ABマイク(A/B方式)徹底解説:原理・セッティング・音作りと実践ガイド
はじめに:ABマイクとは何か
ABマイク(A/B方式)は、ステレオ録音で用いられる代表的なマイキング手法のひとつで、2本のマイクを左右に一定の間隔を空けて平行に配置し、主に到達時間差(タイムディファレンス)と一部のレベル差によってステレオイメージを得る方式です。一般に「スペースドペア(spaced pair)」や単に「A/B方式」とも呼ばれ、オーケストラや室内楽、合唱、会場の臨場感を重視する録音で多く使われます。
歴史的背景と位置づけ
ステレオ録音技術が発達する中で、早期から採用されてきたマイキングの一つです。A/B方式はコインシデント(XY)や近接ニアコインシデント(ORTF、NOS)と並び、音場の自然な拡がりや空気感を把握するための基本的手法として定着しています。デッカ・ツリー(Decca Tree)などの発展系もこの考え方を引き継ぎ、放送やクラシック録音で高い評価を得てきました。
原理:なぜステレオに聞こえるのか
AB方式の主な立脚点は「到達時間差(Interaural Time Difference, ITD)」です。音源が左右どちらかに偏っている場合、左右のマイクに到達する時間が微妙に異なるため、脳がその時間差を手がかりに定位を感じます。オムニ(無指向性)を使った場合は主に時間差が支配的で、カードイド系を使うとレベル差(ILD)も加わり定位がより明瞭になります。
音波の干渉による位相差は周波数特性に影響を与え、特定の周波数で山や谷(コムフィルタリング)を生むことがあります。2本のマイク間隔dに対する第1ノッチ(最初の落ち込み周波数)はおおむね f = c / (2d)(cは音速約343 m/s)で概算できます。例えばマイク間隔が0.17 mだと第1ノッチは約1 kHz付近になります。
AB方式の長所
- 非常に自然で広がりのあるステレオイメージを得やすい。空気感や残響を豊かに捉えられる。
- オムニ等を使うことで位相特性が良好になり、遠近感や立体感を自然に表現できる。
- マイクを離すことで録音現場の音場全体を把握でき、クラシックやアンサンブル録音に適している。
AB方式の短所と注意点
- モノラル互換性の問題:位相干渉によりモノ合成時に音が薄くなる、あるいは特定帯域がキャンセルされることがある。
- 定位の精度が低く、個々の楽器のポジションを厳密に再現しづらい。
- マイク位置の微調整や距離設計が音質に大きく影響するため、現場での試行錯誤が必要。
マイクの選び方と指向性の違い
・オムニ(無指向性)
- 時間差による定位が主となり、自然な音場と周波数特性が得られやすい。距離によるレベル差が小さいため、遠方の音や残響を均一に捉える。
- レベル差が加わるため定位はやや明瞭になるが、位相と周波数の変化が複雑になる。近接効果などの影響も考慮する。
- AB方式でフィギュア8を使うことは少ないが、特殊なステレオ配置やMSとの組み合わせで活用されることがある。
セッティング実践ガイド(ステップバイステップ)
1) 目的を明確にする:広がり重視か、個別楽器の定位重視かを決める。
2) マイクの種類を選定:オーケストラや合唱はオムニ、バンドライブや室内はカーディオイドも検討。
3) 間隔(スパン)を決める:近距離(20〜40 cm)で中庸、オーケストラなど場全体を取る場合は0.5 m〜2 m程度も用いられる。用途により幅広く変えられるため、現場でモニタリングしながら決定すること。
4) 高さと角度:音場の中心よりやや高めに据えると全体のバランスが良くなる。床反射や会場の音響を評価すること。
5) 位相チェック:パソコンやミキサーでモノ合成して確認。問題があれば距離を微調整、位相反転や遅延で対処。
6) 補助スポットマイクの併用:ソロや打楽器などの明確化が必要ならスポットマイクを追加し、ABの自然さと混ぜて使う。
距離と周波数(実務的な数値目安)
前述の式 f = c / (2d) を使うと、マイク間隔dが大きいほど低域からの干渉ノッチが下がります。実務上の目安としては:
- d = 0.17 m → 第1ノッチ ≒ 1 kHz(中高域に影響)
- d = 0.34 m → 第1ノッチ ≒ 500 Hz(中域に影響)
- d = 1.0 m → 第1ノッチ ≒ 171.5 Hz(低中域に影響)
以上のことから、ボーカルや楽器の明瞭さを損なわないためにはマイク間隔を小さめに保つ、あるいはマイクタイプ(オムニ等)を工夫することが重要です。
モノラル互換性への対処法
- 録音時に必ずモノでも確認する(モノチェック)。
- 必要なら両チャンネルに少量のディレイを入れて意図的に位相関係をコントロールする。Haas効果を利用して定位を作る手法もあるが、注意が必要。
- ミックス段階でEQやマルチバンドで位相の問題が出ている帯域を調整する。
- MS方式やニアコインシデント(ORTFなど)と組み合わせることで、モノ互換性と空間感を両立する戦略も有効。
AB方式と他のステレオ方式の比較
・XY(コインシデント): 位相問題が少なくモノ互換性が高いが、空間の広がりはやや限定的。
・ORTF/NOS(近接ニアコインシデント): XYのモノ互換性を保ちつつ、人間の耳に近い定位を目指した折衷案。
・MS(ミッド・サイド): 後処理でステレオ幅を自在に調整でき、モノ互換性に優れる。
・Decca Tree: ABの考え方を発展させたもので、オーケストラ録音における代表的配置。
現場でのトラブルシューティング
- 定位がフワフワする:マイク間隔が大きすぎるか、残響が強すぎる可能性。間隔を詰めるかスポットマイクで補正。
- モノにすると音が薄い:位相キャンセル。遅延や位相反転で試行、またはEQで補正。
- 特定帯域が濁る:第1ノッチが重要帯域にかかっている可能性。距離を調整してノッチ位置をずらす。
実例と活用シーン
・オーケストラ/室内楽:ステージ前方上方にABペア(またはDecca Tree)を設置し、残響とアンサンブルのまとまりを捉える。
・合唱:広がりと人数感を出すのに有効。マイクを高めに据えて全体を収める。
・アコースティックライブ:会場の空気感を活かして臨場感を演出。スポットでソロを強調することも一般的。
まとめ:いつABを選ぶか
ABマイクは「会場の空気感」「自然な広がり」「臨場感」を重視する場面で非常に有効な手法です。一方でモノ互換性や明瞭な定位を求める場合は他方式やハイブリッド運用を考えるべきです。現場では必ずモノチェックを行い、マイクの間隔・指向性・高さを試行錯誤して最適解を見つけてください。
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参考文献
- Stereo microphone techniques — Wikipedia
- Stereo recording techniques — Sound On Sound
- Decca Tree — Wikipedia
- Stereo microphone techniques — Shure
- Haas effect — Wikipedia
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