24トラックレコーダーの歴史と技術:2インチ24トラックが変えたスタジオワークの全貌

はじめに — 24トラックとは何か

24トラックレコーダーは、幅2インチ(約50.8mm)の磁気テープ面に24本の独立したトラックを刻んで録音するアナログ・マルチトラックテープレコーダーを指すことが多く、主に1970年代から1980年代にかけてプロのレコーディングスタジオで標準フォーマットとなりました。トラック数が増えたことで楽器やボーカルを個別に記録・編集・エフェクト処理できるようになり、現代的なレコーディング手法の基礎が築かれました。

歴史的背景

マルチトラック録音自体はレズ・ポールらの実験的手法に起源を持ちますが、商業的な機材としての発展は1960年代以降です。1960年代後半から1970年代にかけて、業界はワイドテープ(2インチ)に多トラックを刻む方向へ進み、Ampex、3M、Studer、MCIなどのメーカーが24トラック機を供給しました。2インチ24トラックはその後しばらくの間、スタジオでの標準的マスター・レコーディング環境として定着し、多くの名盤制作に用いられました。

物理的・技術的構造

24トラックテープレコーダーの要点は以下の通りです。

  • テープ幅とトラック分割:2インチ幅の磁気テープを24分割して、左右に連続した24本のトラックを配置する。
  • ヘッド構成:消磁ヘッド(erase)、録音ヘッド(record)、再生ヘッド(playback)の各機能を持つヘッドアセンブリを備える。多くのプロ機はヘッドセグメントの交換や再調整が可能。
  • テープ速度:主に15 ips(インチ/秒)と30 ipsが用いられ、30 ipsは高域再生性やダイナミクスが良好でノイズが低いがテープ消費が速い。
  • バイアスとイコライゼーション:最適な録音のために高周波バイアスと再生イコライゼーション(NABやIECなど)を合わせて調整する必要がある。
  • 同期とクロック:複数台の機器を使用する場合はワードクロックやスレーブ/マスター同期が必要。アナログ時代はタイムコード(LTC)を使うことが一般的。

録音ワークフローとテクニック

24トラックが可能にした典型的なワークフローとテクニックを紹介します。

  • マイキングと分配:ドラムはバスドラム、スネア、ハイハット、タム、オーバーヘッドなどで複数トラックを確保。ギター、ベース、キーボード、ボーカルを別トラックで録る。
  • オーバーダビング:ベースとなるリズムトラックを録った後、個別楽器やハーモニー、ソロを逐次録音することでアレンジの自由度が増す。
  • パンニングと空間処理:24トラックで各楽器に十分な分離を与え、ミキシング段階でパンニングやリバーブ、エフェクトを適用して立体感を作る。
  • バウンス(リダクションミックス):トラック数が足りない場合、複数トラックをステレオやモノラルにまとめて空きトラックを作る手法。音質劣化とトレードオフになるため計画的に行う必要がある。
  • パンチイン/パンチアウト:録音中に特定部分だけ差し替える際のピンポイントな録音操作。アナログ機では精度と緊張感が伴う。

音質と表現への影響

24トラックアナログ録音は、テープ特有の温かみや飽和(テープサチュレーション)による harmonic 増強が音楽的表現に寄与しました。高い入力レベルでのテープ飽和は歪みを柔らかくし、ドラムやベースに力強さを与えます。一方で、テープヒスノイズや経年劣化、プリントスルー(磁気のにじみ)などの課題もあります。

ノイズ対策と機器の進化

アナログ時代にはDolby AやDolby SR、dbxなどのノイズリダクションが導入され、テープヒスの低減が進みました。また、ヘッドの設計改良やヘッドアジマスの最適化、より精度の高いモータードライブにより安定性が向上しました。さらに、24トラック機をマルチテイクやコンプ作業に使いやすくするためのアウトボード機器や自動フェーダーを備えたコンソールも登場しました。

メンテナンスと運用上の注意点

24トラックテープレコーダーは精密機械であり、以下のメンテナンスが不可欠です。

  • ヘッドとガイドの定期的なクリーニング(アルコール類や専用クリーナー使用)。
  • ヘッドアジマスやバイアスの再調整:キャリブレーション用のトーンジェネレータとレベルメーターで確認。
  • ベルト・バックの駆動部、キャプスタンやピンチローラーの摩耗点検・交換。
  • デマグネタイザーによる消磁でヘッドの残留磁気を排除。
  • テープ保管は低温・低湿、磁場の影響が少ない環境が望ましい。

アナログ24トラックとデジタルの比較

1980年代以降、デジタルマルチトラックやハードディスクベースの録音(DAW)が台頭し、24トラックテープレコーダーは次第に現場から姿を消しました。デジタルは無劣化コピー、無制限のトラック数、編集の自由度といった利点があります。一方でアナログ24トラックが持っていたテープサチュレーションや特有のコンプレッション感は、現在でもエンジニアやミュージシャンに高く評価され、サチュレーションプラグインやアナログ機材での再現が試みられています。

現代における24トラックの位置づけ

現代のスタジオでは、物理的な2インチ24トラックテープはニッチな存在となりましたが、レトロ志向やアナログサウンドを求める制作では今もなお需要があります。多くのスタジオがアナログテープ機を保有し、トラックの一部やミックスダウン時のテープ転送(テープ・トゥ・テープやテープ・トゥ・デジタル)を行っています。また、テープの持つ独特のダイナミクスや質感を求めて、マスタリングでテープを使用するケースもあります。

エンジニア向けの実践的アドバイス

24トラック機を扱う際の実践的なコツを挙げます。

  • セッション前に必ずヘッドアライメントとバイアス調整を行う。キャリブレーションテープを用意すること。
  • テープの保存履歴(再生回数、保管状況)を記録し、品質低下の兆候があれば早めに交換。
  • トラック割り当てを事前に設計する。ドラムやコーラスなどトラックをまとめる位置を決め、バウンス計画を練る。
  • ノイズリダクションの設定は録音レベルと密接に関連するため、リファレンスレベル(一般に+4 dBuなど)を統一する。
  • 重要なテイクは録音直後にデジタルでバックアップしておくことで、テープ劣化リスクを低減できる。

まとめ

2インチ24トラックレコーダーは、そのトラック数とテープ特有の音色により、現代の音楽制作の基礎を作り出しました。アナログの制約と利点が混在するこのフォーマットは、録音技術・ミキシング技術・音楽表現に大きな影響を与え、今日のデジタル環境に至るまで多くの概念が受け継がれています。現代ではデジタルが主流ですが、24トラックテープの音は今なお多くのクリエイターにとって魅力的な選択肢です。

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参考文献