ITU-R BS.1770完全ガイド:ラウドネス測定の仕組みと制作実務への適用
はじめに — なぜITU-R BS.1770が重要か
ITU-R BS.1770(以下BS.1770)は、音声・音楽コンテンツのラウドネス(聴感上の音量)を客観的に測定するための国際規格です。従来のピーク基準(dBFS)だけでは人間の聴感と一致しないことが明らかになっており、放送・配信・音楽制作それぞれの現場でラウドネスを基準にした正規化(ノーマライズ)が必須になりました。BS.1770はその根幹技術として、周波数感度を補正する“K-ウェイティング”フィルタ、短時間・瞬時・統合ラウドネスの定義、ゲーティングを含む測定フロー、真のピーク(True Peak)評価の指針などを規定しています。
歴史と位置づけ(概略)
BS.1770はITU(国際電気通信連合)によって策定され、放送規格や各種業界ガイドライン(例:EBU R128、ATSC A/85など)の基礎になりました。EBUはBS.1770の測定手法を採り、放送用のラウドネス目標(例:-23 LUFS)やラウドネスレンジ(LRA)などを定め、以降多くのプラットフォームがラウドネス正規化を導入しています。近年はストリーミング配信の増加により、LUFSベースの制作ワークフローの重要性が一段と高まっています。
BS.1770の基本概念:LUFS / LKFS と LU
BS.1770で用いられるラウドネスの単位はLKFS(Loudness, K-weighted, relative to Full Scale)です。EBUはLUFS(Loudness Units relative to Full Scale)という同等の単位を採用しており、実務ではLKFS=LUFSとして扱われます。相対単位としてのLU(Loudness Unit)は1 LU = 1 dBに相当し、例えば-14 LUFSは基準より14 dB低いことを示します。
K-ウェイティングフィルタとは何か
K-ウェイティングは、人間の周波数感度に近づけるための周波数補正フィルタです。BS.1770は信号に対してこの補正を施したうえでエネルギーを測定します。実装上は低域をある程度削るハイパス的な特性と、中高域に若干のブーストを与えるシェルビング的な処理を組み合わせたフィルタ構成になっています。結果として、非常に低い周波数成分(サブベースや低周波ノイズ)や極端に高調波が多い信号が不当にラウドと評価されることを防ぎ、知覚に近い評価が可能になります。
測定の3つの時間軸:瞬時・短期・統合
- 瞬時ラウドネス(Momentary):短い時間窓(規格では400 ms程度)でのラウドネス。主に一瞬の大きな音やエフェクトを評価する。
- 短期ラウドネス(Short-term):3秒程度のスライディングウィンドウで計測されるラウドネス。場面ごとの音量感やダイナミクスの把握に使われる。
- 統合ラウドネス(Integrated):番組やトラック全体を通して得られる平均的なラウドネス値。ゲーティング処理を経て算出され、放送・配信の正規化基準として使われる。
ゲーティング(Gating)とその意図
統合ラウドネスの計算では“ゲーティング”が重要です。短い無音や極端に小さい部分を平均値に含めると、結果として全体のラウドネスが不当に下がるためです。BS.1770に準拠する実務的なフローでは、まず400 ms単位等でラウドネスを測り、絶対ゲート(例:-70 LUFS付近)と相対ゲート(未ゲートの統合値から-10 LU程度)を用いた二段階のフィルタリングで、測定対象となるフレームを選び出してから平均を取ります。これにより“実際に聴感上意味のある音”だけを統合ラウドネスに反映させます(ゲートの具体的閾値や手順は規定のバージョンや技術文書で確認してください)。
ラウドネスレンジ(LRA)について
ラウドネスレンジ(Loudness Range, LRA)は、コンテンツのダイナミックレンジやダイアログの変化量を統計的に表現する指標です。短期ラウドネス値の分布を集め、あるパーセンタイル範囲(実務では10%〜95%などを用いることが多い)での上下差を求めることで算出されます。LRAは番組の“音量的な広がり”を示し、放送や配信でのダイナミクス処理(例:コンプレッションやダイナミックレンジの調整)の判断材料になります。
True Peak(トゥルーピーク)測定の役割
サンプルピーク(デジタル波形のサンプル値の最大)だけを見ていると、デジタル再生時にDA変換やデジタルフィルタによって発生するインターサンプルピーク(ISP)を見逃す可能性があります。BS.1770に準拠したワークフローではTrue Peak測定(オーバーサンプリングや補間により再構築波形のピークを評価)を行い、配信先でクリッピングが発生しないかを確認します。実装では一般的に4倍〜8倍のオーバーサンプリングが用いられます。
マルチチャンネル(5.1など)での取り扱い
BS.1770はモノラル・ステレオだけでなくマルチチャンネルにも対応します。各チャンネルにK-ウェイティングを適用してエネルギーを算出し、規格で定められたチャンネル加重(チャンネルの寄与係数)を乗じた合算エネルギーからラウドネスを導きます。LFE(サブウーファー)チャンネルは通常ラウドネス測定に含めないか、特別扱いとされることが多いのでマルチチャンネル素材を扱う際は注意が必要です。
実務でのワークフロー例
- ミックス段階で短期・瞬時ラウドネスをモニタリングし、シーン間での不自然な音量差を修正する。
- マスタリング段階で統合ラウドネスを目標(例:配信サービスのガイドライン)に合わせる。ゲート後の統合値を確認し、必要ならダイナミクス処理や自動化で調整する。
- 最終レンダリング前にTrue Peakを測定し、必要ならピークリダクション(リミッティング)を行う。
- 配信フォーマットに応じたメタデータ(ラウドネス値やTrue Peak値)を添付する。これによりプラットフォーム側での正規化や検証がスムーズになる。
よくある誤解と注意点
- ラウドネス目標に合わせて単に強いコンプレッションを行うと音質が悪化する場合がある。目標値は配信先のガイドラインに適合させるが、音楽的な意図を損なわない整合性を保つことが重要。
- LUFSは“主観”を完全に置き換えるものではない。測定はあくまで指標であり、最終的にはリスニングチェックが不可欠。
- 各プラットフォームのノーマライズ挙動(リダクションだけでなくブーストする場合があるか、True Peakに基づいて処理するか等)は異なるため、主要プラットフォーム向けに最適化する場合は個別の検証が必要。
ツールと実装の選び方
BS.1770準拠の測定器は多くのDAWプラグインやスタンドアロンアプリで提供されています。ポイントは以下です:K-ウェイティングやゲーティング、瞬時・短期・統合の各測定を同一インターフェースで確認できること、True Peak測定やLRA算出に対応していること、ならびにレポート出力やメタデータ埋め込みが可能なこと。オープンソースやコマンドラインツールもあり、バッチ処理や検証用ワークフローに組み込みやすいものも存在します。
制作現場での実践的アドバイス
制作の初期段階からラウドネスを意識するのが最も効率的です。ミックスの段階で短期ラウドネスをモニタリングし、場面ごとの主音(ボーカル、ダイアログ、主要楽器)が埋もれないように調整します。マスターでは統合ラウドネスを目標に寄せつつ、True Peakをクリアに保つための最小限のリミッティングを行うのが理想的です。また、LRAを参照してダイナミックなシーンには自動的に圧縮をかけず、番組や曲の意図に合わせて調整する判断が求められます。
今後の展望
ラウドネス規格は放送から配信へと適用領域が広がり、プラットフォームごとのノーマライズ挙動との整合性がさらに重要になります。また、機械学習を用いたラウドネス予測や、コンテンツタイプ(音楽、ポッドキャスト、映画)に応じた最適化アルゴリズムの開発も進んでいます。技術的な基準であるBS.1770の理解を深めることは、これら新しい流れに対応する基礎となります。
まとめ
BS.1770は現代の音声・音楽制作におけるラウドネス測定の基礎を定めた規格で、K-ウェイティング、短期/瞬時/統合ラウドネス、ゲーティング、True Peakなどの要素から構成されます。制作現場では単なる数値合わせに終始せず、音質や表現意図を尊重しながらラウドネス基準を運用することが重要です。実務に即した理解と適切なツール選定で、放送・配信時の音量差や品質問題を低減できます。
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参考文献
- ITU-R Recommendation BS.1770 (ITU公式ページ)
- EBU Tech 3341 — Loudness metering: ‘EBU Mode’ (EBUのラウドネスメーター指針)
- EBU R128 — Loudness normalisation and permitted maximum level (放送向けガイドライン)
- Wikipedia: ITU-R BS.1770(概説と関連項目、参考出典へのリンク)
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