音楽制作で知るべき「スレッショルド」完全ガイド — 音響・心理・機材の実践解説

はじめに:スレッショルドとは何か

「スレッショルド(threshold)」は直訳すると「閾(しきい)値」を指し、音楽や音響の現場では複数の文脈で使われます。聴覚生理学では『聞こえる/聞こえない』の境界や差を示し、機材やエフェクトでは『処理がかかり始めるレベル』を指します。本コラムでは、聴覚心理・信号処理・ミックス/マスタリングの実務におけるスレッショルドを横断的に解説し、実践的な数値目安と応用法を提示します。

1. 聴覚におけるスレッショルド(心理音響学的観点)

聴覚のスレッショルドには主に次の種類があります。

  • 絶対閾値(Threshold of hearing):ある周波数で『聞き始める』最小音圧レベル。1 kHzあたりで0 dB SPL前後を基準に示されることが多い(基準は20 μPa)。
  • 差閾(Just Noticeable Difference, JND):音の大きさや周波数などが変化したときに“変化を知覚できる最小差”。大きさ(レベル)のJNDは中音量帯で約1 dB程度と言われ、これを目安に微調整を行うと良い結果が出やすいです。
  • 等ラウドネス曲線(Fletcher–Munsonなど):周波数ごとに同じ主観的な大きさを感じるためのSPLが異なることを示す。低域や高域は同じエネルギーでも小さく聞こえるため、ミックス時に低域不足や過度な補正を避けるために重要な知識です。

また、マスキング(masking)の概念もスレッショルドに密接に関係します。ある音が強いと、近接する周波数や時間的に近い小さな音は聞こえなくなり、『知覚上の閾値』が上がることで実質的に小さな要素が埋もれます。これを理解することでEQやパンニング、アレンジでの空間確保が的確になります。

2. 機材・プラグインにおけるスレッショルド(実務的定義)

DAWやハード機材で「スレッショルド」と呼ばれるパラメータは、概ねその機能が働き始める入力レベルを指します。代表的な例:

  • コンプレッサー:スレッショルドを超えた信号に対してゲインリダクションが発生します。スレッショルドはdB(DAW内ではdBFS)で指定され、比率(ratio)やアタック/リリースと組み合わせて音色・ダイナミクスを調整します。
  • リミッター:特定のスレッショルドを超えるピークを強く抑える(または切る)ため、マスタリングでの最大化に用いられます。通常、トゥルーピーク(True Peak)や最終許容レベルと関連して設定されます。
  • ノイズゲート:指定レベル以下の信号をカットする。ノイズフロアより少し上にスレッショルドを置くことで不要なハムやマイクのブレスを消せますが、浅すぎると音楽的なアタックを失うので注意が必要です。

3. 測定単位と現場での目安

スレッショルド関連で使う単位は主にdB(SPLやdBFS)、およびLUFS(ラウドネス計測)です。

  • dB SPL:実空間での音圧レベル(測定器:SPLメーター)。
  • dBFS:デジタル信号のフルスケール基準。DAW内のすべてのレベル設定(コンプのスレッショルド、ゲート等)はdBFSで扱います。
  • LUFS(LU):国際標準ITU-R BS.1770に準拠したラウドネス指標。ストリーミング配信の正規化目標(例:SpotifyやYouTubeのターゲット)を基準にマスタリングする際に重要です。

実務目安(あくまで出発点):

  • ボーカルコンプのスレッショルド:-6 ~ -18 dBFS(狙うゲインリダクション量により調整。-3〜-6 dBの平均ゲインリダクションを狙うことが多い)。
  • バス(ドラム群)のゲート:ノイズフロアやルーム音に合わせて-60〜-30 dBFSの範囲で設定されることが多い(録音環境に依存)。
  • マスタリングリミッターのアウトプット目標:ラウドネス目標に合わせてTrue Peakで-1 dBTP付近、配信向けは-1 ~ -0.5 dBTPが安全圏とされる場合が多い。
  • 配信ラウドネス目標例:SpotifyやYouTubeはおおむね-14 LUFS前後を基準にする場合が多い(プラットフォームにより異なるため最新ガイドラインを確認すること)。

4. マスキングとヒューマン・スレッショルドの活用

ミックスでは”何を聞かせ、何を隠すか”が重要です。マスキングを利用すれば意図的に主役を引き立てることができますが、不用意に周波数帯を重ねると各要素の『知覚可能性(perceptibility)』が下がり、ミックスが濁ります。対策として:

  • EQで主要な周波数を整理(ボーカルは3kHz付近をクリアに、キックは60–100 Hzに力を残す等)
  • サイドチェイン(低域をキックに合わせて圧縮)など時間的なスレッショルド(いつ処理が働くか)を使う
  • 空間(リバーブやディレイ)で音像をズラして干渉を避ける

5. 実践:スレッショルド設定のワークフロー

ステップバイステップの簡単な手順:

  1. まず耳で確認:加工前の素材を通しで聴き、問題点(飛び出すピーク、埋もれるパート、ノイズ)をメモする。
  2. メーターを見る:SPLやLUFS、ピーク(dBFS/dBTP)を観測し、目標ラウドネスや最大ピークを決める。
  3. ノイズゲート:録音ノイズが目立つ場合はノイズフロア+数dB程度でスレッショルドを設定し、アタックが潰れないように調整。
  4. コンプ:目的(音量の均一化、アタック強調、色付け)を決め、スレッショルドを入れて実際のゲインリダクション量を見ながら最適化する(短時間で-3〜-8 dB程度がよくある目安)。
  5. リミッター(最終):ラウドネス目標とトゥルーピーク制約に基づいて閾値を調整。プラットフォーム規定を踏まえ-1 dBTP前後を守るのが無難。

6. 注意点と落とし穴

  • 数字に頼りすぎないこと:JNDやLUFSは目安。最終判断はリファレンス曲と比較して耳で行う。
  • スレッショルドは機材やエンジンごとに意味が微妙に異なる:ハードウェアのメーターとDAW内の表示がずれることもあるので、基準を統一する。
  • 24-bitの理論的ダイナミックレンジは大きいが、マイクやプリアンプの実効ノイズや録音環境が結果を決める。

7. 実例:ボーカル・コンプレッサーの設定例(出発点)

  • 目的:抑揚を整えつつ表現は残す → スレッショルドを-10 dBFS前後(トラックの平均レベルに依存)、ratio 3:1、attack 10–30 ms、release 50–150 ms
  • 目的:強烈なポップ処理 → スレッショルドを低め(-18 dBFS等)、ratio 4–8:1、短いattackでアタックを抑える
  • リダクション目安:ピークで6 dB程度のゲインリダクションを超えると圧迫感が出やすい(楽曲ジャンルと意図により変化)。

まとめ:スレッショルド理解がもたらす作業効率と音質向上

スレッショルドは単なる数値ではなく「いつ・どこで・どの程度」処理や知覚が変わるかを示す重要概念です。心理音響学の知見(絶対閾値、JND、マスキング)と機材的な挙動(コンプレッサーやゲートの閾値)を組み合わせることで、より説得力のあるミックスや安全なマスタリングが可能になります。最終的には数値と耳の両方を使い、参照曲やプラットフォーム基準を意識して調整してください。

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参考文献