スウェーデン映画の系譜と現在:巨匠から新世代まで巡る深掘りガイド

はじめに:スウェーデン映画とは何か

スウェーデン映画は、北欧らしい自然描写と人間心理への繊細な洞察、そして社会問題や存在論的テーマを扱うことで国際的に高い評価を得てきました。産業としては長い歴史を持ち、サイレント期の先駆者からイングマル・ベルイマン(Ingmar Bergman)をはじめとする巨匠、近年のルーベン・オストルンド(Ruben Östlund)やロイ・アンダーソン(Roy Andersson)といった作家性の強い監督まで、多様な顔ぶれが存在します。本コラムでは歴史的背景、代表的作家・作品、スタイルとテーマ、産業構造と国際的影響までを詳しく解説します。

歴史の流れ:サイレント期から現代へ

スウェーデン映画の歴史は早く、20世紀初頭から国際的な注目を集めました。ヴィクトル・シェーストロン(Victor Sjöström)やモーリッツ・スティラー(Mauritz Stiller)らが活躍したサイレント期は、映像表現の実験と俳優の発掘が進み、グレタ・ガルボ(Greta Garbo)などハリウッドへ渡るスターも輩出しました。

1960年代から1970年代にかけてはイングマル・ベルイマンが世界的な評価を確立し、精神分析的で宗教・死生観を扱う作風がスウェーデン映画の“顔”となりました。同時期にはヤン・トロールやボー・ヴィデルベリといった監督が社会派ドラマを展開し、社会的リアリズムも力を持ちました。

1990年代以降は、ルーカス・ムーディソン(Lukas Moodysson)ら若手の登場で新たな感性が注目され、2000年代にはテレビドラマと映画の境界が曖昧になりつつ、ストックホルムを中心とした制作環境の国際化が進みました。2010年代以降はルーベン・オストルンドがカンヌでの受賞などで国際的に躍進、スウェーデンの存在感は再び強まりました。

主要な作家と俳優

  • イングマル・ベルイマン:『第七の封印』『処女の泉』『ファニーとアレクサンデル』などで知られ、人間の孤独や信仰の危機を深く掘り下げた。多くの映画人に影響を与えた。
  • ヴィクトル・シェーストロン:サイレント期の巨匠。『馬車の行方(Körkarlen)』など先駆的な映像表現で評価される。
  • ヤン・トロール:『移民たち(Utvandrarna)』など歴史的叙事詩で国際的な成功を収めた。
  • ルーベン・オストルンド:風刺的で社会を嘲笑する作風が特徴。『ザ・スクエア』や『三角の幸福(Triangle of Sadness)』でカンヌ・パルムドールを獲得し、現代社会の不条理を鮮烈に描く。
  • ロイ・アンダーソン:静謐で寓話的な長回しと特有のユーモアで知られる。
  • 俳優:グレタ・ガルボやマックス・フォン・シドー(Max von Sydow)、アリシア・ヴィキャンデル(Alicia Vikander)など、国際舞台で活躍する人材を多数輩出している。

美学と共通するテーマ

スウェーデン映画は以下のような美学やテーマを持つことが多いです。

  • 自然と風景の寓意的使用:北欧の気候や風景が心理描写の延長として機能する。
  • 存在論・宗教的問い:生と死、信仰、罪と贖罪といった普遍的テーマの掘り下げ。
  • 社会批評と福祉国家の問題:移民、格差、ジェンダーといった現代的課題を映像に取り込む。
  • 乾いたユーモアとブラックコメディ:ロイ・アンダーソンやルーベン・オストルンドに見られる風刺性。
  • 長回しと静的構図:演技と表情を徹底的に見つめるカメラワーク。

産業構造と支援体制

スウェーデンの映画は公共支援の仕組みが整っている点が特徴です。スウェーデン映画協会(Swedish Film Institute, SFI)は1963年に設立され、製作助成、配給支援、フィルム保存など幅広い役割を担っています。老舗のスタジオであるSF Studios(旧Svensk Filmindustri)は1919年創業で、長年にわたり国内外の配給・製作を手がけています。これらの制度的支援が、芸術性の高い作品が生まれる土壌を支えています。

テレビとストリーミングの台頭:北欧ドラマの隆盛

1990年代以降、スウェーデンはテレビドラマでも存在感を示しました。ミステリや犯罪ドラマ(いわゆる「北欧ノワール」)は国際的に人気を博し、原作小説の映像化や国際版の制作(例:『ミレニアム』シリーズ、『ウォールander』)が増えました。さらにNetflixやHBOなどのプラットフォームが北欧のコンテンツを積極的に調達することで、制作資金や視聴者層が拡大しています。

国際的な評価と受賞

スウェーデン映画はカンヌやヴェネツィアといった国際映画祭での受賞歴を持ち、近年ではルーベン・オストルンドがカンヌ映画祭で複数回の最高賞(パルム・ドール)を獲得するなど存在感を強めています。さらにスウェーデン出身の俳優・技術者がハリウッドや欧州の主要作に参加し、国際的な影響力を拡大しています。

代表的なおすすめ作品(入門リスト)

  • 『第七の封印(The Seventh Seal)』(イングマル・ベルイマン)— 死と人間の問いを象徴的に描いた不朽の名作。
  • 『処女の泉(Cries and Whispers)』(イングマル・ベルイマン)— 色彩と音による心理劇。
  • 『移民たち(The Emigrants)』(ヤン・トロール)— 歴史的叙事詩で国際的評価を受けた作品。
  • 『ザ・スクエア(The Square)』(ルーベン・オストルンド)— 現代アート界と社会風刺を鋭く描く。
  • 『馬車の行方(Körkarlen/The Phantom Carriage)』(ヴィクトル・シェーストロン)— サイレント期の傑作。

今後の展望と課題

国際共同製作やストリーミングの普及により、制作の自由度と資金調達の選択肢は拡大しています。一方で、グローバル市場向けの作品と国内文化に根ざした作家性のバランス、若手人材の育成、多様性の反映といった課題もあります。公共支援の枠組みを維持しつつ、新しい表現を支える仕組み作りが今後の鍵となるでしょう。

まとめ

スウェーデン映画は長い歴史を通じて、映像芸術としての深さと社会的な視座を兼ね備えてきました。巨匠たちの遺産と新しい世代の革新的な作風が並存する現在、スウェーデン映画は今後も国際的に注目され続けるでしょう。本稿が、名作への導入と現代の潮流を理解する一助となれば幸いです。

参考文献