ジャック・リヴェット:演劇性と即興が生んだ映画の迷宮を歩く
ジャック・リヴェットとは
ジャック・リヴェット(Jacques Rivette、1928年3月1日 - 2016年1月29日)は、フランス・ヌーヴェルヴァーグを代表する映画監督の一人であり、批評家としても著名です。ルーアン出身で、1950年代から映画雑誌「カイエ・デュ・シネマ(Cahiers du Cinéma)」の主要メンバーとして活動し、フランソワ・トリュフォー、ジャン=リュック・ゴダール、エリック・ロメール、クロード・シャブロルらとともに戦後フランス映画に大きな影響を与えました。監督としては短編『Le Coup du berger(1956)』をはじめ、長編『Paris nous appartient(パリは彼らのもの)』(公開1961年)などを発表し、実験的で長尺の作品群によって国際的評価を確立しました。
作風の特徴:演劇性、即興、長尺化
リヴェットの映画は、演劇性と即興性が強く結びついているのが特徴です。舞台的なリハーサル過程をそのまま撮影に取り込んだり、俳優との共同創作(台本の一部が即興で埋められること)が行われたりします。物語はしばしば断片化され、謎めいた出来事や会話の積み重ねによって観客に解釈の余地を残す作りです。また、長時間のワンショットや長尺の編集を用いることで時間の流れそのものを映画の主題に据えることが多く、観客に「読む」ことを要求する映画を作りました。
代表作とその読み解き
『Le Coup du berger(1956、短編)』
リヴェットの初期短編。ヌーヴェルヴァーグの精神を端的に示す作品で、軽やかな恋愛劇の中に綿密なカメラワークと編集が光ります。若い映画人としての創意が確認できる一作です。
『Paris nous appartient(パリは彼らのもの、1961)』
リヴェットの長編処女作にあたるこの作品は、パリを舞台にしたミステリアスなドラマです。集団と個人、日常と陰謀が曖昧に交差する構成で、後の作品に通底する“集団劇”的関心が既に表れています。
『La Religieuse(修道女、1966)』
ドゥニ・ディドロの小説を底本にしたこの映画では、修道院という閉鎖空間を通じて個人と制度の衝突を描きます。演劇的な設定と女優の身体表現を通して、視線や権力の問題を鋭く呈示しました。
『L'Amour fou(狂恋、1969)』
劇団をめぐるドキュメンタリー的映像と、私的な別れの記録が交差する作品。リヴェット自身の日常や創作過程を映し出し、演劇と映画の境界を曖昧にする試みです。
『Out 1(1971)』
リヴェットの実験精神が極まった代表作。長時間版はおよそ760分(約12時間40分)に及び、即興と分岐する物語を用いて共同体と陰謀の主題を追求します。劇場的なリハーサルと撮影、俳優群の即興による未知の生成が記録され、公開や流通の面でも伝説的な作品です。
『Céline et Julie vont en bateau(セリーヌとジュリー、1974)』
女性二人の友情と遊戯的な物語構造が際立つ作品で、フェミニンな視線、物語の入れ子、幻想と現実の混淆が軽やかに描かれます。リヴェットのなかでも最も親しみやすく、同時に構造的に野心的な一作と評価されています。
『La Belle Noiseuse(1991)』
画家とモデルをめぐる長尺ドラマで、創作そのもの、視線と再現の問題を丁寧に掘り下げます。オリジナルは約4時間の長尺で、制作過程と完成作の間にある緊張を映画的に可視化しています。
『Va savoir(2001)』
演劇的要素と人間関係の機微を交差させた中期以降の代表作のひとつ。かつての劇評家としての観察眼と映画の演出が融合した、熟練の語り口が特徴です。
制作手法と俳優との関係
リヴェットは俳優を単なる道具としてではなく、共同制作者として扱いました。台本の骨格を用意した上で、リハーサルや即興を通じて台詞や動きを育てていく手法を好み、ブル・オジエ(Bulle Ogier)やジュリエット・ベルト(Juliet Berto)、ドミニク・ラブリエ(Dominique Labourier)らのような俳優たちと繰り返し仕事をしました。撮影では長回しや長尺編集を多用し、時間の経過や俳優の身体・表情の変化を映像の主題に据えることが多いです。
映画理論的背景とカイエ・デュ・シネマとの関係
カイエの批評精神を体現するリヴェットは、オーソリティ的な作家主義(auteur theory)の延長にありながらも、映画の定形的ジャンルよりは演劇や即興の影響を受けた“共同的オーサーシップ”に関心を寄せました。映画を完成形として示すのではなく、生成過程そのものを可視化することで、観客に上映体験を通じた解釈と参与を求める作家でした。
評価と影響
リヴェットの実験性は当初、商業的成功からは遠いものでしたが、批評家や作家・映画監督たちから根強い敬意を集めました。長尺作品や構造実験は後の長編実験映画やフェミニスト映画、インディペンデント映画に影響を与え、映画祭やアーカイブによる再評価も進みました。彼の作風は「映画の遊び場」を示すものであり、観客の想像力を刺激する点で今日も重要視されています。
晩年と遺産
リヴェットは2016年にパリで亡くなりましたが、その映画的遺産は現在の映画教育や美術館的上映、復元・保存活動を通じて生き続けています。特に『Out 1』や『Céline et Julie』、『La Belle Noiseuse』のような作品は、再上映やディスカッションの対象となり、映画表現の可能性を問い続けています。
鑑賞のためのポイント
- 即興や台本の断片が多い点を踏まえ、セリフや出来事を文字通りの説明として追うより、場面の変化や俳優の振る舞い、繰り返されるモチーフに注目する。
- 長尺作品では時間そのものがテーマになるため、編集や間(ま)の扱いに意識を向けると深い理解につながる。
- 演劇的要素(リハーサルや舞台装置的場面)と映画的介入(カメラワーク、カット)がどのように響き合うかを観察すると、リヴェット独自の手法が見えてくる。
参考文献
Jacques Rivette obituary | The Guardian (2016)
Criterion Collection(リヴェット作品の解説や収録情報を含む)


