 単なるラベル付けに終わらせない:ローマ数字は便利だが、ラベルを越えて音楽的な機能と聴感上の重心を常に照合する。
- 文脈を重視する:同じ和音でも文脈(前後の進行、メロディ、リズム)で機能が変わる。
- 声部の独立性を無視しない:和音は複数の声部の合成であり、個別の声部の動きが和音の意味を決めることが多い。
- 分析は説明を目的とする:分析結果は解釈を補助する道具であって、楽曲の価値判断そのものではない。
教育・作曲への応用と現代音楽への挑戦
調性分析は教育で和声理解や作曲技法を教える基礎になります。作曲家は機能的な進行やカデンツを知ることで期待を裏切る和声操作(欺瞞終止、モーダル混合、非機能和声)を狙い通りに使えます。一方で20世紀以降の前衛・ポストトナル作品では、調性自体が曖昧になるため、従来の機能分析だけでなく、モチーフの再帰性、和音の積層構造、音高クラス集合論的な手法やスペクトラル分析的視点も併用すると理解が深まります。
まとめ
調性分析は和声の機能、旋律と内声の線的動き、そして楽曲全体の調性構造を明確にするための強力な道具です。ローマ数字分析やショーンカー的還元、リーマン的機能論など複数の視点を組み合わせることで、短期的進行と長期的安定性の両面を把握できます。実務的には、調の確定、主要和声のラベリング、旋律線の追跡、転調と特殊和音の解釈という手順を踏むと効果的です。これらを通して、作曲・演奏・教育の現場で楽曲の深い理解が得られます。
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参考文献
- Encyclopaedia Britannica — Harmony (music)
- Encyclopaedia Britannica — Modulation (music)
- MusicTheory.net — Lessons(基礎和声)
- Wikipedia — Roman numeral analysis
- Wikipedia — Schenkerian analysis
- Wikipedia — Hugo Riemann
- Wikipedia — Secondary dominant
- Wikipedia — Neapolitan chord
- Wikipedia — Augmented sixth chord


