ステレオマイク入門と実践ガイド — 技術と使いどころを徹底解説
ステレオマイクとは
ステレオマイクは単一の音源を2チャンネルで録音し、左右の定位や空間感を再現するためのマイク配置や装置を指します。単体のモノラルマイク2本によるステレオ収音から、1台でステレオ信号を得られるデュアルカプセルマイクまで形態は様々です。音像の広がり、距離感、室内残響の把握など、録音目的に応じた選択と配置が重要になります。
ステレオ収音の原理と重要な要素
人間が左右の耳で立体感を感じる要素は大きく分けて音圧差(IID: interaural intensity difference)と到達時間差(ITD: interaural time difference)です。録音技術ではこれらのいずれか、あるいは両方を利用してステレオ感を作ります。マイクの指向性、カプセル間の物理的間隔、角度はIIDとITDに直接影響します。また位相関係とモノラル互換性も現場で常に意識すべき重要項目です。
代表的なステレオ方式と特徴
- XY(コインシデント)
2つの単一指向性(通常はカーディオイド)カプセルをほぼ同一位置に配置し、軸を交差させる方法。角度は90〜135度が一般的。位相問題が少なくモノ互換性が良い。ライブや近接収音に向く。
- ORTF(ニアコインシデント)
フランスの規格で、2本のカーディオイドを110度の開き、カプセル間隔を17cmにする配置。人間の耳の干渉を模倣し、自然なステレオイメージと良好な距離感を得られるためアコースティックやオーケストラに広く使われる。
- NOS(ニアコインシデント)
90度の開きでカプセル間隔30cm。ORTFよりややワイドな広がりを得る傾向があり、クラシックや室内録音で使われることが多い。
- AB(スぺースドペア)
マイクを離して配置する方式。主にオムニやカーディオイドを用いる。時間差により定位を作るため、広いステレオイメージと豊かなルーム感が得られるが、位相問題とモノ互換性のトレードオフがある。
- Blumlein(ブルムライン)
2本のフィギュア8指向性マイクを90度に配置するコインシデント方式。反射を含む空間情報を非常によく捉え、ライブ感や現場の臨場感再現に優れる。ただし周辺ノイズや部屋の状態が素直に出るため、環境が重要。
- Mid-Side(MS)
ミッド(指向性、通常はカーディオイド)とサイド(フィギュア8)を組み合わせる方式。録音後にデコードを行いステレオ幅を自在に調整できることが最大の利点。放送やフィールド録音での柔軟性が高い。
ステレオマイク選びのポイント
まず用途を明確にしましょう。室内アコースティック、オーケストラ、ジャズトリオ、ライブPA、屋外ロケーション録音などで最適な方式は異なります。次に考える点は以下です。
- 指向性: ルームの反射を活かすか抑えるかで選ぶ(フィギュア8は反射を拾いやすい)。
- 感度・ノイズフロア: 静かなソースや距離を取る場合は低ノイズのコンデンサーが有利。
- 位相整合: マッチングされたペア、もしくは同一マイクでのステレオカプセルは位相の安定性が高い。
- 利便性: 1台でステレオ収音できるステレオマイクはセットアップが速くロケ向け。
配置の実践と距離感の作り方
ステレオ収音ではマイクからソースまでの距離が音の“近さ”を決めます。近接で立体感を強めたい場合はマイクをソースに近づけ、ルームの響きを取り込みたい場合は距離を取り、ルームノイズとのバランスを取ります。ORTFやNOSのようなニアコインシデント方式はソースとの距離を設定すると自然なフォーカスと残響のバランスが生まれます。
モノラル互換性と位相管理
放送や配信、モノ再生環境を考えるとモノ互換性は必須です。コインシデント(XYやBlumlein)は位相の問題が少なくモノ互換性に優れます。一方でABや広めのMS設定はモノに折り畳んだときに位相打ち消しが起きることがあるため、録音段階で位相確認を行い、実際にモニターをモノで確認する習慣をつけましょう。
録音チェーンと技術的注意点
ステレオ録音でも各マイクは独立したチャンネルとして扱います。各チャンネルのゲインは適切に合わせ、クリッピングを避けること。コンデンサーマイクはファントム電源を必要とする場合が多いので機材の電源管理も確認します。ステレオペアはプリで同じゲイン領域とインピーダンスで扱うとチャンネル間のバランスが保たれます。
ポストプロダクションとMS処理
録音後の処理ではMS録音のデコードや、ステレオイメージャーで幅の調整、ミッド/サイドEQによる中央成分と側面成分の個別処理が強力です。MSのデコードは以下の基本行列で行われますp> L = M + S, R = M - S 。Sチャンネルの極性を反転させて左右差を作ることがポイントです。さらにステレオ拡張は位相の歪みを生む場合があるので注意して使います。
シチュエーション別おすすめ方式
- アコースティックギター/ボーカルデュオ: ORTFやXY。ナチュラルな定位と近接の安定性。
- オーケストラ/アンサンブル: ORTFやNOSでメインのステレオイメージを得て、必要に応じてスポットマイクを追加。
- 室内ジャズ・トリオ: MSはステレオ幅の調整が効くため便利。ブルムラインはルームを活かす録音で有効。
- ドラムオーバーヘッド: XYで定位を安定させるか、ABで広い開放感を狙う。位相チェック必須。
- 屋外・フィールド録音: デュアルカプセルのステレオマイクやMSを使うとセッティングが速く、後で幅調整ができる。
現場でよくあるトラブルと対処法
- 位相の薄さや定位の消失: モノで確認して位相反転やカプセルの位置ずれをチェック。
- 不要なルームノイズの混入: 指向性を変える、ウィンドスクリーンを使う、マイクの距離を調整。
- 左右の音色差: マッチドペアを使うか、EQで補正。メーカー製のステレオカプセルは最初からトーンが揃っている。
まとめ — 最適化の思考法
ステレオマイクは単に“左右に音を分ける”装置ではなく、録音者の空間設計そのものです。目的(フォーカス、ルーム感、放送互換性)を明確にし、マイク方式と配置を選ぶこと。現場ではモノチェック、位相確認、電源とケーブル管理を徹底し、ポストではMSやミッド/サイド処理などの柔軟な手法を活用することで、高品質なステレオ録音が得られます。
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参考文献
- Shure - Stereo Microphone Techniques
- Sound on Sound - Stereo Microphone Techniques
- Wikipedia - Stereo recording
- Wikipedia - Blumlein pair
- Sennheiser - Stereo recording techniques (XY, ORTF, NOS, Blumlein, MS)
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