音声マスタリング完全ガイド:プロ品質の仕上げ方と実践テクニック

音声マスタリングとは何か

音声マスタリングは、ミックスされたステレオ(あるいはマルチステム)音源を最終的な配信・物理メディア向けに最適化するプロセスです。目的は音質の均一化、再生環境やフォーマットに応じた最適化、曲間やアルバム全体のまとまりの確保、そして商業的に望ましい音量感の実現などです。マスタリングは単なる音量を上げる作業ではなく、音像の明瞭化、ダイナミクスの管理、周波数バランスの調整、ステレオイメージの調整、ノイズや不要な低域成分の削除、そして最終的なフォーマット変換(サンプルレート・ビット深度・エンコード)まで含みます。

基礎用語とメトリクス

正確なマスタリングには各種メトリクスの理解が必須です。

  • LUFS(Loudness Units relative to Full Scale):ITU-R BS.1770に基づくラウドネスの単位。統合(Integrated)、ショートターム、モーメンタリーで測定されます。ストリーミングサービスの正規化はLUFSに基づくことが一般的です。
  • True Peak(真のピーク):DAコンバータ後のインターサンプルピークを含む実際のピーク値を示します。0 dBFSを超えるインターサンプルピークはクリッピングを生むため、通常マスターでは安全マージン(例:-1.0 dBTP〜-2.0 dBTP)を設けます。
  • RMS:実効値に近い平均的な音量指標。LUFSとは異なり、聴感補正が無い指標です。
  • ダイナミックレンジ(DR):最大エネルギーと平均的なレベル差。ジャンルや意図に応じて適正なDRを保ちます。

ストリーミングサービス別の正規化目安(概要)

各サービスは独自にラウドネス正規化を行います。基準は随時変更されるため最新の公式情報を確認してください。代表的な目安は次の通りです(執筆時点の一般的なガイドライン):

  • Spotify:ターゲットはおおむね-14 LUFS(統合)とされることが多く、曲がそれより大きい場合は自動的にゲインを下げる。True peakに関する推奨マージンを設けること。
  • YouTube:平均的には-13〜-15 LUFSの範囲で正規化されることが多い。
  • Apple Music(Sound Check):おおむね-16 LUFS程度を基準にすることが報告されている。

注意:これらは目安であり、各サービスの実装やユーザー設定によって差があります。配信先ごとの公式ドキュメントを確認する習慣をつけましょう。

マスタリングのシグナルチェインとワークフロー

典型的なマスターチェインとその役割は以下の通りです。

  • ルームとモニタリングの確認:正確な判断のためにルーム補正と定常的な参照音量を確保します(例:K-system等の基準)。
  • トラックのチェックとゲインステージング:クリップやDCオフセット、不要なノイズを除去し、適切なヘッドルームを確保します。
  • イコライザ(補正用EQ):不要な共振や過剰な低域の削除(ハイパス)、中低域の濁りを整理、必要に応じて存在感や明瞭感を調整します。高域の“空気”を軽く付与する場合もありますが、過剰なブーストは避けます。
  • ダイナミクス処理(圧縮・マルチバンド):トラックのピークを滑らかにし、曲全体のまとまりを作る。マルチバンドは帯域ごとに異なるコンプレッションが可能です。
  • サチュレーション/アナログエミュレーション:音に倍音を与え、聴感上の厚みや暖かさを加える。過度に使うと歪みや過度なコンプ感を生む。
  • ステレオイメージング(Mid/Side処理):センター要素の明瞭化やサイドの拡張で立体感を調整。ただし位相問題やモノ再生時の崩れに注意。
  • リミッティング:最終的にピークを制限して目標ラウドネスに寄せる。アタック・リリース・ルックアヘッドを慎重に設定し、過度なダイナミクス圧縮を避ける。
  • 最終ゲインとフォーマット変換:配信フォーマットに合わせたサンプルレート/ビット深度へ変換。16ビットにビット深度を落とす場合は必ずディザ処理を施します。

EQの実践的アプローチ

マスタリングEQは「補正」が基本です。具体的には:

  • 低域(20〜120Hz):不要な超低域はハイパスでカット(ジャンルに応じて30Hz〜40Hzを基準に)。サブベースが必要な曲は注意深く処理。
  • 中低域(120〜500Hz):濁りや重さをチェック。300Hz付近の過積もりはマスキング要因になりやすい。
  • 中域(500Hz〜2kHz):ボーカルや主要楽器の存在感が決まる帯域。ここをいじると曲の「面」が変わるため慎重に。
  • 高域(2kHz〜20kHz):明瞭感やアタック、空気感を調整。シェルビングや小さなブーストで透明感を付与することが多いが、シビランス(s音)には注意。

コンプレッションとダイナミクス管理

マスタリングコンプレッサーはミックスの色付けとダイナミクスの安定化に使います。主なポイント:

  • スレッショルドは浅く、比率は低め(例:1.5:1〜3:1)でゆっくりと作用させることが多い。
  • アタック/リリースは曲のグルーブに合わせて設定。速いアタックはアタック感を潰し、遅いアタックはトランジェントを残します。
  • ニューマチック(バスコンプ)での軽いグルーブ作りや、マルチバンドコンプレッサーで帯域ごとの過剰な動きをコントロールします。

リミッターとラウドネスのバランス

リミッターは最終的なピーク制御と目標ラウドネスの達成に使いますが、過度なリミッティングはサウンド疲労や音像の平坦化を招きます。注意点:

  • 目標LUFSに達するために極端にレシオを上げない。必要ならミックスやアレンジ段階で再調整する。
  • True peakの許容値は配信先に応じて設定。一般的に-1.0 dBTP前後が安全ラインとされることが多い。
  • リリースを短くするとポンプ感が出やすく、長すぎるとラウドネスを稼ぎにくくなるため曲ごとに最適化する。

ステレオと位相管理(Mid/Side)

Mid/Side処理はセンター情報(ボーカル、キック、バス)とサイド情報(ステレオ感、空間)を個別に操作できます。使用上の留意点:

  • サイドを広げすぎるとモノラル化したときに情報が薄れる・位相キャンセルが起きる可能性がある。モノチェックは必須。
  • 低域のサイド成分はモノラルにまとめる(例:100〜200Hz以下をモノ化)ことで低域の安定性が向上する。

ディザリングとビット深度変換

マスターの最終出力でビット深度を24ビットから16ビットへ落とす場合、量子化誤差による歪みを抑えるためにディザ(ランダムノイズ)を加えます。要点:

  • ディザは最終段階で一度だけ適用する(他の処理を行う前にディザをかけてはいけません)。
  • ディザの種類(TPDF等)やノイズシェーピングを選ぶことで、聴感上の影響を最小化できます。
  • 配信用に24ビットで提出する場合はディザは不要ですが、配信側で再圧縮されることを考慮して最終チェックを行います。

モニタリングと参照トラックの重要性

優れたマスターは正しいモニタリング環境と適切なリファレンストラックに支えられます。複数の再生環境(スタジオモニタ、ヘッドホン、スマホスピーカー、カーステレオ)でチェックし、目標リファレンス曲と比較して周波数バランス、ラウドネス、トランジェント感を確認します。

ステムマスタリングとフルミックスマスタリングの選択

ステムマスタリングは楽器群ごとのステレム(例:ボーカル、ドラム、ベース、他)を渡して行う方法で、フルミックスのみを渡すより柔軟に問題点を修正できます。利点としては大きな修正が可能な点、欠点はミックス段階のバランス調整が容易に行えるとは限らない点です。大きな問題があるミックスはマスター前にミクサーに戻すことを優先してください。

配信とメタデータ、ファイル形式

マスター提出時には以下を確認します。

  • 配信フォーマット:ほとんどの配信サービスはアップロード時に再エンコードするため、配信ガイドラインに従いWAV/FLACのロスレスファイルを提出することが望ましい。
  • メタデータ:タイトル、アーティスト名、ISRC、トラック番号、アルバムアート等を正確に管理。
  • ラウドネスとTrue Peakの報告:配信先によっては指定のラウドネスやTPを満たしていることを求められる場合があるので、測定結果を記録しておくと安心です。

実践的チェックリスト

  • ミックス段階での問題(クリッピング、位相の崩れ、過度な低域)はマスターでの修正に限界がある。可能ならミックスの修正を依頼。
  • 参照トラックと1:1で比較(フェーズ、ラウドネス、トーン)する。
  • 複数のモニターと再生環境で最終チェック。
  • LUFS(Integrated)、True Peak、ダイナミックレンジを記録して納品。

よくある間違いと回避策

過度なリミッティングでダイナミクスを潰しすぎる、ミックスの問題をマスター段階で無理に直そうとする、モノ再生チェックを怠る、ディザの適用タイミングを誤る、などが典型的です。これらはワークフローとコミュニケーションで防げます。

まとめ:音楽ジャンルと意図を優先する

最終的には音楽のジャンルやアーティストの意図に応じた調整が重要です。ポップスやEDMで高いラウドネスを求めるか、ジャズやクラシックでダイナミクスを重視するかでアプローチは変わります。技術的な指標(LUFS、True Peak等)を理解しつつ、耳を最優先に判断することがプロのマスターエンジニアの役割です。

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参考文献