Portato(ポルタート)とは何か:記譜・奏法・歴史と実践ガイド
Portato(ポルタート)とは
Portato(ポルタート)は、音楽における特殊なアーティキュレーション(発音・音のつなぎ方)の一つで、レガート(滑らかにつなげる)とスタッカート(短く切る)の中間に位置する表現を指します。イタリア語の portare(運ぶ、運搬する)が語源で、「運ばれるように」「持続感を残しつつ部分的に切る」といったニュアンスがあります。日本語ではそのまま「ポルタート」や、状況により「メッツォ・スタッカート(mezzo-staccato)」と呼ばれることもありますが、両者は厳密には記譜や演奏上のニュアンスで差が生じるため混同に注意が必要です。
記譜(楽譜上の表し方)
ポルタートの記譜には代表的に二つの方法があります。
- スラー+点(または小さなディアクリティカルマーク):スラー記号で音列をつなぎ、その下に個々の音の上または下に小さな点や軽いアクセントを置く。これは「一続きに弾くが各音は完全に結ばれてはいない」という指示になります。
- スラー+縦線(テヌート記号や短い横棒):点の代わりに短い横棒(テヌートに類する印)を用いる場合もあり、こちらはやや長めに保持しつつも音の間に軽い区切りを入れる意図を示すことが多いです。
重要なのは、ポルタートは単純に「点=短く」で済むスタッカートとは異なり、スラーという「つなぐ」記号と組み合わされる点にあります。作曲家や時代、出版社によって記譜法が異なるため、演奏者は文脈と慣習を踏まえて解釈する必要があります。
歴史的背景と用法の変遷
ポルタートという表現は主に18世紀末から19世紀のロマン派にかけて楽譜上に明確に現れるようになりました。古典派以前はアーティキュレーションの記譜が現代ほど詳細でなかったため、演奏者の慣習や師匠から弟子へ伝わる奏法に依存していました。ロマン派の作曲家たちは色彩豊かな表現を求め、音のつなぎ方の細かい指示が増えたことで、ポルタートのような中間的なアーティキュレーションの需要が高まりました。
20世紀以降、楽譜編集の統一と歴史的演奏実践の研究が進むにつれて、ポルタートの解釈も多様化しました。現代の演奏者は、原典版・校訂譜・作曲家の慣例などを参考にしつつ、自分の楽器や演奏スタイルに合わせて細やかに調整することが一般的です。
各楽器での奏法(実践的な違い)
弦楽器(ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロなど)
弦楽器ではポルタートは「スラー内での小さなボウの切り替え」によって生まれます。具体的には一つのスラーで複数の音を弾きつつ、弓の動きを微妙に短く区切る(短い返しや強弱の微調整を行う)ことで、音が完全に分断されずに軽い輪郭を持ちます。音の切れ方は弓速、弓圧、弓の接触点(指板寄りかブリッジ寄りか)で調整できます。
管楽器(フルート、クラリネット、オーボエ、サクソフォーン等)
管楽器では、ポルタートは主に軽いタンギング(舌の使い方)や口腔の形・息の連続性を調整することで実現します。スラーでつないだ音列のなかで舌をわずかに使ってアタックを作り、音の連続感を保ちながら音頭に明瞭さを与えます。風量やアタックの位置を変えることで「つながりの程度」を細かくコントロールできます。
ピアノ
ピアノではポルタートは鍵盤の離し方(フィンガリング)や打鍵の重さで表現します。完全に鍵を切る短いスタッカートとは異なり、鍵を素早く完全に離さずに残響やダンピングをうまく使って音どうしをややつなげる技法が用いられます。腕や手首の重心移動、フィンガーアクションの長さを調整し、レガート感を維持しつつ音の輪郭を作ります。サステインペダルの使用は楽曲や作曲家の指示に応じて慎重に行う必要があります。
ギター
ギターでは左手のレガート(ハンマリングやプリング)と右手のタッチ(指弾きやミュート)を組み合わせてポルタートを表現します。フラメンコなどの様式では独特のニュアンスがあり得ますが、クラシックギターの場合は弦の共鳴を利用しつつ音の輪郭をわずかに区切ることでポルタート感を出します。
声楽
声楽ではブレスコントロール、語尾の処理、子音の扱いでポルタート的効果を出します。音を完全に切らずに子音や軽い息で区切ることで、歌詞の意味や表現を損なわずにアーティキュレーションを実現します。
実践的な練習法
ポルタートを習得するための段階的な練習法を示します。
- まずはロングトーンでレガートを確立し、均一な音を出せるようにする(弓・息・手の重心を安定させる)。
- 次にテンポを遅くしてスラー内で軽い分離を入れる練習をする。弦楽器なら弓の小さな返し、管楽器なら軽い舌の接触、ピアノなら指のリリースの長さをコントロールする。
- メトロノームを使い、音符ごとに微妙にタイミングを揃えつつもつながり感を保つ。一定の時間間隔で軽いアタックを作ることで、ポルタートの「リズム的安定性」を養う。
- ダイナミクスの変化を入れて緩急をつける。ポルタートは表情的効果が強いため、音量の設計も重要。
- 曲中の実際の文脈で試す。孤立した練習でできても、音楽的フレーズのなかで自然に出せるか確認することが最終目標。
作曲家・編曲者への注意点(記譜上の配慮)
作曲・編曲の際にポルタートを指定する場合、演奏者に誤解を与えないように記譜を明確にすることが大切です。
- スラーと点(または短いダッシュ)を併用して、どの音列に対してポルタートを意図しているか明示する。
- 場合によってはテキストで「mezza voce, slight separation」や「portato—slight detachments within slur」などの英語・母語による注釈を加えると、演奏者の解釈が統一しやすくなる。
- 異なる楽器群(弦・管・打楽器)に同じ記譜を適用する場合は、その楽器固有の奏法による解釈の違いを想定して指示を出す。例えば「弦楽はbowingで、管楽器はlight tonguingで」といった補助記号が役立つ。
よくある混同:PortatoとPortamento、Mezzo-staccatoとの違い
・Portamento(ポルタメント)は音高間の滑らかな連続的移行(音の滑り)を指し、ポルタートとは全く異なる概念です。混同に注意してください。
・Mezzo-staccato(メッツォ・スタッカート)は語義上「中くらいのスタッカート」を意味し、ポルタートと同様に中間的な切れ味を持ちますが、記譜や解釈で差が出ることがあります。特に歴史的資料では用語の使い分けが一定しない場合があるため、原典や作曲家の指示を確認することが重要です。
楽曲内での実用例と解釈のヒント
ポルタートはフレーズの語尾や内的な句の区切り、歌伴の表情付け、旋律線の装飾的な扱いなど、表情付けに幅広く使われます。例えばレガートを主体とする旋律のなかで部分的に輪郭を強めたいとき、または語りかけるような抑揚を与えたいときに有効です。演奏者は以下を念頭に置くと良いでしょう:
- 楽曲の時代背景と作曲家の慣習を踏まえ、記譜が当時どのように解釈されていたかを参考にする。
- 同音型(同じ音の繰り返し)と異音型(旋律の進行)ではポルタートの効果が変わる。繰り返し音では輪郭化、旋律進行では文節化を意図することが多い。
- 随所でダイナミクスやテクスチャーを変えて、ポルタートが単なる機械的分離にならないようにする。
まとめ(実践的アドバイス)
ポルタートはレガートとスタッカートの中間に位置する表現で、楽曲に柔らかな輪郭を与える強力な手段です。記譜はスラーと点やダッシュの組み合わせで示されることが多く、解釈は楽器ごとの奏法や作曲家の慣習によって変化します。学習者は基礎となるレガートをまず確立し、そこから微妙な分離を加えていく段階的な練習を行うと効果的です。作曲者は記譜を明確にし、演奏者は原典や様式的背景を確認することで、楽曲により豊かな表情を与えられます。
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参考文献
- Portato — Wikipedia
- Portato — Merriam-Webster Dictionary
- ポルタート — コトバンク(音楽用語辞典等の集成)
- Oxford Music Online / Grove Music Online(Portatoの項など)
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