AMD Zen 2徹底解説:アーキテクチャ、チップレット設計、性能最適化と運用上の注意点

概要 — Zen 2とは何か

AMDのZen 2は、2019年に投入された第2世代のZenマイクロアーキテクチャで、デスクトップ向けRyzen 3000シリーズ(Matisse)やサーバ向けEPYC 7002シリーズ(Rome)に採用されました。Zen 2は、7nmプロセスを採用したCPUコアチップレット(CCD)と、別製造プロセスで作られたI/Oダイを組み合わせるチップレット(チップレット型モジュラー)アプローチを採用した点が最も大きな特徴です。これにより歩留まりやコスト効率の改善、高コア数構成の実現が可能になりました。

設計上の要点

Zen 2は単なる微細化(nm縮小)に留まらず、以下のような設計変更と最適化を導入しています。

  • プロセス移行:CPUコアをTSMCの7nmプロセスで製造し、電力効率とトランジスタ密度を高めた。
  • チップレットアーキテクチャ:コアを複数の小さな7nm CCDに分割し、メモリ・I/O機能を担うI/Oダイ(GFの12nm相当が多く採用)を別に用意することで、コストと歩留まりを最適化。
  • キャッシュとCCX:Zen 2ではCCDあたり最大8コアを集積し、CCD全体で32MBのL3キャッシュを備える実装が一般的です(内部的には4コア単位のCCXを束ねる構成)。
  • Infinity Fabric:チップレット間やI/Oダイとのデータ転送にInfinity Fabric(IF)を採用し、スケーラブルなコア数増加を可能にした。

チップレット戦略のメリットと影響

従来のモノリシック設計と比べ、チップレット方式には複数の利点があります。まず7nmの大型ダイを大量生産するより、小さなダイを多数作るほうが歩留まりが高く、コストを抑えられます。さらにI/Oダイをより成熟したプロセスで製造することで高性能なI/Oを安価に実装可能にしました。

サーバ向けのEPYC Romeでは、複数のCCD(最大8個)をI/Oダイでまとめることで最大64コア(物理)を実現しました。デスクトップ向けでは、必要に応じたCCDの組み合わせでラインナップを拡張でき、製品設計の柔軟性も高まりました。

キャッシュアーキテクチャとコア束ね(CCX/CCD)

Zen 2のコアは4コア単位のCCX(Core Complex)でグループ化され、それぞれのCCXにL1/L2キャッシュが割り当てられます。CCDは2つのCCXを含み、CCD全体で共有されるL3キャッシュ(合計32MBの構成が多い)を持つことで、コア間のデータ共有を効率化しています。

この構造は、コア間のレイテンシと帯域に影響します。スレッドやデータの割り当てをOSやアプリケーションが意識しない場合、異なるCCX間での通信コストが発生するため、高スケールの並列処理やレイテンシ感度の高いワークロードでは配置を最適化することが重要です。

Infinity Fabricとメモリの関係

Infinity FabricはCCDとI/Oダイの間を接続する高速インターコネクトで、メモリコントローラやPCIeを備えたI/Oダイを介してコアと外部資源を結びます。重要な点はInfinity Fabricのクロック(FCLK)とメモリクロック(MCLK)を同期させることで、低レイテンシかつ高スループットを得られることです。

実運用では、メモリ周波数を上げるとIFも追従する必要があるため、IFの安定性が性能に直結します。Ryzenプラットフォームでよく見られる最適化は、メモリクロックとIFを1:1に維持する設定です(例えばDDR4-3600でIFを1800MHzにするなど)。IFの倍率や分周が合わないとレイテンシ悪化が生じ、期待する性能が得られない場合があります。

命令実行と浮動小数点処理

Zen 2では整数実行パスと浮動小数点(SIMD)実行パスの改良により、前世代(Zen, Zen+)比でIPC(Instruction Per Cycle)が約15%向上したと報告されています。これはブランチ予測の改善、命令発行・再配置ロジックの最適化、より効率的な実行ユニット割り当てによるものです。結果として、同クロックでのシングルスレッド性能が強化され、ゲームやレイテンシ重視のアプリケーションでの応答性が改善されました。

メモリサポートとI/O(PCIe 4.0など)

Zen 2世代は消費者向けとして初めてPCI Express 4.0をサポートした世代の一つです。PCIe 4.0は帯域幅が2倍になるため、NVMe SSDやGPUの将来性に寄与します。メモリ面では公式にはDDR4-3200などが推奨設定として多くの製品で採用され、オーバークロック領域ではより高い周波数が実効性能に寄与するケースが見られます。

消費電力と効率性

7nmプロセスへの移行により、同等性能での消費電力低減や、高クロック化による性能向上が可能になりました。チップレット化により、コア部分は低消費電力プロセスで高速化し、I/Oは成熟プロセスで安定性とコスト最適化を図るため、全体として効率性の高いプラットフォームが実現されています。

実行環境での最適化ポイント

  • メモリとInfinity Fabricの同期:メモリ周波数とIFクロックを1:1に保つことでレイテンシと帯域の最適化が可能。
  • スレッド配置:大規模並列処理では同一CCX/CCD内でスレッドを割り振るなど、スレッド配置でレイテンシを抑える。
  • BIOS/マイクロコード更新:スペクテクル等の脆弱性緩和や性能改善が含まれるため、BIOSとファームウェアは最新を保つ。
  • OSスケジューラのチューニング:NUMA的な特性把握とプロセス割り当ての最適化が重要(特にサーバ環境)。

セキュリティと脆弱性対応

Zen 2はスペクターやメルトダウン系の脆弱性に対して、ソフトウェア(OSパッチ)とマイクロコードアップデートでの緩和が行われています。ただし、全てがハードウェアレベルで完全に無効化されているわけではなく、緩和策による性能影響が発生するケースもあるため、用途に応じたリスク評価とアップデート計画が必要です。

市場での評価と適用例

Zen 2は、デスクトップ分野で高コア数と高IPCを両立し、コストパフォーマンスに優れる製品群を生み出しました。サーバ分野でもEPYC Romeは高コア数と高密度を武器に多くのクラウド事業者やエンタープライズで採用されています。ゲーム用途ではシングルスレッド性能の向上によりIntel製品と競合する場面が増えましたが、ワークロードによってはCCX間通信の影響を考慮する必要があります。

まとめ

AMD Zen 2は、7nmプロセスの採用とチップレット設計という戦略的な転換により、性能・効率・コストのバランスで大きな成功を収めたマイクロアーキテクチャです。設計上の特徴(CCD/CCX、I/Oダイ、Infinity Fabric)は性能最適化や運用面での留意点を生みますが、適切にチューニングすることで高い実効性能を引き出せます。今後のZen系世代(Zen 3以降)もこの基礎を踏襲・改良しており、アーキテクチャの進化を理解することはハードウェア選定やソフトウェア最適化において重要です。

参考文献