ビバップ(Bebop)──ジャズを革新した即興と複雑性の時代

ビバップとは何か

ビバップ(Bebop、和名:ビ・バップ/ビバップ)は、1930年代末から1940年代にかけてアメリカ・ニューヨークで成立した現代ジャズの最初期の様式で、スウィング時代のダンス音楽的な側面から決別し、演奏家の即興性・技術性・音楽的探究を前面に押し出した小編成(主にカルテット〜クインテット)中心のジャズです。テンポの高速化、和声の複雑化(テンションやaltered dominantsの使用、クロマティシズム)、拍節感のずらしやシンコペーション、ドラムやベースの役割の変化などを特徴とします。

誕生の背景と歴史的位置

ビバップは第二次世界大戦前後のニューヨーク、特にハーレムのクラブ(Minton’s Playhouse など)や52番街のクラブを拠点に、チャーリー・パーカー(Charlie Parker)やディジー・ガレスピー(Dizzy Gillespie)、セロニアス・モンク(Thelonious Monk)、ケニー・クラーク(Kenny Clarke)、バド・パウエル(Bud Powell)ら若手黒人ミュージシャンたちによって作り上げられました。彼らはスウィングの商業性やダンス伴奏としての機能から離れ、即興をより高度な表現手段とみなし、複雑なハーモニーや新しいフレージングを追求しました。

社会的には、戦後の人種問題、労働組合の録音禁止(1942–44年のAFMストライキ)なども背景にあり、レコーディングが制限される中でライブの場で実験が進んだこと、また黒人ミュージシャンが音楽的主導権を強めようとした文化的潮流がビバップの成立に寄与しました。

主要な音楽的特徴

  • 即興の中心化:ソロ(即興)が曲の中心となり、コンテスト的な技術と創造性が重視される。
  • 和声の拡張:三和音中心のスウィングから、9th・11th・13thなどのテンションやaltered dominants、クロマティックな進行、トライトーン代替などが多用される。
  • リズムの複雑化:高速テンポ、シンコペーション、ドラムの“dropping bombs”(バスドラムのアクセント)やスネアのポリリズムなど、リズム表現が自由化。
  • 小編成の重視:肺活量・技巧を要する管楽器ソロを中心とした四〜五重奏が主流。
  • コントラファクトの使用:既存のコード進行に新しいメロディを載せる手法(例:"Ornithology"など)が盛んに行われた。

即興と演奏技法の具体例

チャーリー・パーカーは非常に高速で流麗なライン、クロマチックなアプローチ音、動的なリズムの切り裂き(rhythmic displacement)を特徴としました。ディジー・ガレスピーは高音域の技術とハーモニーの拡張、そしてアフロ・キューバン的なリズムの導入によりビバップの言語を豊かにしました。セロニアス・モンクは和音の不協和音的処理とリズムの意外性で独自の世界を構築し、バド・パウエルはピアノでサックス的なラインを再現することで、ビバップの語法を鍵盤楽器に移植しました。

ドラムではケニー・クラークがスウィングの“4ビート”に代えてライドシンバルで時間を刻み、バスドラムやスネアを装飾的に用いることでリズムの自由度を高めました。ベースはウォーキングベースを確立し、リズムを牽引しながらソロのベースラインを支えました。

作曲技法:コントラファクトとヘッド/ソロ構造

ビバップでは既存のスタンダード曲のコード進行を借用し(コントラファクト)、新しいメロディを作ることが一般的でした。これは著作権やレパートリーの面だけでなく、演奏者が既知のハーモニー上で新たな即興表現を試すための実践的手段でもありました。曲の構造は通常、イントロ→ヘッド(テーマ)→ソロ群→ヘッド→エンディングという「ヘッド・ソロ・ヘッド」の形式が確立され、ソロが楽曲の中心的な見せ場となりました。

代表的な楽曲と録音

ビバップを代表する楽曲と録音は多数ありますが、その中でも次のようなものが特に重要です。

  • "Ko-Ko"(Charlie Parker) — 初期ビバップの象徴的録音の一つ。
  • "Ornithology"(Charlie Parker 関連) — コントラファクトの代表例。
  • "A Night in Tunisia" / "Manteca"(Dizzy Gillespie) — アフロ・キューバン要素を取り入れた作品。
  • セロニアス・モンクの初期作品群 — 独特な和声感とメロディ形成。

録音と普及:レーベルとメディアの役割

ビバップの重要な録音はSavoy、Dial、Blue Note、Capitolなどのレーベルによって残され、ラジオや夜のクラブでの生演奏を通じて拡散されました。AFMストライキの影響でスタジオ録音が制限された時期もあり、ライブの場でアイデアが練られることが多かったのも特徴です。戦後の録音技術とレコード市場の成長により、1940年代後半から1950年代にかけてビバップは広く知れ渡りました。

文化的・社会的意義

ビバップは単なる音楽的革新に留まらず、演奏者の芸術的自律や黒人ミュージシャンの自己表現の拡張を意味しました。商業的成功を目的とするスウィングバンドとは一線を画し、音楽を芸術として追求する姿勢は後のモダンジャズ(クールジャズ、ハードバップ、モード・ジャズ)へとつながります。同時に聴衆の趣味が分化し、ダンス音楽としてのジャズから、聴取するためのジャズへという転換も促しました。

ビバップの遺産と現代への影響

ビバップで確立された即興の語法や和声・リズムの拡張は、ジャズ教育やジャズ理論の基礎となりました。多くの現代ジャズ奏者はビバップの言語を基盤としており、モード奏法やフリージャズなどその後の潮流もビバップの発展なくしては理解しづらいものです。また、白人ミュージシャンやヨーロッパのジャズにも影響を与え、国際的にジャズ言語が拡散しました。

演奏者への実践的示唆

ビバップを学ぶ上での具体的な方法としては、以下が有効です。

  • スタンダード曲のコード進行(特に"I Got Rhythm"のリズムチェンジ)に対するコントラファクトを多数学ぶ。
  • チャーリー・パーカーやバド・パウエルのフレージングを耳コピーして、クロマティックなアプローチ音やリズムのずらしを体得する。
  • テンポを段階的に上げて練習し、速いテンポでも明瞭にフレーズを弾けるようにする。
  • ドラムとベースとのインタープレイ(リズムセクションとの対話)を重視する。

結論

ビバップは20世紀ジャズ史における転換点であり、演奏者の即興表現、和声的・リズム的探究、そして音楽そのものの芸術性を押し上げたムーブメントです。チャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーらによって開かれた言語は、その後のモダンジャズ全般の基礎を築き、今日のジャズ演奏・教育・理論に深く根付いています。

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参考文献