モーダル・ジャズの深層:理論・歴史・演奏実践ガイド

モーダル・ジャズとは何か

モーダル・ジャズとは、従来の機能和声(トニック、ドミナント、サブドミナントなどの和声進行)に依存するのではなく、モード(旋法)やスケールを中心に据えた即興とアレンジの手法を特徴とするジャズの潮流です。コードの短い循環や一つのモードに基づく長いヴァンプ(繰り返し)を用いることで、演奏者はより旋律的・色彩的な即興を行うことが可能になります。モード(Dorian、Mixolydian、Lydianなど)は、単にスケールを指すだけでなく、そのスケールが示す音階中心(トニック)に対する音の対処法、テンションの作り方、和声の捉え方を含みます。

歴史と起源

モーダルなアプローチの起源は西洋音楽の古い旋法や民俗音楽、そして印象派(ドビュッシーやラヴェル)や非西洋音楽の影響まで遡れます。しかし、ジャズの文脈で「モーダル・ジャズ」が一斉に注目を集めたのは1950年代後半から1960年代初頭です。理論的背景としてはジョージ・ラッセル(George Russell)の『The Lydian Chromatic Concept of Tonal Organization』(初版1953年)が重要で、これがモード中心の即興理論を提示し多くの演奏家に影響を与えました。

実際のブレイクスルーとしては、マイルス・デイヴィスの『Kind of Blue』(1959年)が象徴的です。このアルバムは「So What」などの楽曲で明確にモードを用いた構成を採り、ビル・エヴァンスやジョン・コルトレーンらの即興がモーダルアプローチの可能性を世に示しました。その後コルトレーンは『My Favorite Things』(1961年)や『Impressions』(1963年)などでモードとレイガの影響を組み合わせ、より長く持続するモーダル・ヴァンプで即興を拡張しました。

理論的特徴:モードとハーモニーの扱い

モーダル・ジャズで重要なのは「コードを超えたスケール中心の考え方」です。具体的には次のような特徴があります。

  • 静的なハーモニー:コード進行が頻繁に移り変わらず、1〜2小節もしくは曲の大半を通して一つのモードに留まることが多い。
  • モードの選択:Dorian(ドリアン)、Mixolydian(ミクソリディアン)、Lydian(リディアン)などが主要に用いられ、それぞれ異なるテンション(9, 11, 13など)の感覚を与える。
  • テンションの重視:伝統的なコード機能に依らず、スケール内のテンション音(例えばDorianでは6th、Mixolydianではb7など)を旋律と和音の両面で活用する。
  • モチーフの反復と変化:長い一つのモード上でモチーフ(短いメロディックセル)を反復し、リズムや音形で変化させることでドラマを作る。

代表的なモードとその使用感

  • Ionian(イオニアン) — 現代のメジャースケール。明るく安定した響き。
  • Dorian(ドリアン) — マイナー系だが6度が上がるため暖かく伸びやか。モーダル・ジャズで多用。
  • Phrygian(フリジアン) — 独特の暗さとエキゾチックな色彩(b2を含む)。
  • Lydian(リディアン) — #4を持つため浮遊感・拡張感が強い。ジョージ・ラッセルが強調。
  • Mixolydian(ミクソリディアン) — ドミナント系の響きを持ち、ブルースやロックとの親和性が高い。
  • Aeolian / Locrian — マイナーテイストや不安定さを出す場合に使用されるが、Locrianは実用上限定的。

演奏・アレンジの実践テクニック

モーダル演奏を実践する際の具体的な手法をいくつか挙げます。

  • ドローン(持続音)に合わせた練習:基音をドローンとして鳴らし、その上で各モードの音を使ってメロディを作るとモード感覚が養われる。
  • モチーフ展開:短いリズム化されたモチーフを作り、モード内でインターバルやリズムを変えながら展開する。
  • テンションの色づけ:スケール内の9th, 11th, 13th音をどのようにアクセントするかでフレーズの色合いが変わる。例えばDorianは6th(13th)が重要。
  • リズムセクションの役割変化:モーダルではベースがトニックを支えると同時にリズム・アクセントを作り、ピアノ/ギターはオープンなボイシング(特に四度の和音=quartal voicings)で色彩を付けることが多い。
  • ハーモニック・レイヤーの制御:和音を頻繁に動かさない代わりに、繰り返しと微妙なテンション変化でダイナミクスを作る。

代表的な録音とミュージシャン

必聴盤としてはマイルス・デイヴィス『Kind of Blue』(1959年)があります。このアルバムはモーダルの教本とも言える存在で、特に「So What」はDドリアンを中心にした構造で知られます。ジョン・コルトレーンはソロ作・カルテット作双方でモードを拡張し、『My Favorite Things』や『Impressions』でその実験を続けました。また、ビル・エヴァンスの『Peace Piece』や、モード的要素を取り入れたハードバップ/ポストバップ以降の演奏も重要です。

モーダル・ジャズがジャズ全体に与えた影響

モーダル・ジャズはハーモニーの束縛から即興を解き放ち、旋律的・リズミカルな探究を促しました。これによりフリー・ジャズやフュージョンへの道が開かれ、非西洋音楽や宗教的・瞑想的な要素(コルトレーンのインド音楽的探求など)がジャズに取り込まれていきます。さらにロックやポップスにもモード的な手法が浸透し、ヴァンプを基盤とした楽曲構造やスケール中心のアプローチは現代の多くのジャンルに影響を与えています。

批評的視点と限界

モーダルのアプローチは表現の自由を拡大した一方で、長時間のモード固定が単調になり得るという批判もあります。また、機能和声の巧みな動きや複雑な進行が持つドラマ性が失われることもあり、最終的には演奏者のアイディアとダイナミクスのコントロールが重要になります。優れたモーダル演奏は単に同じモードを延々と弾くのではなく、モチーフ、リズム、音色、テンションの変化で聴き手を引きつけます。

実践的な練習メニュー(初心者〜中級者向け)

  • ドローンA(トニック)を鳴らしながら各モードでフレーズ作成(各モード15分)
  • Dorianでのモチーフ展開練習:8小節内でモチーフを反復し徐々に変化させる(30分)
  • リズムセクションとのインタープレイ:ピアノ/ベースと1曲をモードで通して即興(実践セッション)
  • 著名曲コピー:『So What』のテーマとソロを解析してモード的構造を理解する

まとめ

モーダル・ジャズは、スケールとモードを中心に据えることで即興表現の幅を飛躍的に拡げた重要な潮流です。ジョージ・ラッセルの理論的提言、マイルス・デイヴィスの実践、ジョン・コルトレーンらの探求により確立され、今日のジャズや近代音楽全般に深い影響を残しています。技術的にはモードの音色感、テンションの扱い、モチーフ展開とリズムの工夫が鍵となります。演奏者は理論と耳の両方を鍛え、単なるスケールの羅列に終わらない表現を追求することが求められます。

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参考文献