ゴシックホラー映画の系譜と魅力──起源・様式・現代への継承
はじめに:ゴシックホラーとは何か
ゴシックホラー映画は、19世紀のゴシック小説に由来する美学と物語構造を受け継ぎつつ、映像表現によって独自に発展してきたジャンルです。古城や荒廃した屋敷、夜や霧、宗教的象徴、狂気や二重性(ドッペルゲンガー)、家族や血の呪縛といったモチーフが特徴で、単なるモンスター描写にとどまらない心理的・文化的な恐怖を描きます。本稿では起源から様式、代表作、現代への継承、読み解きの視点までを詳しく解説します。
起源:ゴシック小説から表現主義まで
ゴシック・モチーフは18世紀末〜19世紀に誕生した小説群(ホレス・ウォルポール『オトラント城』、メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』、ブラム・ストーカー『ドラキュラ』、ダフネ・デュ・モーリエ『レベッカ』など)に端を発し、場所の不気味さ、抑圧された欲望、宗教と迷信の対立を描きました。映画史においては、ドイツ表現主義(例えばロベルト・ヴィーネ監督の『カルガリーのキャビネット』(1920年))やフリッツ・ラング、Murnau(F.W. Murnau)の影響を受け、陰影を強調する照明や歪んだセットによってゴシック的雰囲気が視覚化されました。代表的な初期映画としてはMurnauの『ノスフェラトゥ』(1922年)があり、ゴシックホラー映画の原型を示しました。
視覚と音響の様式:ゴシックの映画語法
ゴシックホラーは視覚言語と音響設計が重要です。低照度(ローキー)照明、強いコントラスト、斜めの構図、長く閉ざされた廊下や階段、細部の装飾(ステンドグラス、蝋燭、古い肖像画)などが空間の不安定さを生み出します。音楽は不協和音や反復モティーフで不安感を煽り、環境音(風、雨、床が軋む音)が心理的緊張を補強します。古典期ではユニバーサル・ホラーのテーマやバーナード・ハーマンのスコアなどが象徴的です。
古典期:ユニバーサルと初期の代表作
1920〜30年代から40年代にかけて、映画はゴシック要素を大衆文化へと定着させました。ユニバーサル社の『フランケンシュタイン』(1931年、監督ジェームズ・ホエール)や『吸血鬼ドラキュラ』(1931年、監督トッド・ブラウニング、主演ベラ・ルゴシ)は、怪物と人間の境界、科学と道徳の衝突を描きました。ジェームズ・ホエールは『花嫁の怪物/ブライド・オブ・フランケンシュタイン』(1935年)などで、ゴシックのメランコリーとユーモアを融合させています。また、ヴァル・ルーウィン(Val Lewton)プロデュースの『キャット・ピープル』(1942年、監督ジャック・ターナー)は暗喩と暗闇の使い方で心理的恐怖を高め、ゴシックの“見せない技法”を洗練させました。
中期の展開:ハマー、イタリア・ゴシック、ロジャー・コーマン
1950〜60年代には英国のハマー・フィルム・プロダクションがカラー映像でゴシックを再構築しました。代表作『ドラキュラ』(1958年、監督テレンス・フィッシャー、主演クリストファー・リー)や『フランケンシュタインの復讐』(1957年)などは鮮烈な色彩と官能性を強調しました。一方、イタリアではマリオ・バーヴァ(Mario Bava)の『黒い太陽/Black Sunday』(1960年)がゴシックとゴシック・グロテスクを融合し、視覚的な耽美性を押し進めました。アメリカではロジャー・コーマンがエドガー・アラン・ポー原作の映画群(『アッシャー家の崩壊/House of Usher』(1960)等)で様式化したゴシック美学を提示しました。
主要モチーフとテーマ
ゴシックホラー映画を特徴づける主要モチーフは以下の通りです。
- 空間:城、屋敷、地下室、墓場――閉塞と隔絶。
- 光と影:陰影の強調、夜と霧の操作。
- 宗教・象徴:十字架、司祭、禁忌と贖罪。
- 血と家系:遺伝、呪い、代替わりする罪。
- 女性像:犠牲者、語り部、抑圧される欲望の象徴としてのヒロイン。
- 両義性:理性と狂気、科学と魔術、生と死の曖昧さ。
ジェンダーとフェミニスト的読み
ゴシックはしばしば女性の抑圧やエロティシズムと結びつきます。古典的ゴシックの女性キャラクターは受動的な被害者として描かれがちでしたが、現代作では主体的に恐怖と向き合うことが多く、抑圧と解放のメタファーとして読み解かれます。例えばアレハンドロ・アメナバールの『ザ・アザーズ/The Others』(2001年)は、母性と境界(現実/幻想)の曖昧化を通じてゴシック的恐怖を現代的に更新しています。
映像作家と代表作(推奨鑑賞リスト)
- F.W. Murnau『ノスフェラトゥ』(1922)
- ジェームズ・ホエール『フランケンシュタイン』(1931)、『ブライド・オブ・フランケンシュタイン』(1935)
- トッド・ブラウニング『ドラキュラ』(1931)
- アルフレッド・ヒッチコック『レベッカ』(1940)
- ジャック・ターナー(Val Lewton作品)『キャット・ピープル』(1942)
- テレンス・フィッシャー(ハマー)『ドラキュラ』(1958)
- ロジャー・コーマン(Poe adaptations)『アッシャー家の崩壊』(1960)
- マリオ・バーヴァ『黒い太陽』(1960)
- フランシス・フォード・コッポラ『ドラキュラ』(Bram Stoker's Dracula、1992)
- ギレルモ・デル・トロ『クリムゾン・ピーク』(2015)、『パンズ・ラビリンス』(2006)
- アレハンドロ・アメナバール『ザ・アザーズ』(2001)
- ジェームズ・ワトキンス『ザ・ウーマン・イン・ブラック』(2012)
現代の再解釈とネオゴシック
21世紀に入り、ゴシックはさらに多様化しました。色彩やセットの豪奢さを強調する“美的ゴシック”(ギレルモ・デル・トロの『クリムゾン・ピーク』)、心理的な閉塞を現代の階級やトラウマに結び付ける作品(『ザ・アザーズ』)、古典的モンスターをフェミニズムやポストコロニアル的視点で再読する試み(『ブラム・ストーカーのドラキュラ』など)があります。また、ホラーとアート映画の境界を曖昧にする監督たちが、ゴシック要素を用いて社会的メタファーを提示しています。
なぜ観客はゴシックに惹かれるのか
ゴシックホラーは不可視の恐怖や抑圧された感情を象徴的に提示します。視覚的に豪華でありながら不穏な空気を漂わせるため、観客は安心と不安の両方を味わいます。また、家族や過去、宗教、死といった普遍的テーマを陰鬱かつ美的に扱うため、単なる恐怖体験以上のカタルシスや知的興味を提供します。
制作のポイント(映像制作者向け)
- ロケーション/セット:物語の中心となる閉鎖空間(屋敷、孤島、古城)を詳細に設計する。
- 照明:陰影で形を作る。部分照明で不安の焦点を作る。
- サウンド:静寂の扱い。環境音と反復モチーフで緊張感を維持する。
- 色彩設計:モノクロの強い陰影、あるいはカラーなら深紅や緑青などの象徴色を選ぶ。
- 象徴性:セット小道具や衣装に象徴的意味を込め、繰り返し提示する。
結び:ゴシックの未来
ゴシックホラーはその本質的な主題――境界、抑圧、記憶、死――が普遍的であるため、時代ごとに形を変えて生き残ってきました。現在はジャンル横断的な再解釈やフェミニスト・ポストコロニアルな視点の導入が進み、映像言語も多様化しています。これからのゴシックは、伝統的モチーフを踏まえつつ、新しい社会的問いや感情の地図を映し出すことで、さらに豊かな表現を生むでしょう。
参考文献
Dracula (1931 film) — Wikipedia
Frankenstein (1931 film) — Wikipedia
Hammer Film Productions — Wikipedia
Bram Stoker's Dracula (1992) — Wikipedia
Crimson Peak (2015) — Wikipedia
Pan's Labyrinth (2006) — Wikipedia


