オンセンサー位相差(PDAF)完全ガイド:原理・実装・利点と限界、実践的活用法
はじめに:オンセンサー位相差とは何か
オンセンサー位相差(オンセンサー位相差検出、On-sensor Phase Detection Autofocus、以下オンセンサー位相差)とは、イメージセンサー上に位相差検出用のフォトダイオード(または画素分割)を備え、撮像素子自体で位相差を検出してオートフォーカス(AF)を行う技術です。従来の一眼レフに見られる光学的な位相差検出モジュールとは異なり、ミラーレスカメラやスマートフォンでのライブビューや動画撮影に最適化されたAF方式として広く普及しています。
原理:位相差でフォーカス量と方向を求める仕組み
位相差AFの基本原理は光学的に入射する光の波面傾斜(位相のずれ)を検出することにあります。センサー上の一つの検出素子を左右(または複数方向)に分割してそれぞれに入る光を比較すると、ピントが合っていない場合に像が左右(あるいは方向ごと)にずれて観測されます。このずれ(位相差)を計測することで「ピントが前ピンか後ピンか(方向)」と「どれくらいピントを移動させればよいか(量)」を即座に算出できます。
技術的には、分割されたサブ画素間で得られる信号の相関や位相差を計算し、その値からレンズの移動量(駆動ステップ)を決定します。位相差は方向性を持つため、合焦への駆動は往復の試行(ヒント)を減らし、狙った被写体へ素早く移動できます。
主要な実装方式
- ディアルピクセル(Dual Pixel)方式:各画素を左右二つのフォトダイオードに分割し、両者の信号差から位相差を検出します。キャノンが製品名として採用して有名になりました。各画素がAF情報と撮像情報の両方を兼ねるため、広い検出範囲と滑らかな追従が得られるのが特徴です。
- 位相差ピクセル埋め込み方式:画素アレイの一部を位相差検出用ピクセル(片方向や複数方向)に置き換えて配置する方式です。スマートフォンやミラーレス機で採用され、画素パターンや方向(横・縦・斜め)を工夫して高いAFカバレッジを実現します。
- 多方向(4方向など)位相差ピクセル:水平方向・垂直方向だけでなく複数方向の位相差を取れるようにした実装で、縦横のエッジどちらでも安定して位相差を測定できます。
技術的な要素と実装上の工夫
オンセンサー位相差を高精度に実装するにはいくつかの要素技術が必要です。
- マイクロレンズとサブピクセル分割:画素を物理的に分割するか、光学的に分割するための微細なレンズ(マイクロレンズ)配置が重要です。分割精度やマイクロレンズのアライメントがずれると位相差計測に誤差が出ます。
- ピクセル占有率とS/Nのトレードオフ:位相差用に画素を分割すると各サブピクセルの受光面積が小さくなり、感度やダイナミックレンジが低下することがあります。BSI(背面照射)センサーやプロセス改良でS/Nを確保する設計が必要です。
- カラーフィルターとベイヤーパターンの影響:位相差ピクセルは色フィルター配置の影響を受けるため、色チャネル間の位相差の補正やアルゴリズムでの補正が行われます。
- クロストークと光学的補正:隣接サブピクセル間の光の漏れ(クロストーク)を抑えるためのピクセル設計や、信号処理での補正が必要です。
利点(オンセンサー位相差が有利な点)
- 高速で方向性のあるAF:位相差から直接フォーカス移動量が分かるため、合焦までの往復を減らし高速に追従できます。
- ライブビューと動画に最適:センサー上で直接検出するため、ミラーレスや動画撮影時にミラー式位相差モジュールのような光学断続が不要です。滑らかな連続AFが可能になります。
- 広いAFカバレッジ:センサー全面に位相差画素を分散配置すれば、画面の任意領域でAFが効きます(瞳AFや顔AFの追従性向上)。
- ハイブリッドAFとの組み合わせで高性能化:コントラストAFや深度センサー(ToF、レーザー)と組み合わせることで低照度やテクスチャの少ない被写体でも安定します。
欠点と限界(注意点)
- 低輝度でのS/N低下:分割されたサブピクセルは受光量が少なく、暗所では位相差信号が弱くなり誤検出や追従失敗が起きやすいです。
- コントラスト依存性:均一な面(雲、真っ白な壁など)には位相差情報が得られないため、検出不能になります。
- 極端な被写界深度外では測定レンジが限られる:被写体がレンズの測定レンジを大きく外れると位相差の解析が不可能なことがあります。
- 光学系との相互依存:マイクロレンズのアライメントやレンズ固有の収差によって補正が必要になり、ボディ側でレンズごとのキャリブレーションを行うことが求められます。
- ローリングシャッターや高速被写体の影響:撮像中のライン読み出し遅延があると、移動被写体に対する位相差確認が難しくなることがあります。
ハイブリッドAFとソフトウェアの役割
現代のカメラ/スマートフォンではオンセンサー位相差とコントラストAF、さらには深度センサー(ToF)やAIベースの被写体検出を融合して性能を高めています。位相差で高速に大まかなフォーカスを行い、コントラストAFでピーキング(精密合わせ)を行う、または機械学習で瞳や動物を検出して優先的に追従する、といった処理が典型です。これにより、位相差単体の弱点(低コントラスト領域や極端な暗所)を補えます。
キャリブレーションとチューニングの重要性
オンセンサー位相差AFの精度を出すには工場出荷時のセンサー校正やレンズごとのキャリブレーション、そしてファームウェアでの補正テーブルが重要です。レンズマウントの個体差、温度変化、絞りや焦点距離による特性変化に対応するための補正が行われます。特にデュアルピクセルのような方式では、左右サブピクセル間のゲイン調整やオフセット補正が精度に直結します。
実際の運用上のポイント
- AFモード選択:追従重視ならサーボAF(連写AF)、静止被写体ならワンショット+微調整を活用する。動画では連続AFが一般的。
- AFエリアの設定:広範囲にPD画素がある場合、顔/瞳AFを優先すると効果的。エッジの少ない被写体ではコントラストAF併用を検討する。
- 低照度時の対処:暗所ではAF補助光や一段絞りを開ける(より浅い被写界深度でも位相差信号が得やすい場合あり)などで改善する。
- ファームウェア更新:センサーメーカーやカメラメーカーはAFの改善をファームウェアで行うことがあるため、定期的に更新を確認する。
今後の展望
今後はセンサーレベルの進化(より高感度なBSIプロセス、積層型センサー)、位相差画素の高密度化、多方向PDの普及、さらにAIによる被写体予測と結合することで、オンセンサー位相差AFはさらに高速・高精度・低照度耐性を獲得すると予想されます。特に動画用途やAR/VRでのリアルタイム被写体追従には重要な基盤技術です。
まとめ
オンセンサー位相差は、ライブビューや動画に強い高速・方向性のあるAF技術で、デュアルピクセルやPDピクセル配列などの実装により広く普及しています。利点としては高速性と広いAFカバレッジ、動画での滑らかな追従が挙げられる反面、低照度・低コントラスト領域やキャリブレーションの必要性などの課題もあります。実機ではハイブリッドAFやソフトウェア補正を組み合わせることで実用性能を最大化しており、今後のセンサー技術とAI統合によってさらに進化する分野です。
参考文献
Phase-detection autofocus — Wikipedia
Autofocus — Cambridge in Colour (位相差AFの原理と比較)
Canon Dual Pixel CMOS AF(製品情報)
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