主音とは何か — 調性の中心を深掘り:機能・調律・分析・実践
はじめに — 主音(トニック)とは何か
主音(しゅおん、英: tonic)は、西洋音楽における「調(キー)の中心となる音」を指します。調号や音階の根音であり、曲が「ある調にある」と判断される基準点です。主音はスケールの第1度(例えばハ長調ならC、イ長調ならA)で、和声的・旋律的に最も安定した終止点として機能します。本稿では主音の理論的定義から調律、和声機能、歴史的背景、実践的な耳トレや作曲への応用まで幅広く深掘りします。
基礎概念:音階・音度とソルフェージュ
主音はダイアトニックスケールの第1音(第1度)として定義され、移動ド方式では主音に常に「ド」が当てられます。Scale degree(音度)の表記では1度(tonic)、2度(supertonic)、3度(mediant)……7度(leading tone)と続きます。とくに第7度は主音に対する導音(leading tone)として働き、半音下から主音へ解決することで強い終止感を与えます(長調では明確な導音が存在するが、自然短調では第7度が下がるため導音が弱くなる)。
和声機能としての主音:トニック、ドミナント、サブドミナント
西洋の機能和声理論では、主音はトニック(Tonic)と呼ばれ、安定と帰結の役割を担います。トニックはサブドミナント(S)やドミナント(D)と緊張関係を作り、最も一般的な和声音列はS→D→Tです。典型的な終止形(カデンツ)には完全終止(V→I、ドミナントからトニック)、偽終止(何らかの和音→Vで終わる)、準終止(終止でVに落ち着く)、聖終止(IV→I)などがあり、いずれも主音を最終安定点として機能させます。
主音と調の中心(tonal center)・主調(key)の違い
「主音」と「調の中心(tonal center)」はしばしば同義に使われますが、文脈によって微妙に異なります。一般的に主音は特定の音名(例:C)を指すのに対し、調の中心は音楽作品内で最も安定して認識される音や和音の働きを指す概念です。転調や一時的なトニック化(tonicization)のある作品では、短時間で複数の調の中心が現れますが、曲全体の主調(home key)は作品の統一感を決定します。
音程と調律:主音の周波数と比率
主音そのものには絶対的周波数があり(例:A4=440Hzと定めた場合、Aが基準となることが多い)、他の音の周波数は比率で表されます。純正律(ジャストイントネーション)では主音を1:1の基準とし、完全5度は3:2、純正長3度は5:4などの単純比で定義されます。一方、平均律(等音律、12平均律)では半音が等分され、純正律に比べて一部の間隔がわずかにずれますが、調間の移動(転調)に便利です。現代の多くの演奏では平均律が標準ですが、古楽や一部の和声的効果では純正律が好まれることもあります。
主音の和音(トニック・コード)と表記
主音を根音とする和音は「トニック和音(I)」と表され、長調ではIは長三和音、短調では通常は短三和音(自然短音階)ですが、和声的・旋律的短音階の使用で形が変化します。さらにジャズや近現代音楽ではImaj7、Imaj7、I6、Iadd9など様々な拡張や代理が用いられ、主音の色彩や機能を変化させられます。
旋律における主音の役割
旋律上、主音は最も安定した終止点であり、フレーズの解決点となることが多いです。上行する線での到達点、下行での着地、あるいは装飾的に用いられることもあります。導音(第7度)が主音へ解決する動きは、旋律の緊張と解放を生み、聴者に強い終結感を与えます。旋法(mode)や民俗音楽では、主音相当の「終止音(final)」がメロディの安定点になりますが、機能和声的な導音の概念は限定的です。
主音の延長・維持(プロローグ)と分析手法
主音は単に終止で現れるだけでなく、長時間にわたって延長されることがあります。シュトルーク的(Schenkerian)分析では「トニックの延長(tonic prolongation)」という概念があり、複数の和声や旋律的な動きが背後でトニックに依存している状態を説明します。楽曲の構造を理解する際、どの部分がトニックに還元されるかを見極めることは非常に重要です。
転調と主音化(トニック化)
転調とは楽曲が別の主音(調)へ移ることです。短時間の「主音化(tonicization)」はある和音を一時的に新しいトニックとして扱うことで、通常は二次ドミナント(V/Vなど)を介して行われます。転調は作曲技法として楽曲の色彩や長期的な緊張感を構築するために利用されます。
古典派以前とモード世界の主音
中世・ルネサンス期の教会旋法(モード)では、現代の意味での機能和声は発達しておらず、「終止音(final)」が主音に相当しました。旋法ごとに安定点や慣用的なメロディック動機が異なり、必ずしも現代的な導音を必要としません。バロック以降、調性(トーナリティ)が確立されるにつれて、主音の機能は次第に和声上の中心として強化されました。
ジャズ・ポピュラー音楽における主音の取り扱い
ジャズやポピュラー音楽では、トニック和音がしばしば拡張(セブンス、ナインス、11thなど)され、また平行調やモードの混交が頻繁に起こります。ブルース進行ではIが安定点として繰り返されながらも、ブルーノートやペンタトニックの使用で主音周辺のニュアンスが豊かになります。ジャズのコンピングやソロでは、トニック感を曖昧にしたり強調したりしてハーモニーの色を変えることがよく行われます。
非西洋音楽における主音概念
インド古典音楽のラーガやアラブのマカームのような伝統では、「根音(tonic)」「終止音(final)」に相当する概念が存在しますが、スケールの構成や微分音(マイクロトーン)の扱いが異なります。これらの音楽では主音は演奏者が基音を定めて即興やメロディの中心として扱い、調号や平均律という枠組みが必ずしも適用されません。
無調・現代音楽とトニックの消失/代替
20世紀以降、無調(atonal)音楽や十二音技法の作品では従来のトニック機能が否定されることが多いですが、それでも「ピッチ中心(pitch centricity)」を設けて一定の音を中心に据える作曲家もいます。つまり絶対的な主音がない場合でも、反復や音色、和音の配置により聴覚的な中心が生まれることがあります。
心理・聴覚的側面:なぜ主音は「安定」に聞こえるか
主音が安定して聞こえる理由は部分波の整合性や文化的学習の影響が混ざります。純正律における単純な周波数比は耳に心地よい協和感を生み、また幼少期からの文化的経験によって特定の終止形や導音解決が「解決」として学習されます。認知科学や音楽心理学の研究は、期待と満足の関係が音楽的終止感を生むことを示しています。
実践:作曲と編曲で主音を強める方法
- 序盤で主音とトニック和音を明確に提示する(序主題で確立)
- 導音(7度)を用いて主音への解決を強調する
- ペダルポイントや持続低音で主音を長く保持する
- 動機やリズムを主音に結びつけて帰属感を作る
- 転調を用いる場合は段階的に主音を移行させる(共通和音や二次ドミナント)
耳トレのための練習法
主音認識能力を高めるには以下の練習が有効です。1) スケールを弾いて第1度に戻るフレーズを聴く。2) ドローン(主音の持続音)をバックにメロディを歌う。3) カデンツ(V→I、IV→Iなど)を繰り返し聞き、解決感に慣れる。4) 転調のある短い楽句を聴き、どの音が新しい安定点かを判定する。
分析の実例(短いケーススタディ)
ハ長調の典型的なフレーズ:G(V)→C(I)。ここでCが主音であり、GからCへの動きがトニックへの帰結を示します。イ短調(自然短調)ではAが主音だが、導音が弱いため終止感が曖昧になりやすく、和声的短音階(G#を7度として用いる)で強い導音を作るとIへの解決が強まります。
まとめ
主音は調性音楽の基盤であり、和声・旋律・調律・歴史・文化的学習の交差点に位置する概念です。単なる「根音」以上の意味を持ち、曲の構造や聴取体験を決定づけます。作曲家や演奏者、分析者は主音を意識的に扱うことで、楽曲の安定感や動的な緊張関係を巧みにデザインできます。
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参考文献
- 主音 - Wikipedia(日本語)
- Tonic (music) - Wikipedia (English)
- Tonic | music | Britannica
- Cadence (music) - Wikipedia
- Just intonation - Wikipedia
- Equal temperament - Wikipedia
- Schenkerian analysis - Wikipedia
- Modulation (music) - Wikipedia
- Pitch centricity - Wikipedia
- MusicTheory.net — Lessons
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