マルチバンドコンプレッション完全ガイド:原理・設定・実践テクニックとよくある誤解

はじめに — マルチバンドコンプレッションとは何か

マルチバンドコンプレッション(Multiband Compression)は、音声信号を複数の周波数帯域に分割し、それぞれ独立してコンプレッションを適用するプロセスです。全体に対して一律に作用するフルバンド(単一バンド)コンプレッサーと異なり、低域・中域・高域ごとにダイナミクスを制御できるため、ミックスやマスタリングでの細かな調整が可能になります。

本コラムでは、基礎理論から具体的な設定、実践的なワークフロー、よくある誤解やトラブルシュートまで、プロの現場で使えるノウハウを網羅的に解説します。

基本概念と構成要素

  • クロスオーバー(分割): 音声を帯域ごとに分けるフィルタ(通常は2~6バンド)。クロスオーバー周波数とフィルタ特性(IIR/リンク型、線形位相など)が音の自然さに影響します。

  • バンドごとのコンプ設定: 各バンドに対してスレッショルド、レシオ、アタック、リリース、メイクアップゲインが設定可能。これにより局所的なダイナミクス制御ができます。

  • ソロ/バイパス: 各バンドをソロして聴く機能は問題の特定に有効。ただしソロ時のゲインと位相変化に注意してください。

  • リンク/サイドチェインオプション: ステレオバンド間のリンクや外部サイドチェイン入力があるプラグインもあり、用途は多彩です。

クロスオーバー設計の考え方

クロスオーバー周波数の設定がサウンドの自然さに直結します。低域(20–120Hz)、ロー・ミッド(120–500Hz)、ミッド(500–2kHz)、ハイ・ミッド(2–6kHz)、ハイ(6kHz以上)という分割は目安です。重要なのは楽曲の帯域構成に合わせることです。

フィルタの位相特性にも注意が必要です。IIR(最低位相)フィルタは遅延が少なくCPU負荷が低い反面、位相変化を生じます。線形位相フィルタは位相整合を保つ一方でプリリンギングや遅延(レーテンシー)が発生することがあります。マスタリングでの透明性を優先する場合は線形位相型が好まれることが多いですが、ドラムバスなどリアルタイム性が重要な場面ではIIRが実用的です。

各パラメータの実践的設定ガイド

  • スレッショルド(Threshold): どのレベルから圧縮を開始するか。低域は一時的なピークを抑えたい場合は高めに(つまり深く圧縮する)、透明にしたい場合は緩めに設定します。

  • レシオ(Ratio): 圧縮の強さ。マスタリングでは2:1〜4:1、アグレッシブなポンピング効果を狙う場合は6:1以上も使用します。個々のバンドで目的に応じて調整します。

  • アタック(Attack): 圧縮がかかる速さ。ドラムのパンチを残したければアタックを遅めにしてトランジェントを通します。逆に低域のピークを素早く抑えたい場合は速いアタックを選びます。

  • リリース(Release): 圧縮解除の速さ。楽曲のテンポやフレーズ長に合わせて調整すると自然に働きます。プログラム・オートメーションや可変リリース(トランジェントに同期)機能を持つプラグインは非常に有効です。

  • メイクアップゲイン: 圧縮で下がった平均音量を補うためのゲイン。全体のバランスとクリップに注意しながら調整します。

用途別の典型的セッティング例

  • ドラムバス: 低域バンドはキックの一貫性を保つために速いアタックと中間〜高めのレシオ、短めのリリース。スネアやスナップはハイ・ミッドをゆるく圧縮して定位感を出す。

  • ボーカル: フルバンドのコンプと併用することが多く、ハイ・ミッド(2–6kHz)を繊細に制御してサビでの刺さりやシビランスを抑える。低域はポップやブレスの影響を抑える目的でソフトに。

  • ベース: 低域を安定させるために強めの圧縮。ミッド帯域は保持しつつ、ボーカルやキックとのマスクを避けるために個別に処理。

  • マスタリング: 各バンドを緩めに設定してバランスを整える。過剰なバンド圧縮は位相やステレオイメージを損ねるので注意。

よくある誤解と注意点

  • 「マルチバンド=万能」ではない: 過度に適用すると位相の崩れや不自然なポンピング、音像の歪みを招きます。目的を明確にして必要最小限の処理に留めることが大切です。

  • ソロでの判断ミス: バンドをソロして聞くと問題の所在が明確になりますが、ソロ状態でのゲインや位相が実際のミックスと異なることがあるため、必ず全体で再確認してください。

  • 位相と遅延の影響: 線形位相クロスオーバーは位相の整合性を保つが遅延を発生させる。プラグイン間の遅延補正やDAWのレーテンシー管理に注意が必要です。

視覚的・計測的なアプローチ

耳だけでなくメーター類も活用しましょう。各バンドのゲインリダクションメーター、スペクトラムアナライザー、K-weightedラウドネスメーター(LUFS)などを併用すると効果の因果関係を把握しやすくなります。特にマスタリングでは、ラウドネスとダイナミックレンジ(DR値)を両立させるために視覚情報が役立ちます。

実践ワークフローの提案

  1. 問題を特定する: スペクトラムと耳で不均衡な帯域やピーク、マスキング箇所を見つける。

  2. 最小限のバンドから開始: まず2〜3バンドで低域と中高域の問題点に対処し、必要に応じて細分化する。

  3. ソロと全体を往復: バンドをソロにして調整 → 全体で確認 を繰り返す。

  4. 微調整とリスニング: アタック/リリースを少しずつ変えて最良のトランジェント感と持続感を探る。

  5. 最終チェック: 位相、ステレオイメージ、ラウドネス、クリッピングを確認。

トラブルシュートと改善テクニック

  • 不自然なポンピング: アタック/リリースの時間設定が楽曲のダイナミクスと合っていない可能性。リリースを速くしすぎるとポンピングが目立ちます。レシオやスレッショルドを緩めるか、特定バンドのみの処理に切り替えてください。

  • 定位のズレ・位相の不統一: 線形位相設定や遅延補正を検討。プラグイン群で遅延が生じる場合はDAWの遅延補正を有効にしましょう。

  • 過度な明瞭化での疲れ: ハイミッドで過剰に圧縮・持ち上げると耳が疲れる音になります。EQやサチュレーションと組み合わせる方が自然なこともあります。

代表的なプラグインと特徴(例)

  • FabFilter Pro-MB: 柔軟なバンド形状とソロ、ダイナミックEQ的な使い方も可能。ビジュアルが優秀。

  • iZotope Ozone Multiband: マスタリング用途に特化した機能とプリセットが豊富。

  • Waves C4/C6: 昔から定番の安定したマルチバンドツール。軽量で使いやすい。

  • DAW内蔵のマルチバンド: ロジック、Pro Tools、Cubaseなどには基本的なものが備わっているのでまずはそれで学ぶのも有効。

応用テクニック

  • ダイナミックEQとの使い分け: マルチバンドコンプは広帯域なダイナミクスコントロール向け、ダイナミックEQは特定周波数の動的補正に適しています。プラグインによっては両機能を兼ねるものもあります。

  • サイドチェインでのリズムとの同期: キックに合わせてベース低域を一時的に下げるなど、ミックス上のスペース確保に使えます。

  • ステレオ幅の制御: 低域だけモノラルにまとめる処理や、高域をわずかにステレオ拡大するテクニックと併用すると効果的。

まとめ — アートとサイエンスのバランス

マルチバンドコンプレッションは非常に強力なツールである一方、誤用すれば音を台無しにする危険もあります。理論(クロスオーバー、位相、時間定数)を理解し、耳とメーターを併用して目的に応じた最小限の処理を行うことが重要です。まずはシンプルな設定から始め、楽曲の要件に応じて柔軟にバンド数やパラメータを増やしていくことを推奨します。

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参考文献